260話─生きていた者たち
「ぐ……ああっ!」
「ふっ、他愛もない。厄介な重力操作さえ無効化出来れば、敗北の可能性はグッと下がる……」
戦いの末、アンネローゼは憂いの君の膂力に屈することとなった。能力を無効化されてしまう以上、素の身体能力だけで戦わねばならない。
だが、四体いる魔魂転写体の中で最強のパワーを誇る相手に勝つのは困難だった。……そう、アンネローゼ一人だけなら。
「君には散々邪魔をされた。もう二度と再起出来ないよう……記憶を完全に消し去り、廃人にしてあげよう」
「やってみなさいよ……。私はアンタたちが使う記憶支配の魔法に耐性が出来てるんだからね。思い通りに行くか試してみなさい!」
「ああ、そういえば本体もそんなことを言っていたね。問題ないさ、細かい記憶の操作なら効かずとも……壊すだけなら簡単だからねぇ!」
片膝を突くアンネローゼの前に立ち、右手を向ける憂いの君。手のひらから魔の波動が放たれ、アンネローゼに直撃する。
「ぐうっ……!」
「さあ、何もかも忘れ廃人になるがいい。己が何者であったのかも……」
「残念、そんなもの効かないわ!」
全ての記憶を破壊され、再起不能になる……と思われた矢先。アンネローゼはそう叫びながら槍を突き出して憂いの君の腹を貫く。
かつて己の運命変異体、アンブロシアに言われた通り記憶操作に対する耐性が出来ていたのだ。記憶の破壊に失敗し、反撃された憂いの君だが……。
「ぐっ、まさか本当に効かないとは。まあいい、ならば直接くびり殺してやるまで。こんな槍、すぐに引き抜いて」
「そうはいかないわ。感じない? 今ここに……門が開こうとしている気配をね!」
「なにを……」
「ぱっかーん! アンネちんおまたー! 食らえー、ラグジュラリアット・ボンバー!」
憂いの君が槍を引き抜こうとした直後、アンネローゼの後方、数メートル離れた場所にウォーカーの門が現れる。
そこから威勢よく、掛け声と共にアーマーを纏ったレジェが飛び出してきた。愛用の斧を振るい、必殺の一撃で相手の頭をカチ割る。
「ぐ、あ……バカな、何故ここに援軍が……」
「残念でしたね、アンネ様の座標の特定くらいなら簡単に出来るんですよ。あなたで最後です、大人しくくたばりなさい!」
カルゥ=オルセナにある基地へ移動し、間一髪で自爆攻撃から逃げ切ったフィルとへカテリーム。救った魔女三人をオボロに預け、レジェを連れて戻ってきたのだ。
「抜かった、か……。私も、まだ甘い……な……」
「はー、これでようやく魔魂転写体は全滅ね。ありがとね、フィルくんにレジェ。二人が来てくれなかったらマジで危なかったわ」
「助けに来るのが遅れてごめんなさい、アンネ様。助けた三人をメディカルルームに運ぶのに手間取っちゃって……」
「フィルちんから話は聞いたよ。これからはうちもお手伝いするし!」
「ありがと、レジェ! 後はオボロが来れば全員集結ね!」
致命傷を食らった憂いの君は消滅し、鏡の世界の危機は去った。ヘカテリームと共にオリジナル個体の治療をしているオボロが来れば、オルセナ側の戦力が揃う。
そうなれば、ベルティレムやミカボシの分身たちとも十分に渡り合うことが出来る。一頻り喜びに湧いた後、ふとフィルはあることに気付く。
「そういえば、一緒に来たはずのネオボーグ……なんであの時、鏡の中から出て来なかったんでしょう。戦いに夢中でコロっと忘れてましたけど」
「あ、そういえば。アイツ、結局どこに」
「私ヲ呼んだカ?」
「ひょええええ!! しゃ、しゃちょー!? なんかヤッバーい姿になってんですけどー!?」
一緒に出撃したはずなのに、ネオボーグがいつの間にか行方不明になっていたのだ。そのことを話していると、当の本人がテレポートしてきた。
姿が変わっても話し方は同じなため、レジェはすぐにネオボーグの正体に気付く。かつての上司の登場に度肝を抜かれ、アンネローゼの背後に隠れる。
「アンタ、今までどこに行ってたわけ!?」
「済まナいな、鏡ノ中を通ってイる途中デ強制的ニ呼び寄セられタのだ。この女ニな」
「久しぶりだね、フィルくんにアンネローゼさん。また生きて会えて嬉しいよ」
「え、その人は!」
「メイナードさん! それに……おば様! 死んだはずじゃ……!?」
