第37話 師匠と弟子
カサールの町は襲撃から約1ヶ月経過し、もうすぐ冬が来るというのに家を失った方々が不安気な顔で暮らしている。
もとはマルダートの住人だったスラムの方々の多くはカサール男爵様の所属する派閥からの助っ人の騎士団の方々の護衛で住む場所もまだ整っていないが古巣であるマルダートへの移住をお願いし、完全に焼け落ちたスラムから盗賊や魔物の襲来を避ける為に、残された周辺の村からスラムへと避難していた方々は一旦、町の壁の中のテント村へ入ってもらいカサールの町はなんとか落ち着いている。
しかし、家を失った住人の多くには、このまま冬を越さなければならないという現実と、冬を越せたとてその先が見えない絶望が広がっている。
そんな暗い空気が漂う町の中で少しの希望は、僕が持ち帰った錬金術師バルザックさんの研究資料に書いてあった【我が友エルバート】というのがエルバ師匠であり、師匠の住んでいたカサールが盗賊団に襲われたと聞いた弟子の方々が集まった事から一気に話が進み、バルザックさんの研究を師匠と弟子の皆さんで引き継ぐ形で話が進んでいる事になった事である。
そもそもバルザックさんという錬金術師さんは師匠の話では、
「ワシの古くからの友人で天才じゃが、気難しくて人嫌いよのぅ…人との会話は考えの邪魔になるからグラーナの鳴き声でも聞いてた方がマシじゃと故郷のマーチンからあまり出ん男じゃった…」
という変わり者の為に弟子も居らず、僕があの中古品店で物々交換しなければ世に出なかった可能性が高い研究であるが、既に完成していた魔石式ゴーレムコア用魔力充填装置という発明だけでもニルバ王国の戦力を底上げする大発明であるらしいのだ。
ゴーレムコア自体もレアなアイテムであり魔力不足からゴーレムマスターのギフトはあるが、ゴーレムをろくに起動すらしたことが無いギフト所持者もこの国には多く、カサール男爵様の長男であるクリスト様もその一人であったらしく、
「なんとゴーレムコアに魔力を満たす魔道具とな!」
と目を輝かせながら、幼い頃にカサール男爵様に買ってもらったゴーレムコアを持参して魔力を満たし、実際に起動させて、
「久しぶりに我が友の勇姿を見た…魔力を満たすのに私は一月程かかり、起動させても姿を維持させるだけなら半日ほど、全力で動かせば1時間経たずして土に戻ったが…」
と、瓦礫の撤去に魔力を使いきり使って土に戻っても、魔石さえ有れば即魔力が充填出来てまた使えるゴーレムを手に入れ、
「この装置が一月前に手元に有れば…」
と悔しがるのであるが、そのセリフは僕のハートにも刺さるので許して欲しい…
『ギリギリ1ヶ月前に僕の手元にはありましたが…こんな事になるなんて…知ってたらマッハで持って来てますよ…』
とは思うのであるが、おかげで師匠達錬金術師チームからの報告と、実際にゴーレムマスターが使用できたという事実により、カサール男爵様の通信魔道具にて派閥の長であるニルバ王国の軍務大臣にまでこの話が伝わると、
「当面の資金と追加の兵を送ってやるから、実際にその技術を使いコケにされた盗賊を討伐してみせよ。 隠居はそれまでお預けだ!」
と言われたらしく、俄然やる気になったご様子で、
「おのれ賊め…」
と、一時はショックで老け込んでいたカサール男爵様の目に活力が戻った事が町の皆さんに安心感を与えてくれている様に感じる。
そして、カサール男爵様はエルバ師匠から、
「我が友バルザックの研究を完成させればゴーレムマスターでない人間もゴーレムを扱える様になりますぞぃ」
という説明を聞き、
「真かエルバート殿!」
と食い付き、
「ならばワシにもゴーレムを頼む、ワシはそのゴーレムに股がり盗賊達を踏み潰して回る!!」
などと興奮していたのであるが、それを聞いた師匠は、
「う~む…ゴーレムに乗る…」
と何やら考えておられる様子であり、僕は、
『まぁ、あとは師匠やお弟子さん方が何とかしてくれるだろう…』
と、ベルと二人で壊れた生活用品などを中心に、
「はい、直し屋さんだよぉ~、焼けたモノは難しいが、曲がったり折れたりした物なら直せますよぉ~」
