第30話 新たな町へ
『はぁ~…気が重い…』
と、項垂れている僕は現在、ベルと一緒にカサールの町から離れる為に乗り合いの幌馬車に揺られている。
先日の早朝、お手製の焼きたてパンを手土産に泊まっていた宿屋まで突撃してきたカサール男爵様は、
「昨日は本当に申し訳ない…息子に叱られてようやくワシのした事が冗談などで済まない事だと理解したのだ…ワシはジョン君に許してもらい我が家に協力して貰えるまで何度でも、何度でも頭を下げる覚悟で…」
などと言い出し深く頭を下げるものだから、僕は、
「もう、頭を上げて下さい男爵様…」
と焦るのであるが、男爵様は、
「いや、しかし…」
と頭を下げ続け、宿屋の主人もアワアワするし、ベルは焼きたてパンをモシャりながら、
『どうするの?』
みたいな顔をしている為に、昨夜ベッドで寝付けずに行っていた一人反省会の結果としては、僕としても役に立つかは解らないがお手伝いはする事に決定していたので、
「ビックリして考えがまとまらなかっただけで、怒っている訳ではありませんから、僕で役に立つかは解りませんが協力はさせて頂きます」
と言いながらも、
『だからもう帰って!』
と、前日の暴飲暴食にて胸焼けにしている僕は、焼きたてパンの香りが充満しているこの場から一秒でも早く離脱したい事もあり、協力の約束をして何とか男爵様にお帰り頂いたのであるが、その翌日の夕方には冒険者ギルドマスターが宿屋に来て、
「男爵様から何か困り事が無いか聞いてきてくれと頼まれて…」
などと実に面倒臭い感じになってしまい、ギルドマスターも盗賊討伐作戦の情報収集の結果などを報告しに男爵様に会う度に僕たちの様子を見に行かされる事になりそうなのをウンザリしていた為に、僕はギルドマスターに、
「クリスト様に暫く町を離れますとお伝え下さい、それと男爵様には盗賊討伐を何卒お願い致しますと…ギルドマスターも盗賊討伐のサポートの合間に僕らの様子を見に来るのは大変でしょうから…」
と、伝えるとギルドマスターは、
「それは有難い…ただ盗賊の件は任せてくれ…」
という事に決まり、僕は初級ダンジョン踏破でEランクに昇格出来る条件を満たし、貴族からの依頼である腕輪の納品により冒険者ギルドに貢献したという事でギルドマスター権限によりDランクまで昇格出来ている為に、
「暫く町を離れるのに何か良い感じの依頼ってありませんか?」
とギルドマスターに相談すると、
「Dでは商人の警護依頼は無いし…それにベルはどうする?…」
という事で、カサールから馬車で10日程の湖に面したマーチンという町で今からの時期に大量発生するカエル魔物の討伐をメインに、町の近くにあるニルバ王国の初級ダンジョンの中では一番難しいと言われている10階層まであるダンジョンに潜るというプランをオススメされ、僕とベルは盗賊の件が落ち着くであろう冬前までマーチンの町に拠点を移す事にしたのである。
『折角、ギャンさんの店で魔道具の修理をして収入が得られる目処が立ったのに…』
とは思うが、エルバ師匠も、
「マーチンの町ならばここより冒険者が居るし、町のゴミ置場には壊れた魔道具も有るだろうから修復の練習も出来るじゃろうのぉ、頑張って来るとえぇ」
と言ってくれたし、ギャンさんから、
「まぁ、壊れた武器もゴミ置場に有るからジョンのギフトが成長して武器も防具も直し放題になれば、ウチの店も必要無くなるだろうからな…魔道具修理は続けて欲しいし、今のうちに恩でも売っておくか…」
という事で餞別に僕は修理してある鋼の片手剣と、ベルは魔鉱鉄のコーティングを施した盾をプレゼントしてもらい新たな町へと向かっているのであるが、
『この遠征が終わる頃には、盗賊達の件は何とかなっているだろうが…そうなるとクリスト様にあとを譲って引退した男爵様と町作りなんだよなぁ…ん?…引退するから男爵様では無くなるのか…う~ん、まぁどうでもいいや…』
などと、少し憂鬱な気分のまま、ちゃんと座席が有り幾分か乗り心地がマシな乗り合い馬車に揺られているのだった。
