第28話 思いの強さ
さて…カサール男爵様のお屋敷にて盗賊の件を聞いたところによると、現在カサールから西、丁度僕たちがホーンラビット狩りを行っていた辺りから西に伸びる街道沿いと、南寄りの街道はジル君兄弟が住んでいる村から先は、僕が収容されていた町…正確にはマルダートの町からリント王国の全員が撤退するこの秋まではリント王国でもニルバ王国でも無い空白地扱いらしい。
つまり法律が及ばない無法地帯となっており、リント王国とニルバ王国の両国から悪い奴らが集まり、ある者は追手から逃れる為、またある者は返還されたマルダートへと秋から冬の間に引っ越して商いの準備に入る商人達の馬車を狙う為にこの空白地内で縄張り争いなどをし、荒稼ぎしたらスタコラサッサと他の国等に逃げ出す計画らしいのだ。
戦後すぐから丸二年以上、空白地内の捨てられた村を根城としリント王国側やニルバ王国側で悪さをしても両国とも戦後処理で忙しいのと、微妙な立ち位置にある両国の緩衝材的な役目の空白地に、『騎士団を送り込む筈がない』と盗賊達がいい気になっているそうで、カサール男爵様からの依頼で冒険者ギルドから調査依頼を一流冒険者達に出した結果として、ギルドマスターが、
「まだ廃村をアジトにしている複数の盗賊団の正確な勢力図などは不明ですが、どうやらこちらの少女が住んでいた集落は二つの街道に挟まれた中間にあり、マルダートに続く西の街道と南寄りの街道で荷馬車を襲う際の合図を街道の仲間に出す為に新たなアジトにする目的で襲われたらしく、その盗賊団はニルバ王国にて賞金がかけられたメンバーを多数抱えるマッドウルフだという報告が上がっております」
と説明してくれたのを聞いて、その盗賊団を憎む気持ちよりも先に、
『リント王国で親父の手下をしていて捕縛に向かった騎士団の追跡から逃れたなんていう連中じゃなくて本当に良かった…』
と、今でもベルに対して後ろめたい僕の過去…というかあのクソ親父がこの国に対してしでかした件を隠している事に悩んでいるのに、
『これ以上追加されたらどの面下げてベルに接したら良いか…』
と、黙っている事を卑怯とも感じているが、純粋にホッとしている自分が居たのであった。
ベルの居た集落はカサールの町の管轄ではあるが、現在はリント王国側と協力し、空白地が正式にニルバ王国に返還されたと同時にニルバ王国の騎士団と信頼がおける冒険者がリント王国方面へと盗賊団を討伐しながら移動し、国境を固めたリント王国騎士団と、リント王国側の冒険者ギルドに雇われた一流冒険者達がハサミ打つ計画が進行しているらしく、カサール男爵様は、
「直ぐに仇を討ってやりたいが…すまん、もう暫く奴らを泳がせたいのだ…」
と再びベルに頭をさげるのであったが、ベルは、
「だから、お爺ちゃんがごめんなさいしなくても…悪い奴らをやっつけてくれるんでしょ?」
と謝罪ではなくカサール男爵に討伐の約束をお願いすると、男爵様は、
「ワシの最後の大仕事だ…必ずベルちゃんのご両親やご近所の皆の仇の悪者に今まで行って来た全ての罪を償わせると約束しよう…」
と、静かにではあるが強い決意を秘めた眼差しでベルに誓った後に、ニコリと微笑み、
「難しい話ばかりで、ベルちゃんはつまらなかっただろう?」
とベルに聞くと、ベルは男爵様に、
「ムキムキのおっちゃんがお兄ちゃんをずっと怒ってて、その後でお爺ちゃんのお家に来たからお腹ペコペコだよ…」
と、昼前からつれ回されて冒険者ギルドで出されたお茶菓子だけでは食べ盛りのベルは満たされなかったようで、基本的に孫に祝福の腕輪をプレゼントする為に冒険者ギルドに依頼を出すほどの甘々お爺ちゃんである男爵様は、
「なんと!昼ご飯も食べさせておらんのか!!」
とギルドマスターを叱った後に、お屋敷の人に、
「ベルちゃんにお昼を…」
と指示をだすと、僕には、
「ジョン君はもう少しワシらとお話をしてからで構わないかな?」
と、聞いてきたのである。
正直な話、この瞬間に僕は嫌な気配を感じて胃がキリキリと痛みだし食欲なんて全くなくなり、