ネオボーグの隣に、二人の女がテレポートしてくる。片方は、長らく生死不明だったレジスタンスの総裁、メイナード。
そして、もう一人は……魔女軍団の自爆によって死んだはずのシゼルだった。何故シゼルが生きているのか、そもそもメイナードはこれまで何をしていたのか。疑問は山ほどある。
「アンネローゼ……ごめんね、心配させて。でも、もう大丈夫よ。私は生き返らせてもらったのよ、総裁にね」
「ええっ!? ど、どういうこと!? 生き返ったって……」
「まあ、詳しい話は落ち着いてからにしよう。レジスタンスのみんなと早く会いたいしね」
シゼルの発した衝撃の一言を受け、アンネローゼたちは仰天することに。ひとまず街に戻り、急遽元レジスタンスのメンバーを炊き出しに使っている公園に呼び出す。
「そ、そそそ総裁!? 生きて……生きていらっしゃられたのですね! よかった、本当によかった……」
「シゼル……? オゥ、ミーはファントムをルックしてるみたいデース……」
「違う違う、生きてるよトゥリさん! 二人とも、無事で……ぐすっ、うわあああん!」
メイナードとシゼルが生きていたことを知り、エスタールは心底安堵し、トゥリは少し気力が戻り、トワイアはうれし泣きする。
サラやジュディたちも、総裁の帰還に喜びをあらわにしていた。そんな彼女たちに、メイナードはこれまでのことを話して聞かせる。
「みんな、心配させて済まない。アジトが陥落したあの日……私はみんなを逃がした後、辛うじて脱出に成功してね。とはいえ、合流が困難で一人彷徨っていたのだが……」
「それがなんで、シゼル隊長が生き返るなんてことに繋がるんです……?」
「ある日のことだ。私はたまたま、異形のケモノから逃げる途中で決戦の地となった場所に入り込んでね。そこで見つけたんだ、シゼルの死体を」
ミカボシの分身たちによってインフラが崩壊したイゼルヴィアを彷徨い、偶然シゼルの遺体を発見したメイナード。
奇跡的に遺体に損壊はなく、多少腐敗していただけだったのを見て彼女は閃いた。シゼルを魔物化し、復活させようと。
「高位の魔法の一つに、死した生物を人形に変えよみがえらせるものがある。生涯でたった一度しか使えない、制約まみれの代物だ」
「なっ、あの魔法を使ったのですか!? なるほど、ならシゼルは……リビングドールとして復活したのですね、総裁」
「そうだ、エスタール。この状況を作り出した黒幕を倒すためには、一人でも多くの戦力が必要だ。だから私は……死者の魔物化という禁忌を犯した」
「おば様が魔物に……。でも、見た目は何も変わってな……いや、よく見たら関節が人形っぽくなってるわ」
そうしてシゼルをよみがえらせたはいいものの、新たな命を繋ぎ止めるために多くの儀式を行わなければならなかった。
各地を渡り歩き、儀式に必要な物資を必死に集めて回り……結果、こうして無事シゼルを生かし続けられるようになったのだ。
「みんな、私はもう人間ではなくなったわ。でも、この心は変わらない。みんなが許してくれるなら、私も共に戦う。この大地を滅ぼした敵を倒すために!」
「シゼル……ミーは、ミーは……」
「トゥリ……ごめんなさい、あなたには辛い思いをさせてしまったわ。ここに来る途中でアンネローゼから聞いたわ。私を守れなかったことで、心を病んでしまったって」
「確かに、ミーはハートをブロークンしましタ。でも……もう大丈夫デース。今度はシゼルを死なせまセンから!」
「……よかった。これで、あの人も立ち直れそうです」
メイナードとシゼルの帰還、そして四人の魔魂転写体の全滅により一層魔女たちの士気は高まった。翌日、話を聞いた二人の封印の御子は決意を固める。
「……クルヴァ、僕のオリジナル。ついに時は来た。ミカボシを滅ぼす戦いを始めよう」
「……クウィン、もう一人のぼく。そうだね、今が絶好のチャンスだ。一族の悲願を、叶えるために」
クルヴァの持つ本を用いた、ミカボシ討伐作戦の内容が全ての魔女、そしてフィルたちに告げられる。オルセナから舞い戻ったヘカテリーム、そしてオボロにも話が伝えられた。
「御意、それがしの力が必要とあらば喜んでこの刀を振るおう」
「ええ、やりましょう。僕たち全員の力を合わせて……悲劇を終わらせるんです。そして、双子大地に平和を取り戻しましょう!」
双子大地を巡る最後の戦いが、幕を開けようとしていた。




