第4話 神様からのギフト
十歳になった春、町の小さな教会では祝福の儀の為に同い年の子供が集められていた。
「思いの外この町にも、同い年の子供が居るんだ…」
と驚く僕にベックさんが、
「ジョンお坊ちゃまが3つの時に始まった戦争によりお坊ちゃまより下の世代はガタリと減りましたが、まだこれだけの若い世代が…しかし、爺やの記憶では旦那様が祝福をお受けになった時にはこの倍近い人数がここで祝福を受けておりました…」
と昔を懐かしみ少しウルウルしている横で、僕は領主として祝福の儀に集まった領民の方々に祝いの挨拶をしている父の姿を見て、
「ちゃんと領主っぽい仕事もしてるんだ…」
と感心し、年に数回しか帰って来ない母もこの儀式の時は領主の妻として渋々つまらなそうに貴賓席にて座っているのを見た僕は、
「一応母も世間体を気にする事があるんだ…」
と、自宅ですら滅多に見ない父と母のツーショットを何とも複雑な気持ちで見つめていたのである。
基本的にこの祝福の儀の行われる会場には祝福を受ける本人と付き添いの家族一名しか入れない為に教会にて両親が揃うのを見るのは、もしかして最初で最後かもしれないのではあるが、そんな事を気にする余裕は、今の僕には無い…何故ならば今年の十歳の代表として儀式の一発目を飾らなければならないのである。
「大丈夫ですよ坊ちゃま、あれだけ練習しましたから…」
とベックさんは言ってくれるが、父の挨拶が終わると普段は治癒院の先生をしている神官さんが儀式用の服装で何やら祈りの捧げ出すと一気に教会は異質な雰囲気に包まれ、春先だというのに夏場ほどの変な汗を手のひらいっぱいに握りしめた僕は、
「では、練習通りに…」
というベックさんの合図で油の切れたゼンマイ人形の様にぎこちなく神官さんの前に進み出て、神々に祈りを捧げるのであった。
この後、数十人に同じことをするであろう神官さんもまだ一人目で、しかも領主の一人息子とあり、かなり気合いを入れてくれているのは僕にも理解できるが、おかげで背中に感じるこの後に祝福を受けるメンバーからの視線が熱くすら感じてしまい更に緊張してしまう…
『勘弁してよ…サラッと出来るでしょ…』
と思いながらも儀式は進み、あとは神官さんの前に置かれた水晶玉に手をかざせば、僕のギフトが判明するという仕組みなのだ。
ちなみにではあるが、この水晶玉は教会にパンが買える程度の少額なお布施をすれば何時でもギフトや自分のレベルなどがチェックできる魔道具なのであるが、どんなに簡易的でも構わないので実際にこの祝福の儀式を行わないと十歳を過ぎてもギフトが授からないというから不思議である。
なので、以前メリーさんと教会に来た時に僕も試しに鑑定したしたのであるが、レベル3という一般的なお子さまっぽい数値が写し出されただけであった。
さて、この儀式は、領民から優勝なギフトを授かった人物を探し出す為の意味合いもあり、高らかに授かったギフトを読み上げられる事は無いが、教会と領主にはここに居る子供達の鑑定した氏名とギフトが書かれた資料として保管される事となる。
そして僕の授かったギフトが文字として水晶玉に浮かび上がると、
【ジョン・アルベルト・ペア】
【レベル3】
【ギフト 修復】
と、書かれていたのであった。
この瞬間に『稲妻魔法で敵を凪払う』という淡い希望は崩れ去ったのであるが、
『修復のギフトって確か有能なギフトのリストに有ったな…文官や使用人としてだけど…でもまぁ、将来的にリペアの魔法が使える修復師として文化財の保全は出来るからお小遣い稼ぎは出来るかな…』
と気楽に考えていると、己の儀式の終わりになって、やっと変な緊張から解放された自分が居たのであった。
どうやら、『期待しない…』と言いながらも、一番期待していたのは僕自身だったらしく、当たりでは無いがハズレでも無いギフトというオチに、本人なりに納得出来たからだと思うのだが、父と母は、僕のギフトが書かれた資料を興味なさそうにチラ見しただけで、神官さんの、
「神々よりのギフトを生かして良い人生を…」
というお決まりらしいフレーズに押し出さる様に次の祝福の儀を受ける少女と交代したのであった。
