第6話 良かったり悪かったり
「次…囚人番号と奉仕活動内容を」
と気だるそうに聞く看守に、僕は元気良く、
「はい。3032番、ポタタ耕作用地の開墾活動を希望します」
と伝えると、彼は、
「3000番…お貴族様か…何をしたかは知らないが、まぁ、頑張りな…」
と少し嫌そうな顔で僕を送り出してくれたのだった。
現在の僕が居る場所は、辺境伯領の更に向こう…元は隣の国の町だった廃墟である。
先の戦争にて辺境伯軍が占領し、その後はウチの国の国王軍が前線基地の様に使ってボロボロになった廃墟であり、今は隣国との和解の証として壊された町の壁を修復し、人が安全に暮らせる状態で返還する為に比較的軽い罪を犯した連中の監獄代わりになっている場所なのだ。
囚人達はこの町の復興の為に毎日の奉仕活動として壁を修復するべく、粘土を掘ったり、レンガを焼いたり、そのレンガを積み上げたりし、その崩れた壁の中では倒壊した家屋を撤去したり、まだ使える家屋を掃除したりして刑期を過ごしているのである。
大半が酒が入っての喧嘩やら、食うに困っての窃盗やらと大罪人は居ない為にワザワザ脱獄紛いなリスクを犯さなくても真面目にしていれば長くても数ヶ月の期間お勤めを果たせば釈放となる。
なので皆さん刑罰というよりは奉仕活動というご飯が貰えるだけのかなり割の悪い現場に配属となった労働者ぐらいの気持ちらしく、
『ここを出たら真面目に働いて…』
と、ちゃんと対価を貰える仕事に就いて普通の暮らしを夢見ている為に、囚人間のトラブルを起こす者も稀である。
さて、そんな囚人の中に何故に僕みたいなまだ13歳のお子様が居るかというと…国王陛下の怒りに触れたクソ親父のせいで【一族連座にて打ち首】という流れから、奇跡的に助かったからである。
嘆願書やら色々な事が重なったのか、ブチ切れモードの国王陛下が、刑場に並んだ親父を含めた首の数から、
『殺し過ぎたか?』
と冷静にでもなって下さったのか…
【とりあえず命だけは許された…】
という経緯である。
しかし、完全に許された訳ではなく、晒し首となった親父の罪により我が家はお取り潰しとなり、その息子の僕も親父が原因で戦となり占領する事になったこの町の復興の為の奉仕活動を最後までやりきり、その後は文無し状態で国外追放という罰が言い渡されているのだ。
一時は神も仏も無い様な世界を恨み、死ぬことさえも、
『仕方ない…』
とさえ考えていた自分であったが、地下牢にて、騎士団の方々から聞く町の皆からの嘆願書の話や学校の皆からの訴えの話…あとはペアのお屋敷から届くメリーさん達からの手紙を読んでいるうちに、
『なんて僕は幸せ者なんだろう…』
と、やっと自分の周りの人達の温かさが冷たい地下牢の僕にも感じられ、前向きな気持ちになれたのだった。
ただ、地下牢の僕に届けられる報告の中には再び心が折れそうなものもあった…それは父親が晒し首になった事でも、家がお取り潰しになった事でも無い…
『いや、むしろあのクソ親父は、体の【首】と名前のつく部位全てを切り落として刑場の横に一列に並べて陳列されていても何一つ文句は無い!』
そう…ヤツはそれぐらいの事はした筈である。
問題となったのは爺やであるベックさんの息子であるコロックさんも我が家の執事長として親父の裏の仕事の帳簿などを管理していた為に逮捕され王都へ送られた後に親父の隣に並ぶ結果となった事である。
同じく我が家の前執事長だったベックさんも王都へと連行され厳しい取り調べをされたらしい。
しかし、領主の代替わりと同時に執事長の座も息子に譲っていた為にベックさんは全くクソ親父の裏家業には関わっておらず、むしろ息子がその様な事をやらされていた事をそこで知り、大変悲しんだそうだ。
勿論、無実のベックさんは保釈されたのだが、心労から、
「数日王都にて体を休めてから帰ります」
と取り調べを担当してくれた騎士の方に言って王都の宿屋にて体と心を休めている間に息子のコロックさんの刑が決まり、ショックが重なり帰らぬ人になってしまった事をメリーさんからの手紙で知った事である。
地下牢にて再び沈んだ僕を学校の時の様に救ってくれたのは辺境伯家の次男であるバートン先輩…いや、今は我が家の爵位と町を卒業後に引き継がれる子爵様となるお方である。
彼は僕の為に父である辺境伯様に減刑をお願いしたが、あまり役に立たなかった事を気にしてワザワザ僕の入っている牢までその件を詫びに来てくれたのであるが、その際に僕が、
「真面目働いていただけの使用人さんや町の人までも親父の巻き添えになるのは…」
とポツリと溢したのを聞いて、僕の代わりに僕の大事な人達を守ってくれる為にあの領地を引き受ける事を選んでくれたのである。
辺境伯領では任命出来る爵位こそ限られているが、本来は土地は沢山余っているために、もっと好条件の町の領主や代官になる選択肢もバートン様には有ったはずなのに、彼はあの少し見えた将来への希望の光が親父のせいで潰えたであろう曰く付きの領地の領主になる事を選んでくれたのだ。
