266話─ネオボーグの償い
「んふふふ、よく頑張ったねぇ。でも、もう終わりだよぅ。私を瞬殺出来なかった時点で、君たちの敗北は決まっていたのさぁ」
「チッ、本当に面倒くさいぜてめぇはよ……」
戦いが始まってから十数分後、ローグたちは苦戦を強いられていた。すでに一度悦楽の君と交戦していたため、倍のペースで行動を学習されてしまったからだ。
ネオボーグの方も、自壊を遅らせながら戦ってさいるが……そう長く持ち堪えることは出来ない。遅かれ早かれ、いずれは機能停止してしまう。
そうなれば、ローグだけで勝つことは不可能。それを分かっているがゆえに、悦楽の君はミカボシの細胞を呼ぶことはせず二人をなぶって楽しんでいた。
「んふふふふ、どうしたのかなぁ? ちょっと前までの威勢の良さはどこに消えちゃったんだよぅ?」
「クッ……いちイち腹の立つ物言いヲする女ダ。こノまま戦いを続ケるト、こちラがどんドん不利ニなるナ……」
両手に持った光の刃が生えた剣を床にトントンし、余裕の笑みを見せる悦楽の君。実際、あらゆる要素が彼女に味方していた。
時間をかけるほど、ミカボシ活性化までの時を稼ぐことが出来……ネオボーグも自壊する。本体から与えられた学習能力もあり、ローグの完封も可能。
彼女が負ける要素など、一つもない状況だった。だからこそ、悦楽の君は慢心してしまう。それが致命的な事態を招くなど知らずに。
「んふふふふ、せっかくだからたっぷりと時間をかけて遊んであげるよぅ。君たちには、これまでずっと手を焼かされてきたからねぇ。そのお返しをしてあげよう!」
「やべぇな……少し、血ィ流し過ぎた。脚に力が……」
「ナら、私ニ任せテおけ。この命ト引き換えにシてでモ、奴を……仕留める!」
「なんだと? おい待て、何をするつもりだ!?」
悦楽の君が持つ剣に切り刻まれ、満身創痍でロクに動けないローグ。彼に代わり、崩壊一歩手前まで来ているネオボーグが前に出た。
「こウするのダ! アーマーパージ……ハイパーアクセル!」
「! 速っ……ぐうっ!?」
「油断ハ最大の敵だゾ、悦楽の君よ。一度捕まエてしマえば、モうこちラのものだ!」
「んっふふふ、捕まえたくらいで何が出きるんだい? もう限界寸前で、いつ壊れてもおかしくないお前の拘束なんてねぇ……いつでも抜け出せるんだよぅ!」
自壊が進み、もはや意味を成さない翼と胸部装甲の一部を自ら切り離し、悦楽の君へ猛スピードで突撃するネオボーグ。
慢心していたこともあり、捕まってしまう悦楽の君だったが余裕なのは変わらない。相手はたかが壊れかけのキカイ、すぐに振り払える。
そう思っていたが、ネオボーグは彼女の予想とは違う行動に出た。羽交い締めにしてくると思いきや、アーマーを展開して彼女を中に閉じ込めてしまったのだ。
「んひょっ!? な、何をするんだよぅ! ここから出すんだよぅ!」
「んなっ、お前いつの間にそんな手品みえてなこと出来るようになった!?」
「断る。悦楽の君ヨ、私ハ貴様たちカら離反シた後……自己改造ヲ行い、内部に大地ノ民を格納出来るヨうにシておイたのだ」
ネオボーグは両手首から先を除き、悦楽の君をすっぽり体内に閉じ込めてみせた。その手も、剣を叩き落とした後で格納してしまう。
ローグが驚く中、見事悦楽の君を封印することに成功した。だが、あくまでも封印しただけ。自壊が進めば、容易に脱出されてしまうだろう。
「よし、でかしたぞネオボーグ! そこでじっとしてな、今のうちに核を破壊し──がふっ!?」
「……悪いナ、ローグ。その役目ハお前デはなク私なノだ」
「な、に……? お前、何のつもりだ」
魔法で傷を癒やし、ネオボーグの元に駆け寄るローグ。悦楽の君が脱出する前に核を壊しに行こうとする彼のみぞおちを、ネオボーグが殴る。
「んっふふふふ、土壇場で仲間割れかい? これは面白い、私が手を出すまでもないようだねぇ!」
「違うナ、悦楽の君。私ハこれヨり、核と貴様ヲ道連れニ自爆する。ソれにローグを巻き込まヌよう、動けナくしたダけだ」
「なっ!? お前、何言ってやがる! そんなことする必要ねえだろ? 中にいる魔魂転写体をぶっ殺してよ、核も潰して二人で逃げればいいじゃねえか!」
魔法で傷を治したとはいえ、体力までは戻っていないローグはパンチを避けられずその場に崩れ落ちる。また裏切ったと思った悦楽の君が笑うと、ネオボーグがそれを否定した。
「……いイや、やハり私はこコで散るべきだ。それガ、私の出来るフィルやアンネローゼ、レジスタンスの魔女タちへの唯一ノ償いだ」
「お前、ふざけんじゃねえぞ……! さっき言ってたろうが! 俺と一緒に怪盗やるのも悪くねえって! あれは嘘だったのかよ!」