どうやら父も母も辺境伯様や国に報告出来る様なレアギフトでなければ僕がどんなギフトを授かろうと相変わらず興味が無い様子であり、母は儀式が終われば特に僕と会話を交わす事もなく、
【学校でしっかり勉強してきなさい】
というメモを残して王都の実家へと帰り、父は未だに壊滅的な我が家の騎士団の為にベックさんの息子である我が家の執事長のコロックさんと二人で、本日ギフトを授かった子供達のリストの中から【剣術】や【腕力強化】など、騎士団員として使えそうなギフトの平民の子供をスカウトする段取りを整えており、やはりというか何というか、僕のギフトを喜んでくれたのは、いつものメンバーと僕の思いつきで少し暮らしが安定した領地の農家の方々だけであった。
それでも数年前より自分の事を気にかけてくれる人がこの世界に増えたという事が嬉しくてたまらない僕は、
「ジョン様が五年後に学校から帰られた時にはもっと収穫量や作れる作物の品種が増やせる様に努力します」
とか、
「本当にジョン様が御領主様になられる日が待ち遠しいわ」
などと活気が少し戻った農家の方々にも見送られながらその年の夏、辺境伯領都エレナにある学校へと入学したのであった。
夢と希望に満ち溢れた学生生活の始まり…という思い描いていたモノとは今から思えば、かなりかけ離れた灰色の日々の始まりであり、既に僕が3歳の頃から小競り合いや睨み合いが絶えず続いている隣国との戦争により、学校には、
『貴族の中でも戦闘系のギフトが偉く、生産系のギフトは格下』
などという風潮が蔓延しており、古参という唯一の売りで地位を守っていたウチのペア子爵家は騎士団も最初の戦闘で失いその後は後方支援や物資輸送のみで辺境伯軍に貢献するしかなく、前線で戦果を上げているイケイケ貴族の息子達からは馬鹿にされ、しかも僕の【修復】のギフトは有能な能力ではあるがバリバリの生産系ギフトな為に更に学校では肩身の狭い思いをする事になったのである。
まぁ、僕もヘコヘコして居ればまだ良かったのだろうが、前世の記憶からも、
『お前らが前線で闘った訳でもないだろうが!』
と、可愛く無い態度で学業にて完膚なきまでに生意気なガキ達をギャフンと言わせた事により、一層風当たりが強くなってしまった事については後悔はして居ないが、学生寮でも完全に孤立したのは地味に心にダメージが貫通する結果となった。
こうなると、レベル3の一般的な少年としては力にて問題を解決する事は諦め、薄っらと残る前世の記憶から大人としての余裕を出して、馬鹿やイケイケ達が絶対来ないと思われる学校の図書館の虫となり、空き時間の全てを誰とも関わらずに本に囲まれて五年間を過ごしてやる覚悟であったのだが、
『いや、卒業しても派閥の貴族やらの集まりとか有るか…』
と、うんざりする現実にブチ当たり、
『どうしよう…』
と頭を抱えながらも読む事を止めて眺めていた図書館の本の破れかけたページを見つけ、
「リペア」
と修復ギフトの唯一の能力であるリペアの魔法を使ってみたのだが、音もなくスッと繋がったページに、
『おっ、出来た…』
と、実家ではわざと紙を破いて直してみた事はあったが、有益な使い方は初めてであり、少し感動した僕に、
【図書館の本を修復する】
というマイブームが訪れたのだった。
流石にレベル3の僕の魔法では欠損した部分は直せず、まだ紙の様な薄い物にしか効果は出ないが、この図書館のギフト図鑑にて知った情報では、修復のギフトはレベルが上がりギフトの熟練度なるモノが一定ラインを越えると、陶器や鉄なども修復でき、欠損部位も代用出来る素材を用意してリペアの魔法を使うと直せる様になるらしいのだが、記録に残る最高の修復師は膨大な魔力を使い如何なる素材の物でも追加素材無しで修復出来たというのだが、そんな伝説に残るような使い手では無くても今の僕には暇潰しが目的な為に紙の修復だけでも十分であり、授業が終われば図書館に来て、
『この破れ方ならイケるかな?』
などと魔力が少なくなり眠くなるまで己のリペア魔法の限界のギリギリを攻めるような楽しみ方で修復を行い、寮の食堂にて静かに食事をした後は下手に絡まれる前に自室に戻り眠る日々を繰り返したのだった。
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