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おぬしも悪よのう。

 



 バタンと扉の開く音がする。




「先ほどの魔力は何事だ!!」




 ディザーク越しに見れば、そこには数名の騎士や貴族だろう人々が入り口に立っていた。


 扉を開けたのは騎士の一人らしい。


 ディザークに抱き締められているわたしと、ベッドの上で乱れた服装で重なる王太子と公爵令嬢を見て、騎士達も貴族達もざわついた。




「ごめんなさい、わたし、驚いてしまって……!」




 ディザークに抱き着いたまま叫ぶ。




「ドゥニエ王国の王太子殿下とペーテルゼン公爵令嬢が、こんなところでこっそり会っているなんて知らなかったんです!!」




 その瞬間、全てが静まり返った。 


 だがそれは一瞬だった。


 すぐさま、よりいっそう大きなざわめきが広がる。


 その間に魔法を解除して、わたしは続けた。




「道に迷ってしまって、誰かに訊こうとしたらお二人がこんなところで……! それで驚いてしまって、でも、まさかそんな関係だったなんて……」




 ベッドから「違う!」「違うわ!」と異口同音で声がして、二人が慌てて起き上がる。


 しかし乱れた服装はそれらしく見えてしまう。


 扉に背を向けているディザークだが、わたしを抱く腕を片方外すと口元を手で覆う。




「ヴィクトール殿とペーテルゼン公爵令嬢が恋仲だったとは知らなかった」




 そう言ったのでわたしも頷いた。




「そうですよね? 王太子殿下には婚約者がいらっしゃるはずなのに!」




 ディザークが目を伏せる。


 よくよく見ると肩が微かに震えている。


 ……もしかして笑うの我慢してる?




「まさか今回王太子殿下が王国からいらしたのは、実はペーテルゼン公爵令嬢に会うためだったの!?」


「違う!!」




 王太子が慌てて否定するが、騎士達も貴族達も疑いの目を向けている。


 彼らはベッドの上で重なる二人を見ているのだ。


 ……まあ、魔法に気付いた人もいるかもしれないけど、こういうのは言ったもん勝ちだ。




「逢瀬の邪魔をしてごめんなさい!!」




 ついに耐えきれなかったのか頭上から、クッ、と笑いを抑える音がした。


 ディザークを見上げると、こほん、と咳払いをして、目を逸らされる。


 ふとディザークの視線が止まったので、追えば、そこには髪も乱れて真っ青な顔で震えているペーテルゼン公爵令嬢がいた。


 先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか。




「随分と騒がしいな」




 ざわめきの合間から皇帝陛下の声がした。


 騎士や貴族達が道を開け、皇帝陛下が部屋に入ってくる。


 ベッドのそばで佇む王太子と公爵令嬢、そして抱き合っているわたしとディザークを見た。




「ふむ、とりあえずそれぞれから話を聞こう。ヴィクトール殿もペーテルゼン公爵令嬢も、一度身嗜みを整えた方が良さそうだ」










* * * * *









「それで? 何があったんだい?」




 別の控え室に移動し、皇帝陛下にそう問われた。


 室内には皇帝陛下とディザーク、わたし、そして皇帝陛下の侍従のケヴィンさんがいるだけだ。他の耳はない。




「化粧室に行こうとして迷ってしまって、疲れたのと、誰かに訊こうと思って近くの部屋に入ったら、そこでドゥニエ王国の王太子殿下とペーテルゼン公爵令嬢がベッドの上で重なっていて……」




