252話─そして起きた惨劇
激情の君の言葉通り、場面が早回しされ急速に進んでいく。一ヶ月分の時が過ぎた直後、速度が元に戻った。
粗末なあばら屋の中に、ソサエティの魔女たちが五人ほど押し入っている場面になる。どうやら、何かを探しているらしい。
『……ふむ、この二人以外の生命反応は無しか。ここも違ったようだな』
『ええ、そうよ。元から誰も匿ってなんかいないわ。ここは私とミシェルの家よ、さっさと出て行って!』
『貴様、我ら崇高なルナ・ソサエティの魔女に向かって……』
『よい、放っておけ。邪魔したな……【●●】、そしてミシェル。お前たち、次だ。何としてでも、このスラム街に逃げ込んだ最後のウォーカーの民どもを始末するぞ』
『ハッ!』
魔女たちは、二人の家にウォーカーの民が逃げ込んで匿われていると考えていたようだ。家宅捜索の末、それが勘違いだったと気付き去って行った。
ベルティレムの本名を言っていたのだろう、一部のセリフがノイズにより聞き取れなくなっていることに気付くフィル。
だが、そのことについて言及するより先に激情の君が話し出す。
「この一ヶ月で、戦局はほぼ決まった。魔女たちの勝利に。だが、生き残ったごく少数のウォーカーの民はあろうことか私たちが暮らしていたスラム街に逃げ込んだ」
「なるほど、それで魔女たちがいろんな家を調べて回ってたってわけだ。どっかに入り込んでるウォーカーの民を見つけるために」
「そうだ。奴らは横暴な態度を変えなかったが、この時点ではみな我慢出来た。魔女たちがなりふり構わず捜索をする理由を理解出来たから。だが……」
「……その口ぶりだと、これから何かが起こるようですね」
マルカの呟きにそう答えた激情の君だが、その声には怒気が滲んでいた。彼女の言葉から、フィルは推測する。
これから、自分たちの想像を超える最悪の事態が起こるのだろうと。そして……その推測は、現実のものとなってしまった。
「少し場面を進める。この家宅捜索から十三日が経った日……運命の瞬間が訪れた。結局、スラムに潜んだウォーカーの民を見つけられたかった魔女たちは、何をしたと思う?」
「……まさか、スラム街を丸ごと焼き払ったりしちゃったわけ?」
「ほぼ正解だが、少し違う。奴らは……奴らは! スラムを結界で覆い、数多の致死性のウイルスを放った! 私たちスラムの住民ごと、ウォーカーの民を殺すことにしたのだ!」
怒りの叫びが響いた後、僅かに進められた場面が地獄絵図に変わる。人々が悲鳴をあげ、苦しみながら死んでいく姿があちこちで見られた。
ある者は全身を鼻のような形の腫瘍に覆われて苦悶の叫びをあげ、またある者は全身から血と髄液の混合物をまき散らしながらのたうち回っている。
まさに、この世の地獄と呼ぶべき光景がそこにあった。この理不尽は、容赦なくベルティレムとミシェルを襲った。
『げほっ、げほっ! お姉ちゃん、寒いよ……変なんだ、身体が……熱いのに、寒いんだ……』
『ミシェル、ミシェル! 気をしっかり持って、大丈夫、大丈夫だから……。お姉ちゃんが必ず、あなたを助ける! だから、死なないで……』
あばら屋の中で、ベルティレムが必死にミシェルの看病をしていた。だが、少年の身体は目を背けたくなるほど痩せこけ、腐敗が始まっている。
ソサエティの魔女たちが散布した、無数の致死性ウイルスの一種が牙を剥いたのだ。死にゆく弟を、自分の力では救えない。
それを理解してしまったベルティレムの心に、絶望が広がる。だが、それを悟られまいと必死に表情を取り繕い、弟を心配させまいとする。しかし……。
『……ねえ、お姉ちゃん。ぼくたち、なにか悪いことしたのかな。だから、こんな風に……罰を、受けなくちゃならないのかな』
『何を言っているの? あなたは悪いことなんて一つもしてない! どんなに貧しくても、ひもじくて寒くても……ものを盗んだりしなかった! 誰かにつらく当たって、いじめることもしなかった! 罰なんて受けるようなことは何もしてない! それは私が証明するわ!』
『そっか……。でも、だったらどうして……ぼくたちは、死ななくちゃいけないの?』
『それ、は……』
幼い少年は、死にゆく中で考えた。今こうして苦しまねばならないのは、自分が罪を犯したからなのだろうと。
