第22話 ビックスライム
四階層で鉄鉱石を回収したのだが、正直なところボスがダンジョンの力で復活するのを待つ間に再度採掘を薦められてはいるが、一回分の採掘量で十分重く、十階層以上ある中級者ダンジョンであれば地上までの転移陣があるらしいくボスを倒せば一瞬で地上へと戻れるそうなのだが、このウエスのダンジョンは五階層しかなく転移陣などという便利機能は存在せずにボスを倒そうが、どうしようが、歩いて地上まで帰るしか方法がないのである。
「こんなの担いで三階層の湿地のエリアは無理だろ…」
と、地上までどころか1つ上の階層すら不安になってしまう。
しかし、ベルは、
「重たいけど…何とか走れるよ」
などと麻袋を担いで小走りを見せてくれているので、頼もしい限りである。
だが、年下の少女に、
「なら、お願い」
と、鉄鉱石入りの麻袋を持たせる訳にもいかず、
『これは筋トレ…これは筋トレ…』
と自分に言い聞かせ、重たい麻袋を担ぎ、
「お兄ちゃんが先に行くから…」
と、もしも階段を踏み外した場合にベルを巻き込まない様に先に五階層への階段を降りて行く、
『これで地上までって…ボス倒して、一回採掘に戻ってボスの周回なんて無理無理…ボスの周回はしても鉄鉱石は帰り道で軽めに採掘してこの袋から少し取り出した重さの袋をベルと一袋ずつがやっとだな…』
と染々思いつつ、到着した五階層にはボスが待つ部屋の入り口に立派な扉と、その手前にはひらけた空間があり、
「よし、ここで休憩してからボスに挑もう」
と僕は鉄鉱石運搬によりプルプルと震える足を回復させる為に、ベルに休憩を促す。
だが、既に強いヤツとの戦いにワクワクしている戦闘民族少女は、
「え~、ボスを倒してから休もうよぉ」
と言い出すのである。
「今は万全じゃないから…」
と、不人気な残念ダンジョンとはいえボスというこのダンジョン最強の敵に、生まれたての仔鹿のような足どりで挑むなんて無謀なマネは出来ず、僕は
「お兄ちゃんは喉が乾いたから絶対休憩します。 ベルもトイレ我慢してたんでしょ?」
と理由をつけて、カサールの町にて購入していた水袋を鞄から取り出し、喉を潤していると、ボス部屋前の待機スペースの端から、
「あぁ!どうしようお兄ちゃん」
とベルの声がする。
僕は、
「どうした!」
と駆け寄ろうとするが、
『ベルってトイレ中だったよな…』
と思い出し、一瞬躊躇した僕だが、
『ダンジョンの外から虫魔物が入って来る事もあるらしいし…無防備なベルが襲われてるのかも!』
とツルハシを握りしめ二~三歩ほど踏み出した瞬間に、ベルが、
「ウンコしたけどココって草も生えてないよ…拭くのどうしよう?」
と、なんとも拍子抜けな報告を受けたのである。
僕は疲れと拍子抜けのダブルパンチでその場にヘニャリと座り、
「鞄に何かないか…メモ用の紙とか…」
と呆れながら伝えるとベルは、
「え~、文字の練習用だから駄目だよぉ!」
と、僕の提案を却下したのである。
「お勉強熱心なのも良いが、どうするの?」
と、改めて聞く僕に彼女は、
「水袋のお水で洗う」
と、下手をすると【マウスToアヌス】の大惨事になりそうな解決策を提案してくるので僕は、
「ダンジョンで水は大事だから…他のない?」
と焦って止めると、ベルは、
「もう、仕方ないからこれでいいや…」
と、諦めてメモ用紙を使う決心をした様子である。
疲れている所に、更に疲れそうなやり取りを終えた僕が、項垂れていると、サッパリしたベルが、
「初めて使ったけど、ちょっとチクチクするね…毒消し草って…」
と笑顔で使用感を報告してくれ、二階層で採取した毒消し草の一部はその効能を発揮する事なく別用途に使われた事を知ったのであった。
そんなこんなで、ベルの手を貴重な水袋の水で洗わせた後に、地上の冒険者ギルドの経営する売店で購入した固いパンで軽くお腹を満たした僕たちは、
「それじゃあボス戦にチャレンジするか…」
