第15話 人生とは
人生とは…上手く行かないものである。
罠を壊したであろう蟹魔物は多分フォレストクラブという普段は森に住んでいる魔物であるが、このシーズンのメスは森から長旅をして川辺まで来て、オスとの愛の結晶である卵を守りながら来た時の体力回復は勿論、卵から孵化した仔蟹を川に解き放した後に、また帰りの森までの体力をつける為に手当たり次第に食べまくるという魔物であり、今も朝に僕が解体したホーンラビット骨や内臓を召し上がっている最中である。
全体の姿は図書館の資料でしか見た事はないが、希に貧乏貴族の我が家の食卓にも足などのほぐし身は出ていたので普通よりチョットだけ高価な食材だったのだろう。
『罠用のロープをダメにしやがって…今夜は蟹パーティーにしてやる!』
と怒りに任せて襲いかかってみたのではあるが、資料では、
【基本的には温厚で…】
などと書いてあったはずなのだが、向こうも僕の殺気を感じて食べかけのご飯を守る様に防御体制をとり、片方の爪だけを
『来るなら来いよ!』
とばかりに振り上げて、カッチンカッチンとハサミの部分を打ち鳴らして威嚇してくる。
背中側の甲羅の固さに絶大なる信頼があるのか、体を大きく見せる為に腹を見せる形で起き上がるのではなく、極力体を低くして足や腹の部分を隠しつつ、絶えず攻撃も出来る様にカチカチと鳴らしているハサミが僕の方を向く様にカサカサ、カサカサと小さく足を動かし回転して攻防一体の構えを崩さないのである。
『コイツ…出来るな…』
と感じる風格に怯みそうになるが、先ほどホーンラビットを腹一杯食べたというのに、こちらだってもう蟹の口なのである。
木のヤリを握りしめ直して、こちらに突き出して打ち鳴らしているハサミの間接部分をピンポイントで狙い攻撃をしかけるが、所詮は尖らせただけの木の棒であり、なかなか良い場所に一撃は入ったのであるが、ペキっとヤリの方が折れてしまったのである。
『ヤバい!』
と焦りながら壊れたヤリを手放し、
『他に武器になる物は?!』
辺りを見ると手頃な石を見つけて、それをヤケクソ気味に投げつけてみた。
すると石はフォレストクラブの殻にガチンと当たったのだが、どうやら有効打には成らなかったのであった。
『一度でダメなら二度、三度!』
とばかりに次の石を探し手に持つ僕の姿を見たフォレストクラブは、
『あれが何発もはさすガニ…』
とでも思ったのか攻撃用のハサミをお腹のガードに回して、体を少し起こしてガードしながら逃げるそぶりを見せる。
「逃がすか!」
と石を投げようとした僕であったのであるが、ヤツのお腹にびっしりと卵が有るのが一瞬見えた途端、急に怒りが冷めてしまい、
『何か…僕が悪者みたいじゃないか…』
と、蟹を食べたい気持ちもスッと失くなってしまったのである。
『長旅してきたママさん蟹が、静かに食事をしていた所を邪魔した上で殺して食おうだなんて…』
と、腹がホーンラビットで満たされていた事もあり、エサを探す通り道に僕が仕掛けた罠をハサミで壊した事については水に流す事にし、食べていたホーンラビットの骨や内臓を諦めて逃げ出しそうなママさん蟹に、
「何かゴメン…解体のゴミの後片付け…よろしく」
と呟き、僕がその場から離れる事にしたのである。
『スライムも蟹が食べるだろうから川辺にはこの時期少ないかもな…』
とスライムの粒魔石集めは諦め、
『ホーンラビットの肉もまだ有るし、のんびりホーンラビット狩りをメインで頑張るか…』
と一旦拠点に戻ったのであるが、僕が保存用にじっくりと遠火で水分を飛ばしていたホーンラビットの肉は綺麗サッパリ無くなっており、代わりにボロボロの服を着た子供が満足そうに焚き火の側でコックリコックリと座ったまま眠っていたのであった。
この現場の状況から判断するに、
『僕の肉を食べた犯人が満足して寝ている』
というのは理解出来たのであるが、それよりも、
『いや半分以上残してあったホーンラビットをこんな僕より小さい子供が、全部一人で?』
という事が信じられず、なんだか気持ち良さそうにコックリコックリ船を漕いでいる姿を見て、
『余程腹ペコだったんだろう…』
と蟹に引き続き、自分も腹が満たされている為に肉を食べられた事を怒る気もなく、その子の邪魔にならない様に僕も焚き火の側で休憩する事にしたのである。
