291話─竜の子と暴風の姫
イレーナに肉薄し、キルトの幻影は必殺の一撃を叩き込む。対するイレーナは、両腕をクロスさせて砲身で攻撃を防ぐ。
攻撃そのものは防ぐことが出来たが、衝撃は完全に殺せず吹き飛ばされてしまう。ブースターを吹かせ、空中で体勢を整えるが……。
「チャンス! ドラグストライク!」
「うえっ、追撃はヒキョーっすよ!」
「そんなの知らないもーん。てーい!」
「へぶっ!」
無防備なイレーナに向かって跳躍し、キルトの幻影は盾による殴打を叩き込む。二度目の攻撃までは防御出来ず、地面に落ちることに。
「いてて……。こいつ、アタイが思ってたよりチョー強いっす……。何をどうしたらそんなクソ強くなれるんすか?」
「んー、知りたい? あんまり面白い話じゃないけども、僕の過去だったら話すよ?」
「むっ、シショーと姐御の子孫の過去……詳しく聞きたいっすね!」
不屈の闘志を燃やし、なおも立ち上がるイレーナ。キルトの強さに感服し、思わずその秘訣を尋ねる。そんな彼女に、幻影は己の身の上を語った。
幼い頃の両親との別離、魔導学園時代の思い出、理術研究院での凄惨を極めた日々……そして、メソ=トルキアでのルビィとの出会い。
そこからのサモンマスターとしての戦いの日々について、全てを語る。敬愛する二人の師の子孫が送った、あまりにも壮絶極まる人生。
それを知ったイレーナは……。
「うっ、うっうっ……。す゛っ゛と゛く゛ろ゛う゛し゛て゛き゛た゛ん゛す゛ね゛ぇ゛~!!!!」
「わーっ!? 待って待って、せめて刃物外してから抱き着いてー!?」
涙腺が崩壊した。キルトがフィルに匹敵するレベルの過酷な半生を送ってきたことを知り、一気に感情が振り切れてしまったのだ。
ガスマスクの奥で涙と鼻水の洪水を巻き起こしながら、キルトの幻影に抱き着こうとする。腕のバヨネットを外していないため拒否られてしまったが。
「全く、危ない危ない……。ま、理解してくれたようでいいけどさ」
「まさかそんな過去があったなんて……。なんていうか、そういう業みたいなのって受け継がれちゃうんすね……ずびー!」
いろいろな液体でぐちゃぐちゃになったガスマスクを外し、イレーナは顔を魔法で綺麗にする。一通り終わった後で、キルトの幻影は武具に魔力を補給する。
「僕もさ、憤ったもんだよ。エヴァちゃん先輩と一緒にフォルネシア機構に行って、ご先祖様の過去を知った時は。だから、その時決意したんだよね。この先何があっても、僕も正義のヒーローであることを貫いたご先祖様みたいになるってね」
「ほえー、格好いいっすねキルトくんは! ……あっ、君が未来から来たってことは! この後のシショーたちの顛末、全部知ってるってことっすよね!? 是非教え」
「それはだーめ。未来を全部知っちゃったら、人生楽しくなくなっちゃうよ? だから……この後の未来は、君自身の目で確かめてほしいな」
話を聞き終え、すっかりキルトを気に入ったイレーナ。その時、彼女はふと気付いた。遠い三百年後の子孫である彼ならば、この騒動の顛末。
そして、それが終結した後に訪れるフィルやアンネローゼ、自分たちの人生を知っているのではないか、と。それを尋ねるも、キルトは首を横に振る。
唇に人差し指を当て、イレーナたちの未来を語ることはしなかった。彼の言う通り、自分の未来は己の目で見るべき。
そう考え直し、イレーナは魔法で綺麗に洗浄したガスマスクを被り直す。小休憩を挟み、第二ラウンドご始まる。
「へへ、それもそっすね。んじゃ、そろそろ戦いを再開するっすよ! ビブラゼート・キャノン!」
「っと、いきなり来るね! いいよ、そういうの嫌いじゃない!」
そう言い放った後、即座に攻撃を仕掛けていくイレーナ。キルトの幻影は翼を広げ、放たれた衝撃波を華麗に回避してみせた。
そんな相手を追い、イレーナはブースターを点火して宙に浮かび上がる。ここからは空中戦の始まりだ。
「さあ、今度はこうさせてもらうっす! ブーメランショット!」
「どこを狙って……うっ! 曲がってくる弾か……これは油断出来ないね」
「へへ、やっとまともなダメージを与えられたっす。やっぱり、翼膜まではガンジョーではないみたいっすね!」
接近戦は相手の方に分がある。これまでの攻防でそう判断したイレーナは、射撃攻撃メインの戦法に切り替える。
両腕に取り付けられた砲身から弾丸を放ち、やや上方の離れた場所にいるキルトの幻影を攻撃する。またしても避けられた、と思いきや。
ブーメランのように曲がる弾丸によって不意を突くことに成功し、相手の六枚の翼のうち二枚の翼膜を撃ち抜くことに成功した。