という事で二人でボス部屋の扉へ向かう。
ボス部屋は中にボスが居る状態では扉は締まり、中で戦闘が行われている間は扉に鍵がかかり助っ人が来れない状態になる。
そしてボスが倒された場合は扉が解放され、ボスが復活すれば再び閉じるという仕様であるというのは学校で習ったのではあるが、ベルと二人で扉を開けて中に入ったのちに背後で扉に鍵がガチャリとかかった瞬間に、
『わぁ、本当に鍵がかかったよ…』
と、勝つか死ぬかの二択でしか開かない部屋に入ってしまった現実から僕は変な緊張感に襲われる。
『学校で聞いていた通りだ…初心者はこのボス戦で不安感から判断力が低下するので勝てる相手にも大怪我や最悪殺される場合もあるらしいからな…』
と気合いを入れ直す僕とは違い、ベルはウキウキモードで、
「お兄ちゃん、見てみて、でっかいのが居るよ」
と、広い空間の真ん中でプルンと鎮座している半透明の塊を指差しているのである。
本来ならばそのダンジョンのボスを初めて倒した時のボーナスの為に僕とベルは別々に単独アタックする方がお得であるが、倒せなかった場合は最悪の結果となる為に今回は二人での討伐を選んだのであるが、この時の僕は、
『良かったぁ~、ベルも一緒で…普通のスライムはバケツ一杯のサイズだけど、あいつは屋敷にあった風呂か、収容施設の洗濯用のタライのサイズだよ…』
と、格好をつけて一人で乗り込まなかった事を心から称賛していたのである。
名前通りのビックなスライムさんは大きな分、スライムより動きは遅く感じるが、アシッドスライムの様に粘液を飛ばし、質量が有るためか普通のスライムより硬くて、体当たりをモロに食らうと「痛い」ってうずくまる程度では済まなそうである。
そして核までのプルプルゾーンが分厚くツルハシを打ち込んでも、「クニュッ」とビックスライムの体内で核がズレるのだ。
デカくても核を傷つけたら倒せるルールの魔物のはずであるが、その一撃が入らない…そんな中でベルは、
「てい!」
とプルプルゾーンをメイスでフルスイングするとビックスライムの体からスライム程の粘液が弾け飛ぶ、勿論プルプルゾーンを削ってもビックスライムは倒れないのであるが、メイスを2振り、3振りする度にプルプルゾーンは削られ、その後もベルの攻撃の度に次第に縮むビックスライムは、次のベルの一撃により身体の中を移動して衝撃を逃がしていた核が逃げ切れなくなる程にプルプルゾーンを削られたらしく、
「ドン!」
というメイスから手応えを感じたベルが、
「お兄ちゃん!!」
と僕に合図を出すと、核が衝撃で揺さぶられて目眩でも起こした様に静かになりプルプルと衝撃の余波だけが体を震わせている状態の最初よりかなりスモールになったビックスライムの固い寒天質の核に僕は渾身の力でツルハシを打ち込んだのであった。
そしてやっとの思いで核を傷つけられたその時にビックスライムは泡の様に消え始め、
「ほぼベルが倒したみたいなモンだな…」
と、安堵した僕にベルは、
「ボクじゃ無理だったよ、お兄ちゃん。 だって倒すつもりで殴ったのに皮が取れただけで実は潰せなかったから…」
と…どうやらベルのお家ではスライムの粘液質の所を【皮】と呼び、核を【実】と呼んでいたのは解ったが、それよりも、
『核に届かなかった僕に、核を割れなかったベル…なら、個別でアタックしてたらヤバかったじゃないか!』
という事実から今になり僕が変な汗をダラダラと垂らしていると、後方でガチャリと鍵が開き、扉が勝手に開き、
「ふぅ~…」
と解放された事を知って一気に疲れが押し寄せる僕とは違い、ベルは、
「お兄ちゃん、宝箱とデッカイ魔石だよ!」
とまだまだ元気な様子なのであった。
多分ベルの方が冒険者として大成する気がする僕は、
『僕は冒険者以外でも稼げる方法を考えよう…』
と、少し弱気になっているのであった。
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