「えぇ…」
と、少し上ずった声で返事するのがやっとなのであった。
そして、ベルがお昼をいただく為に部屋から出た瞬間に、この部屋の空気はガラリと変わり、カサール男爵様から感じる何とも言えない圧力に僕が固まっていると、男爵様は急に、
「まぁ、そんなに固くなるでない…老いぼれのちょっとしたイタズラだ…」
などとイタズラっぽく笑っているが、今のは確実に殺気である事は、熊耳おじさんのガインさんに殴られた時と同じ気配だった為に僕だって、
『どうやら僕の素性を知って、ニルバ王国側の貴族としての制裁をお望みなのか…そりゃあ、殺したいぐらい憎かろうて…』
と理解したのである。
『親の不始末、子の難儀…』
などと自分とは別の事として親の所業を恨んでみるが、敵国の方々にしたら、
『色々とやらかしてくれた本人ではないにしろ…その身内!』
と、同じ悪者としか思わないのだろう…
『国外追放刑ぐらいでお願いしたいが…この感じ…無理かな…』
などと、覚悟を決めた瞬間に、カサール男爵様は、
「すまん、すまん…親友であったマルダートのヤツの治める町から娘を攫って売り飛ばしていた男の息子をゆえ、ちょっとばかり脅かしてやろうと思うたが…悪ふざけが過ぎた…許してくれ」
と謝罪され、ギルドマスターまで、
「いやいや、先ほどの殺気は一流冒険者でも震え上がるかと…現に私も変な汗をかきました…」
と場の空気を変えようと庇ってくれたのであるが、
『ははっ…冗談でしたか…』
などと、僕も笑ってこの場を流せない状況まで来てしまっている事ぐらい理解しているし、この場を誤魔化したとて、もう僕の全てを知られているはずである為に、
「黙っておりこちらこそ申し訳ございません…ニルバ王国に多大なるご迷惑をかけた大罪人の息子…如何様な処罰でも…ただ、私を兄と慕ってくれたベルだけは是非、私の代わりに…」
と頭を深々と下げてベルの今後をお願いするしか無かったのであった。
部屋の空気は重くなる一方だったのであるがそこに、
「父上…また何か悪さをしたのでしょう…」
と呆れながらこの部屋に入ってきた男性が男爵様に歩み寄り、
「いや…イタズラでチョコッと殺気を飛ばして驚かせようと思っただけなのだが…」
と説明する男爵様に、
「父上、こんは青年に【威圧】のギフトを使ったのですか!」
とお説教を始めてしまい状況を飲み込めないまま、益々カオスな空間へと僕は引き込まれていくのであった。
それからもお説教は続き、
『一体…何を見せられているんだろう…』
という雰囲気で僕とギルドマスターが見つめている事に気がついた男性が、
「すまない…君の事はペアの町の領主であるバートン殿から聞いておったのだが、まさかその神童殿が我が家からの依頼を達成した冒険者だったとは…報告を聞いて驚いた程でな…」
と、お取り潰しになったウチの領地を守る為に、曰く付きの町の領主になってくれたバートン様の名前を出し、改めて僕に、
「父上がすまなかった…」
と謝罪してくれ、僕は、
「いえ、我が家のクソ親父の方が大変ご迷惑を…」
と更に深々と頭を下げたのであるが、男性は笑いながら、
「お互い親には苦労しているらしいな…」
と言ったあと、
「私がジョン殿と今後の事についてお話をしますので、父上達は妹夫婦が預かる事になるマルダート町周辺から賊を一掃する作戦でも練っておいて下さい」
と告げて、僕は別の部屋へと連行される事になったのである。
『今後の事って…どんな罰を与えられるのか…』
と、死罪になったクソ親父は勿論、今でも王都あたりで元カレの権力に守られてヌクヌクと貴族ライフをエンジョイしているであろうクソ母親にも、
『地獄生活だろうと貴族生活だろうと関係ない!…何か不幸に見舞われろ!!』
とやり場のない怒りや不安を一纏めにして届くはずもない呪いを飛ばしてみたのであった。
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