「やられたね……これじゃあ飛翔スピードを落とさざるを得ないか。ルビィお姉ちゃんがいてくれれば、こんなのすぐ直るのに」
「……そのルビィお姉ちゃんってのは、キルトくんにとってどんな人なんすか?」
「そうだね、簡単に言えば……フィル様にとってのアンネローゼ様みたいなものさ。僕自慢の、魂の伴侶だからね!」
流石のキルトも、翼を三分の一機能不全にされると飛行に支障が出る。おまけに、オリジナルではなく魔力の残渣から生まれた彼にはルビィが宿っていない。
本来の実力の半分も出せていない状況なのだ。そんな彼に、イレーナはルビィについて尋ねる。それに対して、キルトは誇らしげに答えた。
「……そっすか。素敵っすね、そのルビィって人」
「もちろん、お姉ちゃんと出会えてなかったら今の僕はいないからね。……ところで、そんな悠長に話してていいのかな! 隙だらけだよ、ドラグスケープラッシュ!」
「ひぇっ! は、速い!」
二枚の翼を機能不全にされてなお、イレーナの目では追えない速度での飛翔が出来るキルト。素早くイレーナに肉薄し、斬撃と打撃のコンビネーション攻撃を叩き込もうとする。……が。
「でも、近付いてきたなら反撃チャンス! 食らえ、リアクティブ・パンツァー!」
「! 装甲が弾けて……うわっ!」
「もらった! ビブラゼート・ブレード!」
攻撃を加えるために、キルトの移動速度が落ちた一瞬の隙をイレーナは見逃さなかった。装甲を炸裂させて、間一髪でカウンターを叩き込む。
そうして相手の動きが止まったところで、胸板に必殺の一撃を放った。流石のキルトも、クリーンヒットをもらっては空中に留まれない。
「うわああっ! いてっ!」
「やったー! 一矢報いてやったっす! へへへ、後はトドメを──!?」
「いい一撃だったよ、流石ご先祖様のお仲間だね。これは僕も……切り札を使わなくちゃあいけないかな」
相手にようやく有効打を与えられたことを、全力で喜ぶイレーナ。だが、その時……屋上に墜落したキルトの発した声に、背筋が凍り付く。
どうやら、今の一撃で相手を本気にさせてしまったようだ。恐怖で停止するイレーナを余所に、キルトの幻影は義手に手を伸ばす。
「ひえっ……な、何をするつもりなんすか!?」
「ん? ふふ、そんなの答えは一つさ。僕の本気を見せてあげるのさ。この『アルティメットコマンド』のカードを使ってね」
イレーナの問いに答えながら、キルトの幻影は一枚のカードを取り出す。そして、それをカードスロットに投入し……。
『アルティメットコマンド』
──奥義を放つ準備を整えた。直後、彼の身体が浮き上がり炎を纏う。ルビィがいない分、キルト一人で全てを賄っているのだ。
「この奥義、耐えられるかな! 行くよ……バーニングジャッジメント!」
「うわっ、来た! なら、アタイも迎え撃つっす! 奥義……絶唱姫ボレアスの旋風!」
竜の頭部を模した炎に包まれ、イレーナへと突撃していくキルト。それに対し、イレーナも奥義を放って対抗する。
暴風の力を宿した弾丸を放ち、炎を消し飛ばしてキルトを仕留めようと狙う。放たれた弾が炎の竜の鼻先に当たり、風が解き放たれた。
「うおりゃあああああ!! こんなとこで、アタイは負けてらんねえんすぅぅぅぅぅ!!!!」
「くっ……! 不味いな、ルビィお姉ちゃんがいないから……炎を、維持出来ない……!」
炎の勢いを維持したまま、暴風の刃の中を突っ切ろうとするキルト。だが、ルビィがいないがゆえに本来の力を発揮出来ない。
サモンマスターは契約主と本契約モンスター、両方が揃っていなければ真の実力を発揮することは不可能なのだ。
「てりゃああああ!!」
「うあああっ! ……あはは、強いね。ルビィお姉ちゃんがいないと、やっぱり勝てないや。ありがとう、イレーナさん。これでやっと……消えることが出来るよ」
「キルトくん……」
「悲しまないで、イレーナさん。これでいいんだ、僕は。でも、もし……また僕に会いたくなったら、その時は。三百年後の未来で会おうね!」
炎が霧散し、キルトの幻影はイレーナの奥義を食らう。自身を存在させていた魔力が消え、ついに彼が滅ぶ時が来た。
悲しそうな声を出すイレーナに笑いかけながら、キルトはそう口にする。そして……一切の痕跡を残すことなく、完全に消え去った。
「……アタイ、忘れないっす。キルトくんのこと、永遠に。それに……なんだか会ってみたくなっちゃった。本物の君と。そのためには……よしっ!」
地に降り立ち、そう呟きながらイレーナは城の中に入っていく。この時、まだ誰も知ることはなかった。遠い未来で……イレーナと本物のキルトが出会うことを。




