32話 原発の陰にたたずむ者
作戦の決定後は迅速だった。
ヘリで現場から二十キロほど離れた空き地に到着後、車両で現場周辺の指揮所に移送。
戦闘服に着替えると、そこからすぐさま作戦の指示と実行は開始された。
「暁斗さんは原発内システムの奪還班に入るわけですか。ボクたちと別行動になるんですね」
「なにしろ人手不足だからな。頼れる戦闘力を持った精鋭はほとんど失われている。迅速かつ気づかれずに敵を排除できる人間なんて、俺くらいしか残っていないんだと」
「はぁ。ホント精鋭不足は深刻ですねぇ」
「暁斗くんもしっかりやりなさい。私たちは二人であの蟹を退治してくるわ」
「おうっ! なんだ、やっと元のレイラさんにもどった気がするな。最近話してくれなかったろ」
「前の戦いの傷が響いていたのよ。もう大丈夫だから安心して」
「そうか。治ってなによりだ。それじゃな。隊長のミゲルさんと仲良くな」
暁斗と別れ作戦開始地点に行くと、ボクらと同じように戦闘服に身を包んだミゲルさんが待っていた。
「準備はいいかね、レオガール、ヴァルコガール。しっかり私について来たまえ」
「しかし、ミゲルさんまで参加するなんて。いくら何でも命かけすぎじゃないですか。他国の事情なのに」
「もうこの国には浸透制圧の訓練を受けた兵士は残っていないそうだ。このところ日本でのブラゾの活動は激しかったからね。ならば、この老骨の経験を役立たせようということになったのだよ」
そんなわけで作戦開始。
作戦目標は原発内を敵に気づかれずに進み、第一原子炉の上に乗っている巨大蟹に接近。
原発システムの奪還に成功したタイミングで奇襲を敢行し、巨大蟹に何もさせず制圧するというものだ。
うーん。もしかして、ものすごくレベルの高いミッション?
「ハァ、ハァ、ミゲルさん、メッチャ速い! 体を折り曲げて、どうしてあんなに速く走れるんです!?」
「さすが米軍精鋭部隊の教官をしていただけあるわね。現役時代は最精鋭に数えられていたそうだし」
敷地内の地図はすでに把握したというミゲルさん。
彼の先導に従って原発敷地内をくぐり抜けながら蟹を目指しているんだけど。
ミゲルさんは背を低くして足音をたてないように小走りしているのに、ボクらよりもメッチャ速く走っている!
前方の様子を監視鏡で調べるために止まっている間に、やっと追いつきながら進んでいるのだ。
「ふぅ、この程度走っただけで息が切れるとは。さすがにもう実戦は無理だな」
「いや、これ実戦ですから! それに、どう見ても超人でしたよ。ボクらなんて、ついて行くのがやっとです」
「私の言う実戦は訓練された兵士同士が戦うものだよ。素人の女の子たちについて来られるようでは使い物にならないさ」
ミゲルさんは前方や周囲の索敵を細かくしてくれているけど、一度も敵の見張りのような人間は見ていない。やはり敵側も人手不足なのか。
そしてとうとう、第一原子炉が近くに見える位置までたどり着いた。
「さて、ここからは本格的に敵の懐だ。目標キャンサーは今だ第一原子炉の上に張り付いている。下手に手が出せない状態だ」
「最初の一撃で、あの原子炉から引きはがす必要がありますね。その後、施設設備を壊さないように敷地内から追い出して倒す……ですか」
「無理じゃない? バッシュノードは気性の荒さは星宮獣随一。とてもそこまでコントロールが出来るとは思えないわ」
「でもやらなきゃ原発は爆破されて、みんなオシマイ。やるしかないなら、やりますよ」
「でも、本当に……」
「待った。静かにしたまえ。人が一人いる。かなり離れてはいるが、確かだ」
人? 今まで見張りなんていなかったのに、どうしてこんな間近に接近した場所に一人だけ?
「………まさか。そんな幸運が?」
「有るのだろうね。人生とは、たまに思いがけないプレゼントが舞い込んでくる」
「どういうことです? なにがそんなに幸運なんです?」
「シッ、気づかれていない。これなら私一人で十分だ。君たちは音をたてず待機していたまえ」
と言われて、ボクとレイラさんはミゲルさんを見送る。
そして小声でレイラさんが説明してくれた。
「こんな場所にたった一人だけ居る人間なんて決まっているでしょ。今まさに星宮獣を顕現させて楽しんでいるヤツ」
「………まさか? 巨蟹宮のヘルマスクですか!」
「それ以外に考えられないわ。どうやら危険を冒してバッシュノードを出さないですみそうね」
「でも、本当にミゲルさんだけで大丈夫なんでしょうか。星宮獣マスターは、星宮獣の能力の一部を使える奴もいます。下手したら返り討ちですよ」
「その場合ベーネダリアを召喚して手助けするわ。とにかく、この幸運は逃せない。なんとしても、ここで決める!」
一分、二分と、緊張の時がたつ。
そして三分にかかるころ、通信機からミゲルさんの声がした。
『もう、いいよ。こちらに来なさい』
「ミゲルさん、終わりましたか?」
『ああ、捕まえはした。だが当ては外れた』
どういうことだろう?
ともかくミゲルさんとその謎の人物を見るために出ていった。
しかして、その人は――
「ええっ! 金髪白人? それに若い?」
キゲルさんが捕まえていたのは金髪白人。それも今のレイラさんと同じくらいの年頃の少年だ。
「そうだ。ヘルマスクはいつも怪物の被り物をしていて素顔は見せないそうだが、中国人なのは間違いない。それに十年間も投獄されていたようには、とても見えないね」
とりあえずミゲルさんは彼を解放したけど疑問はある。
なぜにこんな西欧の少年が、日本の原発に、それもテロリストに占拠された現場にいるんだ?
「で、君はなにをしているんだ。ここは、たいへん危険だ。あの怪物が見えないのか」
「見えます。あれが乗っているのは原子炉ですね。たしかにメルトダウンが起きれば危険だ」
「とにかく私といなさい。指示には従うように。あとで身元照会をするので、質問には包み隠さず答えなさい」
「星宮獣は天使が獣に堕とされた存在。人の武器と兵器が通用しないのは、下位存在である人間が上位存在である神や天使を傷つけられない理のためだ」
おや? ミゲルさんを無視して妙なことを言っている?
「でも、ただ一つ。核の力だけは、人の武器であっても、上位下位の理を超えて星宮獣の命に届く可能性がある」
「ちょっと待って! あなた、何を言っているの?」
そして彼はボクとレイラさんに向いて言った。
「レイラ。そしてゾディファナーザ。決して原子炉爆発は許すな。それで星宮獣が破壊された場合、それは理の破壊になる可能性がある。世界の理が破られた時。それは世界の終わりになるかもしれない」