 皇帝陛下が声を震わせるわたしを見て、ディザークを見て、またわたしへ視線を戻した。




「本当のところは?」




 ……まあ、皇帝陛下なら信じないよね。


 震えるのをやめて背筋を伸ばす。




「公爵令嬢が手引きした王太子に襲われそうになったので、闇属性魔法で纏めてベッドに放り込みました」


「あの大きな魔力反応は?」


「王太子に腕を掴まれたので吹っ飛ばしました」




 正直に白状すると皇帝陛下が吹き出した。




「はははは! 一国の王子を吹き飛ばした? しかも公爵令嬢と共にベッドに放り込んだ!! なるほど、それでさっきの話に繋がるわけかい?」


「はい、今すぐにでも使える聖女が欲しいからわたしを襲って、ディザーク殿下の婚約者でいられなくすれば、王国に連れ帰れると思ったみたいです」




 ディザークが溜め息を吐く。




「他国では、いや、帝国でもそうだが、貴族の間では女性の純潔性を重んじる風潮がある。くだらない話だ」


「ディザークはそういうの気にしない?」


「ああ、そもそも女性に純潔性を求めるならば男も同じくそうあるべきだという話になる。女性にばかり一方的に貞淑さを求め、男は奔放でも許されるというのはおかしいだろう」




 それには皇帝陛下も頷いた。




「そうだな、確かに血筋の正統性を重んじるのは分かるが、それと女性の純潔は別だ。昔ならばともかく、今は魔法で妊娠しているかどうかも判断出来る」




 ディザークもうんうんと頷いている。


 そうしてディザークにそっと手を握られた。




「しかし大丈夫か? 襲われそうになったというのは初耳だが、怪我は?」




 反対の手がわたしの頬に触れる。


 それに少しだけドキリとしてしまった。




「うん、大丈夫、腕を掴まれただけ」


「そうか」


「あ、ノーラさん達は? わたし、部屋に突き飛ばされちゃって、ノーラさん達と廊下で別々になっちゃったんだけど……」




 その後、物音がしていたから心配だったのだ。


 それに皇帝陛下が苦笑した。




「髪を二つに纏めた侍女とディザークの騎士達なら無事だ。メイド達は取っ組み合いをして、騎士達も王国の騎士達とやり合っていたようだが」


「良かった……」




 クールなノーラさんの取っ組み合いが少し気になるが、無事と聞いて安心した。


 もしもノーラさんに何かあったら双子のお姉さんであるリーゼさんに申し訳が立たないし、わたし自身も、きっと自分を責めただろう。


 ……あの時、ノーラさんは変だと言っていたのに。


 あそこですぐに引き返すべきだったのだ。




「あの、それで、ドゥニエ王国の王太子とペーテルゼン公爵令嬢はどうなりますか?」




 わたしの質問に皇帝陛下がニヤと笑った。




「表向きは特に何か罪を犯したわけではないから、何もしない。だが、あの場には多くの騎士や貴族もいた。二人に関する噂は出るだろう。それについて私が何かを言うことはない」


「つまり、否定も肯定もしないと?」


「そうだ」




 ……この人もなかなかのわるだなあ。


 皇帝が二人の関係について否定すれば、たとえもし本当に王太子と公爵令嬢が恋仲だったとしてもなかったことになる。


 逆に否定も肯定もしないというのはタチが悪い。


 否定しないことで、中には沈黙を肯定と受け取る者もいるだろう。


 しかも貴族や騎士達はベッドの上で折り重なった二人の姿を見ている。


 本人達が否定しても、それを見た者達は信じない。


 場を収めた皇帝が否定しないのは、噂は事実だからと邪推することもあるだろう。


 皇帝陛下はそれを理解していて沈黙すると言っているのだ。




「皇帝陛下もなかなか人が悪いですね」


「なんのことだい? 今回の件が事実だったとしても、そうでなかったとしても、いちいち私が言及することではないだけだ」




 微笑む皇帝陛下の表情からは欠片も悪気を感じられなかった。


 それからふとディザークを見る。




「ディザークも黙っておく?」


「いや、俺は訊かれたら見たままを答えるつもりだ。騎士達よりも先に部屋に入ると、二人がベッドの上にいたという事実だけな」


「おぬしもわるよのう」


「なんだその口調は……」




 ニヤニヤしながらつんとディザークの腕をつつくと、ディザークが呆れたような顔をする。


 でもその表情はちょっと微笑んでいた。




「あ、でも、ドゥニエ王国の王太子とペーテルゼン公爵令嬢の噂が広まっても大丈夫ですか?」




 そうなると王国の王太子と帝国の公爵令嬢に繋がりが出来てしまうかもしれない。


 そのことで、色々と問題が出る可能性もある。




「むしろ噂が広まれば、公爵令嬢をヴィクトール殿の側妃にさせれば王国と帝国の繋がりが強固になる。それにあの令嬢は何かと問題が多かったから、国内に残しておいても利は少ない」