時期的に雨の多い季節の為に、ぬかるみに馬車の車輪がはまり軽く足止めされたり、雨でゆるんだ山際の道が土砂や岩で塞がれ最短ルートを通れずに迂回したりして10日程と聞いていた旅は半月近い長旅となってしまったのであったが、乗り合わせた乗客の方々は、
「この時期でこの天気なら、まぁ上出来な日数だ」
とか、
「こんな雨続きな日に勤勉に馬車を襲う盗賊なんて居ないし、日にちが掛かっても安全なこの時期の旅が楽だな…」
などと言っているので、大きな町に行く馬車の旅はかなかな過酷な様である。
乗り合いの幌馬車での旅であったが、ぬかるみにハマれば馬車を降りて押したりと、かなりドロドロな乗客達は、
「こりゃ、着替えなきゃ宿も取れないかもな…高い宿なら洗い場へ通されてから着替えたら良いが…」
などと町の入口の手続きの列に並びながら話しているので、どうやら素泊まりの安宿はベッドが泥で汚れるのを嫌がりチェックインすら出来ない可能性があるらしく、高い宿と呼ばれる宿ならば体を洗う設備があるらしいという情報が手に入ったのであるが…
『う~ん、正直ウエスのダンジョンで稼いだお金は新装備に半分程使ったし、旅の費用も中々の額であり、大銀貨六枚程しか手元に残ってないが…』
と、僕は悩みに悩んだ末に、
『一泊だけ高い宿に泊まり体を洗うか…ベルは女の子だから町の井戸場でチョチョイと着替えるのも恥ずかしいだろう…』
などと思っていたのだが、ベルは町に入る列に並ぼうとする僕に、
「お兄ちゃん、早く湖に行こう! まだお昼過ぎだからエルバお爺ちゃんがお薬を塗ったシートでお家作ろうよ」
と、キャンプを提案するのである。
確かにギャンさんの店にエルバ師匠が納品した撥水加工を施したシートで簡易テントを作れば雨なんてへっちゃらではあるが、
「でも、食料とか買わないと…」
とキャンプ前に町に入る事を僕は提案したのであるが、キャンプをする気満々のベルは、
「ダイジョ~ブっムキムキのおじさんも沢山居るグラーナの足が旨いって言ったから!」
と門の列には並ばずに町の隣の湖へとギャンさんの店で購入したスコップの入った獲物用カゴを背負った彼女の背中がグングンと遠退くのを、
「いや、待ってよベル、ちょっ…速いよ…」
と、身体能力の高い獣人族の血を引く彼女の背中を必死に追いかけて、結局マーチンの町でのスタートは町の外での野宿からとなったのであった。
グラーナというカエル魔物は後ろ足を掴んで持ち上げると身長がやや控えめな僕では余裕で地面にグラーナの顔が着く程の大きさであり、皮は撥水加工などをしなくても水に強く水袋や馬車の幌などに重宝され、魔石もソコソコ大きく、足の肉はこの時期のマーチンの町で名物となるそんなに強くない魔物である。
しかし、この時期から秋頃まで周辺からこの湖に集まり繁殖する為に時間をかけて、グラーナの親世代と子供世代を頑張って間引かないと他の大型魔物の食料として町の近くに危険な魔物を呼び寄せる厄介な魔物でもあるらしく、駆け出し冒険者は勿論、マーチンの町の腕自慢の子供達もお小遣い稼ぎの為にカエルを倒してお金を貯めて、装備を整えて冒険者としての第一歩を踏み出したりする町にとっても有益な魔物であるのだ。
しかし、いかんせん繁殖力が凄い為に結局何ヵ月もかけて狩りまくっても毎年秋には、何かしらの大型魔物や厄介な中型魔物の群れなどが冬越しの栄養を蓄える為の獲物として狙われ、マーチンの町の一流冒険者達が総出で町の近くに居座りグラーナを食べる大型魔物達を狩るというのが恒例行事となっているのだそうだ。
既に湖から「ぼぇ~、ぼぇ~」という何とも低くて野太い鳴き声の大合唱が聞こえ、前を歩くベルに、
「お~いベルぅ~、グラーナさんは弱いらしいけど凄い数お住まいみたいだから、あまり湖には近づかずにここら辺を拠点にしよう!」
と必死に呼び止め、
「え~、倒したグラーナを運ぶの大変だからもっと近くで良いんじゃない?」
というベルに、僕は
「寝てる間にヌルヌルのグラーナに取り囲まれちゃうよ…それに、ぼぇ~って煩くて眠れないかもよ…」
と様々な理由を提示して、
「それもそうか…」
と、何とか彼女の足を止める事に成功したのであった。




