第27話 カサール男爵様
乗り心地の悪い荷馬車の旅でカサールの町に到着し、少しリペアの魔法を使い過ぎたのもあり、その日は、
「ごめんだけどベル…もう眠くて仕方ないから適当に屋台でご飯を食べたら宿で眠りたいんだ…」
と、早めに眠る事にして、翌日改めてギャンさんの店にて冒険者ギルドマスターに会うための服を購入しリペアの魔法で直す作業を行う。
昨日買ってもらった錬金術の本を参考にギャンさんの店のガラクタの山に転がっている魔石で水が作り出せる水筒などを修復してみたい気持ちはあるが、
『今日こそは冒険者ギルドに行ってギルドマスターさんとやらに会わなければ…』
と思いとどまり、僕とベルはようやくアシッドスライム達に溶かされた服の替えと、ビックスライムの魔石などの買い取りで少し懐も暖かい事もあり、昨日錬金術の本の代金を立て替えたギャンさんが、
「ダンジョンで稼いだ分買ってくれ…」
とお願いするので、壊れているがまだ使えるレベルの革の胸当てから、ギャンさんの店の修理済みの売り物から、薄い鉄板入りの皮の胸当てを購入する事にしたのである。
あとはいつまでもメイン武器がツルハシという訳にもいかないので剣でも購入しようかと考えたのだが、
『宿代とかもどれぐらい必要になるか分からないし、次の予定も無いから、少し酸でやられてはいるがツルハシでいいか…』
となり、ベルは新しい服で満足だったらしく、
「盾は新しいのでも良いけどメイスはまだ使えるから…」
と、彼女も武器の購入はまた次回でも良いらしいので、
「よし、なら冒険者ギルドに行くか…」
と昼前に冒険者ギルドに二人で出向いたのである。
そして現在…冒険者登録の出来ない年のベルちゃんはギルド職員のお姉さんにお菓子を振る舞われて、
「ベルちゃんは凄いね…ウエスのダンジョンをその年で踏破したんだぁ」
などと楽しくお喋りをしているのを横目に僕はというと、目の前の男性に、
「いや、別に怒っている訳ではないのだが…昨日の朝にウエスからの書類が定期馬車で届いたのに肝心なジョン君達が待てど暮らせど…」
と言われているのだ。
その豪快そうな見た目とは裏腹にやたらネチネチと文句を言っているこの男性が冒険者ギルドマスターさんその人なのである。
まぁ、兵士長さんからも昨日、
「例の冒険者と話をした…」
ギルドマスターまで報告が入っていたらしいから、待つ気持ちも理解は出来るのだが、しかし、
『別に約束はしてないじゃないか!』
と正直思っているのではあるが、そこは僕も大人として反発はせずに、
「ダンジョン行きを薦めてくれた方に報告をしておりまして…お待たせして申し訳ないです…」
と頭を下げたのだが、ギルドマスターは、
「いやいや、別に怒ってる訳では無いのだ…」
と繰り返してはいる…しかし、これは昨日のうちに来なかった事を絶対怒っている人の圧力である。
なぜこれほどまでにギルドマスターさんがイライラしているかというと、祝福の腕輪を納品したカサール男爵様から、
「本来であれば盗賊から逃げ延びた少女を保護し、こちらで盗賊の調査をすはずのところ、町の兵士の怠慢で迷惑をかけたのはこちらである…それなのに孫に与える祝福の腕輪の対価が盗賊の調査と討伐というのは私の立場が無い…納品者のジョンなる冒険者が到着次第に報告を…」
と言われていたのに、兵士長からカサール男爵様に、
「町に入りました」
との報告があったのに、その後冒険者ギルドからの報告が来ない為に、
「冒険者ギルドとしての手続きが終わり次第に盗賊の調査の資料も持って来るように言ったであろう?」
と昨日のうちに男爵様からギルドマスターに確認が二度ほど入ったらしく、
「いや、本当に怒ってる訳では…」
と優しい雰囲気の言い回しであるが、ある意味ギルドとしては門兵チームの怠慢により代官であるカサール男爵様共々、ベルの件で対応をミスした仲間にされ謝罪する側に回っていることもあり、強くは言えないが、
『ふざけんなよ』
という気持ちな事は嫌というほど理解出来たのだった。
そして、今も十分面倒臭いが、どうやら更に面倒臭い事に、この後カサール男爵様とも面会する事になる流れのようなのである。