「え、そうなんですか?」


「ああ、自分の望む通りでないと気に入らない性格で、ディザークの婚約者候補だった他の令嬢達への牽制も酷くてね。それにペーテルゼン公爵令嬢をディザークの婚約者や国内で地位の高い者の妻に据えれば、いずれまつりごとに公爵があれこれとうるさく口を出してくるだろう」




 どうやら皇帝陛下はペーテルゼン公爵が好きではないらしい。




「臣下が国のために進言するならばともかく、公爵の性格上、自身の利益になることしか考えていないだろうからな」




 ディザークもペーテルゼン公爵を知っているのか、同意するように頷いた。




「今回の件は非公式だが王国に抗議しておく。王太子をどうするかは王国が判断するが、帝国の機嫌を取るために王太子を廃嫡、または毒杯に処す可能性はある」


「あの、王太子が死ぬというのは避けられませんか? これで死なれると寝覚めが悪いと言いますか……」


「サヤ嬢がそう望むなら、その意向は伝えておこう」




 それにホッとする。


 王太子は嫌いだが、わたしのせいで死なれるのは嬉しくないし、気分が良くなるわけでもない。


 生きてるほうがつらいかもしれないが。


 少しの間の沈黙の後、皇帝陛下が肩を軽く竦めた。




「まあ、それはさておき、私は会場に戻る。ディザークとサヤ嬢は今日はもう下がると良い。先ほどの騒ぎで驚いて体調を崩したサヤ嬢に、ディザークが心配して共に宮へ帰ったということにすれば誰も文句は言うまい」




 ……それ、絶対みんな勘違いするよね?