と町を巡り、新たに家を建てる大工さんの打ち損ねて曲がった釘を再び使える状態にしたり、割れた水瓶の修復やら、柄の折れたスコップなど町の復興に役立ちそうな物を中心に無料で直して回っていたのである。
そして、魔力が少なくなって少し眠くなる頃にベルは、
「お兄ちゃん、炊き出しのお手伝いに行ってくる」
と、タンカランのダンジョン攻略の合間に磨いた料理の腕を生かし、町の炊き出しチームの一員として頑張っており、僕は、
『よし…暫く休憩して、ちょっとでも魔力を…』
などと思っていると、師匠のお弟子さんが現れ、
「おい、弟弟子よ。 師匠がお呼びだぞ」
と僕は連行して行かれたのだった。
『まぁ、確かに師匠の弟子として錬金術師見習い登録をしたから、皆さんは兄弟子となるのだが…』
と、微妙に【師匠の一門】という枠に該当するのか怪しい部分もあるが、僕に魔道具修復でお小遣いを稼げる様にしてくれたエルバ師匠がお呼びとあらば行かない訳にもいかないので、眠い目をこすりながらではあるが師匠の元に馳せ参じたのではある。
カサール男爵のお屋敷の庭先に弟子達を集めたエルバ師匠は、
「皆もバルザックの研究資料を読んだと思うが、【誰にでも扱えるゴーレム】という物から一歩先に進んだ誰にでも乗れるゴーレムを目標にしたいんじゃがのぅ…知恵を貸してくれんか?」
と言っているのである。
どうやらカサール男爵様が言っていた、
「ゴーレムに股がり…」
というセリフから、ゴーレムの弱点であるゴーレムコアを守りつつコアに指令を伝える装置の設計図はバルザックさんの資料にあり、そこから更にゴーレムマスターもゴーレムの弱点となり得ると気がつき、
『術者を失ったゴーレムは動かないだけだが、【誰にでも扱えるゴーレム】は使い手が倒されれば相手に使われるリスクがある…ならば使用者もコアと一緒にゴーレムに詰め込んで守っちゃえ!』
というアイデアなのだそうだが、いくら賢い方々の集まりである錬金術師であろうとも、
「ゴーレムを…馬みたいに乗るんですか? 師匠…」
などと今一つイメージが掴めず難儀している様子で、ここで僕は魔力切れ間近な眠気の先にある深夜テンションのようなゾーンに入ってしまっていたのもあり、
『神よ、僕に前世の記憶を残したのはこの為でしたか…良いでしょう…見せてやりますよ田舎生まれアニメ育ちの性能ってヤツを!』
と、ばかりに熱く、それはそれはクソ暑苦しく【僕が考えた最強ロボ】みたいな話をしたのであるが、深夜テンションで書いたラブレターを翌日読み返した時のあの何とも言えない痛々しい文面からのみ与えられるダメージと似たダメージにより翌朝、
『僕は昨夜なんて恥ずかしい演説を…』
と膝から崩れ落ちる結果となったのであった。
しかし、三人寄れば文殊の知恵という様に、ちゃんとした錬金術師の兄弟子の方々が2文殊の知恵以上集まると、案外何とかなるらしく、
「ゴーレムマスターの指示は特殊な念話らしいが、ゴーレム内部から直接コアに指令が出せる装置を昨夜ジョンが言っておった…こくぴっと?とかいう物を作りゴーレムの胸部に使えれば…」
などと話し、
「ならば、バルザック殿の資料に有ったゴーレムハートを正確にゴーレムの体内に配置する研究を使い、魔力の流れる素材を芯とした体をあらかじめ作りその体を丸ごとゴーレムに取り込ませるか?」
などと、次から次に解決策や試作案が出されているのである。
『あとは頼みましたよ…アニさん方…』
と、臨時の研究施設となっているカサール男爵様のお屋敷の庭先から、
「よ~し、今日も直し屋さんを頑張るぞぉ~」
とばかりに昨夜の恥ずかしい演説の記憶に背を向けて逃げようとする僕を、
「まてまて、ジョンが居ないとコンセプトがぶれる」
と、兄弟子の皆さんに捕まってしまい、昨夜の演説についてシラフの状態であるのに、また詳しく説明させられるという辱しめを受けるのであった。
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