だが、姉の必死の叫びでその考えは否定された。ならば、何故苦しまねばならないのか。純粋に今日を、明日を生きるために頑張ってきただけなのに。
どうして苦しみに満ちた死を迎えねばならないのだろうか。その答えを、ベルティレムは持ち合わせてはいなかった。
『ミシェル……ごめんね、お姉ちゃんにもっと力があれば……あなたを、死なせずに済んだのに』
『いい、んだよ……おねえ、ちゃん。だから、なかないで。ひとあしさきに、ぼくは……かみさまのところにいくよ。でも、せめておねえちゃんは……ゆっくり、ゆっくりきてほしいな。うんとながいきして……ぼくの、ぶん……ま、で……』
『ミシェル……ミシェル! 逝かないで、お姉ちゃんを一人にしないで! ミシェル……いやあああああ!!』
姉の腕の中で、ミシェルは息を引き取った。最後の一瞬まで、姉の身を案じ……叶わぬ夢と分かっていながらも、長生きしてほしいと願いながら。
だが、弟とは違う種類のウイルスに犯されたベルティレムも、絶望を抱きながら後を追う……はずだった。
『よう、散々だな……この街は。そこらじゅう、死人と死にゆくクソッタレどもだらけだ……ゴホッ、ゲホッ!』
『……誰よ、あなた。勝手に入らないで! ここは私とミシェルの聖域なのよ!』
『そいつぁわりぃな……だがよ、外でたまたま聞いちまったもんだからな。その子どもの……う、ガフッ! 最期の言葉を』
もはや涙も涸れ果て、弟の亡骸を抱えるベルティレムの元に一人の男がやって来た。小汚いボロを着たヒゲ面の男は、ミシェルの言葉を偶然聞いたらしい。
『だからなに? あなたも私も、この災いで死ぬのよ。見なさい、私の腕を。手首から肩まで、発疹がビッシリ。どんな形かは知らないけど、私も死』
『死なねえさ。お嬢ちゃんが……俺の持つウォーカーの力を継承すれば、な』
『──!? まさか、あなた……この街に逃げ込んだウォーカーの民!?』
『ああ、その最後の一人だ。他の同胞は、みーんな先にこのクソッタレなウイルスで死んだよ』
なんと、男はウォーカーの一族……それも、最後の生き残りだった。共に生き残った仲間は、みなウイルス兵器によって死んだ。
自分もじきに後を追うことになるが、その前に一つベルティレムに道を示しに来たのだと。その男は口から血を流しながら言った。
『笑わせないでくれる? この大惨事の元凶が、よくそんなふざけたことを言えるわね!』
『確かに、それも真実の一つの側面だ。だが、考えてみろ。この十三日の間、俺や俺の同胞があんたらに何かしたか? 何もしてないだろう?』
『……それは、そうだけど……げほっ、げほっ』
『この地獄を作り出したのは、ソサエティの魔女どもだ。あいつらは俺たちを確実に殺すために、あんたらを道連れにすることを選んだ。あんたの弟を死なせたのは、魔女たちだ。違うか?』
ベルティレムに糾弾されるも、男は詭弁を駆使して彼女を懐柔しにかかる。普段なら、キッチリ反論して論破していただろう。
だが、今のベルティレムは目の前で弟を喪い、ウイルスに脳をやられ冷静さを欠いていた。結果、男の言葉が正しいのではないか、と思いはじめてしまったのだ。
『言われてみれば……そうかもしれない。あの魔女たちさえ……ルナ・ソサエティさえなければ! ミシェルは死なずに済んだのに!』
『そうだろう。その弟が言ったよな、自分の分まで生きてくれと。それを可能にする方法があるとしたら……どうする』
絶対に乗ってはならない、悪魔の誘い。それに、ベルティレムは乗ってしまった。最愛の弟が最期に遺した想いを形にするために。
『……教えて。どうすればいいの? どうしたら、私は生き延びられる? ミシェルの仇を討てるの?』
『俺の持つウォーカーの力を継げ。そして、この災いが終わるまで別の世界に逃げろ。力を受け継げば、お前はリセットされる。ウイルスに犯される前の状態にな』
『それが可能だとして……ごほっ! 何故、自分でやらないの?』
『やりたくても……出来ねえのさ。この方法は……う、ぐうっ! 力を、受け継いだ者にしか実行出来ねえ……ある種のウラワザだからな』
男の言葉は胡散臭く、信憑性に欠ける。だが、それでも、ベルティレムは選んだ。生き延びるために……ウォーカーの力を受け継ぐことを。
まだ、この時のルナ・ソサエティは知らない。自分たちの軽率な判断と行動の代償を、三千年後に支払うことになるのを。