 皇帝陛下を見れば、ニッコリと良い笑顔を向けられる。分かっていてやっているのだろう。


 ディザークを見ると頷き返された。




「そうだな、休んだほうが良さそうだ。……少し、顔色が悪い。疲れたのだろう」




 そっと目元を指で撫でられる。




「じゃあ、お言葉に甘えさせていただきます」


「ああ、しばらくは表立った公務もない。ゆっくり休み、聖女としての仕事に集中してくれ」


「はい」




 立ち上がったディザークの手を借りて、わたしも席を立つ。


 部屋を出ると、廊下にいたノーラさんとヴェイン様、騎士達が近付いてきた。


 ノーラさん達はいつも通りに見えたけど、よく見ると、頬が赤くなっていたり、襟が少し切れていたり、服も若干乱れている。




「みんな大丈夫? 怪我は?」




 静々と近寄ってきたノーラさんが頷いた。




「……大丈夫です」


「ちょっとごめんね」




 手を伸ばしてそうっとノーラさんの頬に触れる。


 聖属性の治癒魔法を発動させる。


 酷くはなかったようで、すぐに頬の赤みが引いた。




「……ありがとうございます」




 自分の頬に触れて、ノーラさんが言った。


 騎士二人も治癒魔法ですぐに治した。




「みんなが酷い怪我をしなくて良かった」


「サヤ様をお守り出来ず、申し訳ございません」


「ううん、わたしはこの通り平気だよ」




 ……本当にノーラさん達が無事で良かった。




「我もついて行くべきだったな……」




 ヴェイン様がしょんぼりする。




「いえ、大丈夫ですよ。あの時、ディザークと一緒に突然現れましたけど、あれはヴェイン様が?」


「うむ、我くらいになれば転移など容易いことよ」


「そうなんですね。あのタイミングで来てもらえて良かったです」




 わたしだけだったら王太子達の言い分に負けるかもしれないが皇弟であるディザークも証人になれば、そうそう負けることはないだろうし、わたしの悪い噂も流れないはずだ。




「これからはどこに行くにもついて行くぞ」


「あー……。まあ、そうなりますよね。お風呂とかでないなら、お願いします」




 苦笑しつつヴェイン様に返事をした後、ディザークと一緒にお城の中を通り、裏手に停まっていた馬車に乗って宮へと帰る。


 ガタゴトと揺られながら、暗い車窓を眺める。


 思ったよりも疲れていたらしい。


 馬車の揺れにうとうとと眠気が押し寄せてくる。




「疲れたか?」




 ディザークの声に頷いた。




「うん、予想外のことも、あったし……」


「……少し休め」




 ディザークの手が頭に触れて、そのまま、ディザークに寄りかかるように体を傾けられる。




「着いたら、起こして……」




 今は少しだけ眠らせてもらおう。


 ……さすがに今日は疲れた……。








* * * * *









 サヤから規則正しい呼吸が聞こえてくる。


 よほど疲れたのだろう。


 眠たそうにしていたので寄りかからせてみれば、あっさり眠りに落ちてしまった。


 抱き寄せた肩の薄さ、頭の小ささは何度触れても、少し慣れない。


 同じ人間なのにディザークよりもずっとか弱い存在なのだと、触れる度に実感させられる。


 大きな魔力を感じ、それがサヤのものだと聞いた瞬間、ディザークは今までにないほどの焦燥を感じた。


 もしサヤに何かあったらと思うと、とてもじゃないが冷静ではいられなかった。


 すぐにヴェインがサヤの下へ連れて行ってくれたため、醜態を晒すことはなかったが、無事なサヤの姿を見た時の安堵感は言葉では言い表せないものだった。


 ドゥニエ王国の王太子とペーテルゼン公爵令嬢の件ですぐにその安堵感も吹き飛んでしまったが。


 そっとサヤの頭を撫でる。


 艶のある黒髪がさらりと指の隙間を流れ落ちていく感触が心地良い。


 眠っているからか無防備に少し開いた唇を見て、触れたいと思う。


 ……やはり、俺はサヤのことが好きなのだろうか?


 女性に自ら触れたいと思うのは初めてで、戸惑いも大きいが、それ以上に惹かれている自覚のほうが強かった。


 速くなる鼓動にゆっくりと呼吸を行う。


 キスが出来る相手とは恋愛も出来る。


 サヤの友人の言葉というのを思い出し、顔が熱くなった。




「サヤ」




 そっと起こさないように名前を呼ぶ。


 ここ一月で呼び慣れた名前だ。


 そして、これからも数えきれないほどに呼ぶだろう。


 サヤに名前を呼ばれるといつでも返事をしたくなるし、サヤが笑ってくれると温かな気持ちになれる。


 政略結婚の覚悟は出来ていたが、まさか恋愛をすることになるとは思ってもみなかった。


 前皇帝である父がサヤに提案をした時も、自分でも驚くほど苛立った。




「お前の婚約者は俺だ」




 皇弟の婚約者だと知りながら、手篭めにしようとするなど、馬鹿にされているとしか思えない。


 ……非常に不愉快だな。


 眠るサヤを抱き寄せたまま、ディザークは車窓へ目を向けた。


 これが恋や愛だというのならそうなのだろう。


 二十二にもなって今更だなと苦笑が漏れた。


 認めてしまえば不思議と心が軽くなる。


 思えばサヤに頼られるのは嬉しかったし、サヤに好きだと言われた時も照れはしたが嫌だと感じることもなかった。


 きっと、その時にはもう、サヤに恋愛的な意味で好意を持っていたのだ。


 ただ気付くのが遅かっただけで。




「お前を誰にも渡したくない」









* * * * *

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[気になる点] 作者氏からの返信を頂いたけれども、矛盾だらけです コメントにおいて帝国のどこかに龍がいる事を周辺諸国は知らない、と書かれていますが 実感がまだ湧かなくて において皇帝自身が 帝国には…
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