それにお屋敷の罪に問われなかった使用人もそのまま雇ってくれるらしく僕としては感謝しかない…
『バートン様の為に頑張って欲しい…』
という僕の気持ちも手紙に綴りメリーさんへ託したので、あの町の心配は今は1ミリもなく、国外追放になった後に風の噂でバートン様の元で復興した町の話が聞ける事を楽しみにしている程である。
しかしである…確かに僕が13歳まであのクソ親父の金で育てられたのは確かであり、
「いや、アイツは裏の稼ぎは全て自分のケモミミハーレムに使ってましたから…」
などと言っても世間様は許してくれないと思うので、命が手元に残っただけでも有り難く、こうして囚人の皆さんの食料として春植えのポタタ畑となる予定の冬の荒れ地にて、鍬を握りしめ雪のちらつく中で額に汗を流しながら地面を耕している今の状況に納得はしているのである。
あえていうと、唯一納得が出来ていないのはあの母の件ぐらいである。
あの母は、昔っから全く我が家に居た事がなく、王都の実家に帰ったっきりで、パーティーやお茶会に明け暮れ、たまに辺境伯領のウチお屋敷に来ても僕の事は空気の様に扱っていたが…まぁ、それもその筈で、好きだった男性と引き離されて無理やり家の都合であのクソ親父に嫁がせたられたらしく、我が家のお取り潰しが決まった後に仲が良かったメリーさんに宛てた手紙に、
【はぁ、嫌々嫁がされ渋々世継ぎを産んでやったというのに…私の人生を返して欲しいですわ!】
などと書いて有ったらしく、流石にメリーさんもドン引きしたらしい…しかも、メリーさんからの手紙では、どうやらあの母は、自分だけ昔の彼氏が家の跡継ぎ争いとは関係ないポジションだった筈が戦争やらがあり、繰り上がる形で今は有力貴族家の当主らしく、その力を使い、
『実家に戻り暫く謹慎』
程度の罰で良くなった事を楽しげに発表し、
【あの品のない剥げもだけど、アレに似ているあのガキの顔も思い出したく無いしメリーには会いたいけど、多分、二度とあの町には行かないと思うの…どう…そっちは放っておいてメリーもこっちに来ない?】
と、自分だけ上手い事やった事を自慢してきたらしいのだ。
無論メリーさんはお屋敷に残る若いメイド達を守る為に母の誘いを断ったのではあるが、
『親父もクソだが、母親も立派なクソである』
そんなクソから生まれた僕は少しでもマシな人間なるべく毎日を奉仕活動に捧げているのであるが、数ヶ月で人が入れ替わるこの監獄代わりの町にて、囚人仲間からも、
『あれ?アイツまだ居る…』
みたいな扱いになり、少し遠巻きからヒソヒソと、
「何をやらかしたら半年も…」
などと言われ、終には僕の事を知る情報通の囚人達から「少女拐い子爵の息子」なる嫌な通り名が浸透するのにさほど時間は必要無かったのである。
春に植えたポタタ収穫され、秋植えのポタタ畑が青々と繁る頃、半年以上収容されている僕の顔を覚えてくれた看守さんが、何かと庇ってくれたりしたのだが、人の口に戸はたてられないし、
『少女を食い物にしていた親父の息子』
という事実は変えられないのだ。
そんなある日の事…僕は熊の様にでかい囚人のオジサン数名に取り囲まれ、その中の熊の様なケモミミのオジサンにボッコボコに殴られたのだ。
しかし、鼻血を流し鉄の味のする口を食いしばる僕は、
「娘を…ローサを返せ!」
と、泣きながら僕を殴るオジサンの気迫のこもった拳を黙って受けるぐらいしか償う方法が思い浮かばなかったのである。
影で呼ばれていた通り名から、
『自分の娘を拐った盗賊達の黒幕の息子だ』
と確信した父親としては、この場所に送られる程に喧嘩っ早い気質も相まって、仲間と僕を殴り殺すという判断に至ったのだろうが、見事に僕の顔は腫れ上がったが命を奪う迄には至らず、すぐに看守達に取り押さえられたのであった。
僕だって死ぬのは勿論、痛いのだって嫌ではあるが、娘を拐われた後に黒幕が捕まっても娘さんの情報が出て来ないという事は、あの熊耳オジサンの娘のローサさんとやらは、あのクソ親父かその顧客である変態貴族達に…既に…と考えてしまうと、
『本人でなくて息子でスミマセンが、この拳を受けるしか…』
という結論に至ってしまったのである。
なぜならば、違法奴隷なんて者は見つかれば即お縄になる様な代物であるが、正規ルートの借金奴隷のように、
『借金を負わせて返せなくなるまで待つ…』
などという手間もなく、攫ってから無理やり奴隷紋を刻み、あとは欲望のままに楽しんで飽きたらポイ…というかアダルティーな店でも満たされない特殊な性癖を満たす為に生きながら死の苦しみを…なんて事は前世の記憶が無かったとしても成人前のガキの僕にも容易に想像出来てしまうのだ。
悲しいかな血が繋がった親父のやらかした事…あのオジサンの行き場の無い怒りを受け止める義務がある気がしたのであるが、顔を腫らし視界もままならない僕は降り注ぐ拳が止んだ事に気がつき、
『助…かった…』
と、安心した瞬間に意識を手放したのであった。
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