『まぁ、蟹が居るから足の遅いスライムなんかは食べられたりするから数は居ないが、ホーンラビットなら蟹が居ても素早く逃げれるし、食料も被らないから共存してるだろう…蟹にくくり罠は相性が悪いみたいだし、やっぱりホーンラビットをメインで暫く狩りをするしかないか…』
などと考えていると一眠りした肉泥棒の子供が目を覚まし「ビクッ」と音が鳴りそうな程のリアクションの後に…
「えっ…もしかして、あのお肉は落ちていたんじゃなくて…」
などと一人であたふたしているので、僕は、
「肉って、焚き火の側に落ちているモンかねぇ…」
と少し意地悪っぽくその子に聞くと、今度はその子は「ビシッ」と音が聞こえそうな程の勢いで立ち上がり、
「ご、ごめんなさい…どうか牢屋にだけは…」
と頭を下げるのであった。
まぁ、経験者の僕から言わせてもらえば、
『今の身なりより牢屋で支給される囚人服か、労働施設の作業着の方がマシとは思うし、投獄中でも1日一食…労働施設ならば二食は食べれるよ…』
とは思うが、べつに罠でまだ手に入る予定の日持ちのしないホーンラビットの肉は、明日以降も町に入らず魔石や角などの換金素材集めの際に余る計算なので、食べられたとしてもダメージは少ない…しかし、少ないとはいえ、
「食べちゃったのは仕方ないねぇ」
と放置するにはこの子の姿が…
『いや、自分も追放者だし他人の心配なんてしている場合では…』
とは思うが、貧乏からの囚人生活により栄養が少し足りてない為に成長がやや残念なだけで、僕も15歳となりこの世界では立派な成人なのである。
身長はこれからだって伸びるかも知れないが、ここでこの子を放置する様では人としての成長は無いと感じる為に僕は、
「お腹空いてたの?」
と優しくその子に聞いてみると、その子はオドオドしながらも、
「お家が盗賊が来て…隣の木こりのガノフさんを助けないと…って、お父さんとお母さんが…それでカサールの町まで逃げなさいって…道には盗賊が居るかも知れないから朝日が出る方を目指して森を必死に走って行きなさいって…でもお母さんとお父さんは…うぅ…」
と、詰まりながらも必死に説明してくれていたのであるが、どうやらその時に両親を亡くした事を思い出してしまい泣き出してしまったのである。
『そう言えば熊耳オジサン達も東の戦場あとの地域は捨てられた村を盗賊団がアジトにしてて危ないって言ってたしな…』
などと思い出しつつ、その子を落ち着かせる為に、ゆっくりと時間を掛けて身の上を聞いてあげたのであった。
そして…人生とは不思議なもので、この日、事情も経緯も全く違うが、【頼れる親が居ない】という共通点で結ばれた僕たちは暫く一緒に生きて行く事にしたのである。
なぜならば、親の最後の指示でカサールに何日もかけて歩いて来たのに、町に入る為の大銅貨五枚を持って居なかった為に門前払いとなり、
「盗賊にお父さんとお母さんが!」
と門兵に訴えるが、住んでいた集落の正確な場所も知らないボロボロの服の幼い子供の言う事などまともに聞いてくれなかったのか、
「盗賊なんて珍しくもないが、襲われたという場所が分からないのでは上に報告しようがない…それに戦争は終わったが難民はまだまだ居るからな…もう新たな難民はこの町では受け入れられないんだよ」
と、勝手に親を亡くした難民の子供として追い返されたのであった。
町の外にある難民村でも同情はしてくれたが、似たような感じで受け入れて貰えず、
「もう盗賊は帰ったかも…」
と再び両親の亡骸が待つ集落を目指して歩き出し、水だけでも飲もうとこの休憩所として賑わう草原に寄ったところ、入り口の商人達から、
「乞食はあっちに行け!」
などと言われてしまい、奥へ奥へと進み僕のホーンラビットを見つけたという流れなのだが、放棄された村を根城にしていた盗賊団が戦争が終わって流通が盛んになった商人を狙っているのであれば、
『盗賊が居るから危ないよ』
と熊耳オジサンのような冒険者達にまで言われているルートを商人達が使い続けるとも思えず、交通量が減った街道で獲物を待つより、「こっちなら安全だ」と商人が選ぶ違うルートが効率が良いに決まっている。
それこそこの子の居た集落を新たな拠点にしている可能性は高く、そんな場所にわざわざ帰すなんて選択肢は僕に無かったからであり、
『今でも二人分の町への入場料はあるが…この子の身の回りの品も必要だな…これは頑張るしかないか…』
と、早速ホーンラビットの巣穴探しに向かったのであった。
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