第32話 マーチンの町
マーチンの町は見事な壁に囲まれた湖の畔の町である。
この壁にはグラーナの騒音を遮る役目と、夏に成長し秋の終わりには方々の森等に散らばる若いグラーナ達がまだ湖に居る所を狙って集まる大型魔物や中型魔物の群れなどから町を守る役目があり、戦地だった国境からも遠いこともありカサールと違い町の様に外にスラムなどはないのだが、スラムが無い一番の理由が、春から夏の間に騒音を我慢してグラーナの夜狩りを続ければ町で暮らせるほど稼げる事が大きいと思われる。
ベルが殴り殺したグラーナの運搬を足肉五匹分で引き受けてくれた大きな手押し車を1人で軽々と押している少年のケント君の案内でマーチンの町に入った僕とベルであるが、寝不足でイライラしているベルを安い宿屋で休ませてから僕とケント君で冒険者ギルドに向かいカウンターにて手続きをして、ギルドの解体場にまわりケント君に支払う五匹分の足肉以外を降ろす。
ここでケント君とはお別れしたのであるが、彼は、
「ジョン兄ちゃん、屋台通りで俺っちの母ちゃんが店をしてるからベルちゃんと来てよ」
と言っていたので、ベルがしっかり睡眠をとり殺戮者のような目付きから、いつもの明るいボーイッシュな少女に戻ってから彼のお母さんの屋台へ行く事にしたのである。
そして僕は夜中にベルが1人で撲殺して回ったカエル魔物を見た解体場の職員さんが
「見事に一撃でしとめてあるな…下手したらこのグラーナなんて死んだ事を気付いてないんじゃないか?」
などと感心したり、
「解体してあるのもあるな…しかし、この解体には愛が感じられんから、次は無理に解体せずに持ち込んでくんな…解体料を差し引いても持ち込んでくれた解体済み素材ぐらいの買い取り額は十分出せるからな」
と指摘を受けたりしながら買い取りの査定を待ったのだが、結果として冒険者ギルドで解体料を支払っても一匹のグラーナの魔石が小銀貨3枚と足肉が小銀貨1枚、皮も同じく小銀貨1枚程度となり、大体小銀貨5枚…つまり五千円程度の収入となる事が分かった。
グラーナ用の釣り竿さばきの上手い人でも朝から昼迄に十匹倒せるかどうかの獲物をベルは交尾に夢中で無防備なカエルさん達を14組、28匹も殴り殺したので足肉を五匹分ケント君に支払っても一晩で小金貨1枚と大銀貨3枚程…13万となったのだった。
『夜勤一発で13万なら人生やり直せるチャンスがある町だな…ベルがもっと早くからブチキレて殴り始めていたらこの倍近くも狩れたはず…それがまだまだ湖に獲物が居るとなると、焦って夜に狩らなくても趣味感覚で午前中だけ狩りをして一匹でも狩れば五千円だし…』
と、前世の記憶を基準にしても中々にボロい日給になる事を知り、
『グラーナのシーズンだけ本気で狩りをしただけでも贅沢しなければ一年ぐらい暮らせるな…』
と、ダンジョンに潜りスライムを必死に倒していた日々を思いだし、
「宝箱というボーナスが無くても基本給だけで2日程同じ作業をしたらあれより稼げるのか…」
と呟きながら朝にチェックインした宿屋へと戻り僕もベルの隣のベッドだけの部屋で眠りについたのであった。
しかし、昼過ぎにハッと目覚めた僕は、
『えっ、僕…一匹も倒してない…』
と、今更ながら何の経験値も得られて無いことに気がつき、
『どうする?今晩も夜狩りに行って僕がヨガってるカエルを殴りに行くか??』
などと考えていると、ベルもしっかり休めたらしく、隣の部屋から、
「お腹空いた…」
と呟く声がしたのであった。
安宿で隣との壁は薄いが、外壁はグラーナの騒音対策で厚い為に夕方近いので湖では今夜に向けてオス達が、
「ぼぇ~、ぼぇ~」
と発声練習をしている時間だが、その声は全く聞こえず、隣のベルの、
「ぐぅ~」
という腹の虫の音の方が響いて来た為に、僕はベルの部屋をノックし、
「ご飯を食べに出るかい?」
と声をかけると、
「お肉が食べたい」
とベルは余程腹ペコだったらしく「はい」という返事をすっ飛ばして希望を伝えてきたのであった。
2人で宿を出て、マーチンの町をブラブラしながら先ずは屋台通りへと向かいケント君と約束した彼のお母さんの屋台を探しているとグラーナの足肉を使った屋台という情報だけでは特定が難しいぐらい足肉料理の店が並んでいる。