「本当に盗賊だけボコしてくれたら良いんで…」
と、言って逃げ出したいが、話の内容にベルの集落を襲った盗賊団の事も有るために、
『ベルは聞きたいだろうし…』
と覚悟を決めて、男爵様との面会に向かう事にしたのであった。
各種ギルドが建ち並ぶ通りの突き当たりがこの町のトップであるカサール男爵様のお屋敷であり、普通に生活している一般の平民はまず立ち入る事はないであろう建物なのだが、元領主の息子だった経験のある僕からすれば、
『他所のお家訪問』
ぐらいの気分だし、ベルはというと、これから貴族に会うという事すら、
『貴族?…なにそれ』
程度の認識である為に緊張するところまで行かないらしく、
「お兄ちゃん、見てみて!」
とお屋敷の玄関先で芸術的なよく解らないポーズを決めている男性の彫像を指差し、
「スッポンポンだよ」
などとキャッキャと喜んでいる。
『確かに我が家は貧乏まっしぐらでこんな芸術的な物は何も無かったが…』
などと思いながらも、
「何でスッポンポンで格好つけてるの?」
と素朴な疑問を僕に投げ掛けるベルに僕は、
「う~ん、そういう趣味なんじゃないかな?」
などと答えていたのであるが、僕たちをお屋敷まで連れて来ている冒険者ギルドマスターは、
「これから男爵様に会うんだぞ…緊張とかするもんだろ…普通…」
と、完全に呆れているのである。
『緊張して胃に穴が空きそうなのは昨日から男爵様からの問い合わせと、全く来ない僕たちにイライラしたりドキドキしていたギルドマスターだけだモン!』
とは思うが、
『でも、冒険者ギルドだってある意味被害者だもんな…門兵がベルの件を処理するのが面倒臭くてギルドに丸投げしただけだから…』
と何だかギルドマスターさんが少し可哀想に感じて、僕はベルに、
「ベル、なんかギルドマスターのおじちゃんが泣きそうだから、見学は後にしようか…」
と声をかけると、ベルは、
「おじちゃんムキムキなのに泣きそうなの?」
とギルドマスターの前に回り込み、
「大丈夫?」
と彼の顔を覗き込むと、ギルドマスターは、
「大丈夫だが…今ので泣きそうだ…頼むからお行儀良くしててくれ…」
とこの一瞬で何歳か老けたような顔で僕たちにお願いしていたのである。
とまぁ、そんなこんなで屋敷に入り、長い廊下を屋敷の方に案内されながら進み、いよいよカサール男爵様とのご対面となったのであるが、男爵様はパッと見はお爺ちゃんといってもいい年齢に見えるが、何やら纏う雰囲気は活力に溢れている男性であり、
『何だか迫力があるな…』
と、同じ貴族というくくりではあるが、思い返してもあのクソ親父からは感じられなかった貴族としての説得力のような物を感じた僕はこの瞬間、初めてこのお屋敷の主に緊張を覚えたのであった。
しかし、そんな貴族が、
「この度は、我が町を守るはずの一部の兵士の怠慢により、被害にあったお嬢さんには要らぬ不安や迷惑をかけてしまった…これもワシの力が足りないばかりに…申し訳ない…」
と深々と頭を下げるのである。
戦争で男手が減っているこの町では、今回問題があった兵士をクビにする事に踏み切れない事情もあるらしく、部下の失敗を庇う為に、こんな駆け出し冒険者とギフトも授かっていない少女に町のトップがワザワザ謝罪をしているのだ。
そして、そんな事が出来る貴族の方が稀だと一時期は貴族の息子をしていた者としては理解しており男爵様の男気も感じた為に、僕はベルに、
「男爵様が、ベルが助けてって町に来た時に追い返してゴメンって言ってくれてるよ」
と説明すると、ベルは、
「違うよ、汚いガキはあっち行けって言ったのは入口のオッサンとかだから、お爺ちゃんは悪くないよ」
と、男爵様に向かい「お爺ちゃん」と言ってしまったものの、彼女は【男爵様からの謝罪は必要なし】という判断を下し、今回ベルが盗賊の被害を訴えに来た際にカサールの町から追い返された件については、例の門兵達…特にアイツをミッチリミチミチと泣く程再教育するという事で決着となったのであった。
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