「……結果的ニは、そうナる。済まない、ローグ。ダが……ああ言ってクれて、私ハ嬉しカ……ムッ!」
「冗談じゃないよぅ、お前なんかと地獄に落ちるつもりはないんだからねぇ! 内側からブチ破って、脱出してやるよぅ!」
これまで散々迷惑をかけたフィルたちへの償いとして、悦楽の君を道連れにして核を破壊しようとするネオボーグ。
そんな彼に、ローグは必死に呼びかける。そんな中、格納された悦楽の君が抜け出そうと魔力を放出して内側からネオボーグを壊しにかかる。
「時間ハもう……無い。ミカボシの外へ出るタめの転移魔法ヲかけてオく。さらばだ、ローグ。これカらは……お前がオリジナルとシて生きロ」
「ふざけんな、待てネオボー……」
ローグを自爆に巻き込まないよう、彼を転移魔法でミカボシの体内から強制的に脱出させた。その後、ネオボーグは悦楽の君をアーマーで抑え込みながら核目指して跳び上がる。
「このっ、このっ! まずい……このままでは核が!」
「悦楽の君ヨ、お前は遊ぶべキではなカった。さっさト私タちを殺すべきダったナ」
「んふふふ、そうみたいだねぇ。でも、別にいいさぁ。まだ憂いの君が残っているし……なにより、イゼルヴィア側の核が健在だからねぇ」
「そうカ。だが、残念だっタな。最後ノ魔魂転写体はフィルとアンネローゼが倒ス。そシて……ミカボシは完全に滅サれ、ベルティレムの野望ハ潰える。ソれが運命ダ」
体内の回路を切り替え、自爆モードにスイッチしたネオボーグはミカボシの心臓に張り付く。これではもう、どうにもならない。
そう観念した悦楽の君は、せめて嫌味だけは言ってやろうとそう口にする。それに対し、ネオボーグは自信を持って答えた。
「んっふふふ、随分と信頼しているね。その二人を」
「当然ダ、精鋭揃いダった我がカンパニーのエージェントを返り討ちニし……ついにハ私すラ倒した英雄たチだぞ? ベルティレムの野望モ、必ず打ち砕く」
「んふふ、そうかい。なら、本当にそうなるか……地獄で見物するよぅ」
宿敵だったからこその、英雄たちへの信頼。それを垣間見た悦楽の君は、最後にそう呟く。その直後、ネオボーグは魔力を暴走させ……大爆発を引き起こした。
(……ローグ、フィルにアンネローゼ。最後ノ最後で……私ハ、成すべきコとを成せた。アリガトウ、ソシテ……サヨウナラ)
ボディが砕け、意識が消えてゆく。ネオボーグは心の中でそう呟き、ミカボシの核が心臓と共に砕け散っていくのを見届ける。
悦楽の君と共に、かつて絶大な権勢を誇った王は……使命を果たし、散った。
◇─────────────────────◇
「……役に立たないね、私の分身たちは。これでは、こちら側の準備が整う前にミカボシの半身が倒されてしまうじゃないか」
その頃、一人カルゥ=イゼルヴィアに残っていたベルティレムは苛立っていた。イゼルヴィアに眠るミカボシの半身の復活が、間に合いそうにないからだ。
歓喜、激情、悦楽……三人の魔魂転写体が敗れ、三つの核を失った。このまま行けば、最後の核を破壊したフィルたちが双子大地に攻め込んでくる。
全ての元凶である自分を討つために。そうなれば、もうミカボシの復活どころではない。
「全く腹立たしいね。だが、私ではこれ以上ミカボシの封印を解く速度が上げられ」
『なら、俺たちが代わりにやってやる。ついでに、その肉体も貰おうか』
「!? 誰だ、この大地にはもう私以外まともな生物はいないはず!」
『ああ、そうさ。よくやってくれたな、ベルティレム。俺たちウォーカーの一族に代わり、よくここまでお膳立てしてくれたよ。だから、もう消えていいぞ』
「この声……まさかお前は、あの時私に力を継承させた……うぐっ!?」
どこからともなく響く声を聞き、ベルティレムは周囲を見渡す。同時に、声の主の正体に気付く。遙か昔、自身にウォーカーの力を継承させた者の声だ。
だが、驚く間も無くベルティレムを凄まじい頭痛が襲う。耐えられず倒れ込む彼女の脳内に、男の声が語りかけてくる。
『そうさ、驚いたか? 俺は、いや……俺たちウォーカーの民はずっとお前の中で生きてきた。継承させた力と共にな』
「だとしても……何故、こんなことを。私を消す理由などないはず!」
『あるさ。ミカボシの復活が確定した以上、お前を手駒にする必要はなくなった。ここからは俺たちがやるから、さっさと愛しの弟のところに行きな!』
「う、ぐ……ああああああ!!」
ベルティレムの身体を奪うべく、ウォーカーの力が彼女の自我を破壊していく。荒廃しきった世界に、ベルティレムの悲鳴がこだまする。そして……。
「……これでよし。だいぶ抵抗したきたが、こうなってしまえばこっちのものだ。さて……ミカボシを復活させようか」
かつて根絶やしにされたはずのウォーカーの一族が、復活を遂げた。