「どれがケント君のお母さんの店だ?」
と見回す僕に腹ペコのベルは、
「端から順に食べて行けば当たるから…」
と、とりあえず足肉を食べたいご様子に、
『まぁ、一軒で腹一杯にはならないだろうし…』
と考えた僕はとりあえずグラーナ狩りから戻って今日の成果を自慢しながら屋台に群がり一杯引っかけている町の方々が並んでいる屋台を一旦避けて、ベルの小腹を満たす為に、列の少ない屋台に飛び込んだのだが、そこに居た女性店主に、
「母ちゃん、洗い物用の水を汲んでくるよ」
と、ケント君が言ってバケツを下げて裏手の公園の井戸に向かったのが見え、
『比較的お客さんが少ないから選んだ店がケント君のお母さんの店って…口が裂けても言わないでおこう』
と己に誓った僕は下手に口を開かず前に並ぶ二人のお客さんが、店主であるお母さんに、
「どうだい?」
と聞き、お母さんが、
「なかなか…」
と少し切なそうに答えると、もう1人のお客さんが、
「奥さん大丈夫だ、去年大将のおかげで無事だった連中が毎日食べに来るからよ」
などと話しているのを静かに聞きながら、
『ありゃ…なんかケント君のお家はなんか訳アリかな?』
などと考えていると、水汲みから帰ったケント君が、
「あっ、二人ともいらっしゃい」
と声をかけてくれたのであった。
その後、お母さんの屋台のすぐ裏手の公園にてお手製のグラーナの足肉スープをいただきなが、ケント君から話を聞くと、ケント君のお父さんは元冒険者の料理人であり、お母さんと知り合い結婚し、ケント君が産まれた事により危険な冒険者から自分で獲物を狩り、それを使った料理を売る屋台の料理人としてマーチンの町で家族三人で楽しく暮らしていたのだが、昨年の秋に運悪くグラーナの群れに目をつけたのがワイバーンという空を飛ぶ魔物の群れであり、町の立派な壁もあまり役には立たず討伐には町に滞在する冒険者総出でなんとか撃破したのであるが、町の中に空から新入して暴れたワイバーンから町に暮らす皆を守る為に包丁1本でワイバーンに立ち向かったケント君お父さんはお亡くなりになってしまったのだそうだ。
「俺っちがもっと強くて、家まで走って父ちゃんの槍を取って来れたら…」
と悔やむケント君は、今でもその日の事を引きずっているらしく、たまにくる常連さんにスープを出しながらもお母さんは僕たちに話すケント君を切なそうに見つめて、
「ケントは悪くない…母ちゃんも父ちゃんから料理を習っておけば…常連さん達だって…」
と涙をながしている。
『なんか、悪いこと聞いちゃったな…去年の秋って、お父さんなくしたてホヤホヤで親子で手探りで屋台を引き継いだ感じか…』
と、ベルとも通じる何かを感じてしまった僕は、出来るだけ彼らの役に立てる様にマーチンの町で活動する事に決めたのである。
ちなみにであるが、ウチのベルちゃんは屋台に胃袋で貢献するらしく、寝ていて食べそびれた朝と昼をこの夕食で取り返すかの様にケント君のお母さんのスープを満足するまでリピート購入していたのでお母さんに大変喜ばれていたのであった。
『しかし、何をすればケント君達の為になるんだろうか…』
と思いながらその日はケント君達と一旦別れてマーチンの町をベルと散策したのである。
ベルが、
「非常食のパンも全部食べちゃったし、パンは必要でしょ…あとボク甘いお菓子を非常食に追加したい」
と、明日以降の冒険者活動の為に買い物をしている横で、
「予算は有るからベルが好きそうなのを買おう」
などと言いながらも僕は、
『う~ん、ケントのお父さんの代わりにこの町に居る間は僕が肉を調達する役目になるのとかは構わないが、それではその後のケント君が困るし…』
と考えているのであるが、なかなか考えが纏まらないまま、次のお店の前でベルが、
「あっ、お父さんとお揃いのヤツだ!」
と、錬金ギルド経営のショップに並ぶマジックバックをキラキラした目で見つめているのを見た瞬間に僕は、
「そうだ!」
と、頭の中の霧が晴れた様に次の目標が見えたのであった。
読んでいただき有り難うございます。
よろしけれはブックマークをポチりとして頂けたり〈評価〉や〈感想〉なんかをして頂けると嬉しいです。
頑張って書きますので応援よろしくお願いいたします。




