245話─とある魔女の行方
「……灰になりなさい、異形の者よ!」
「グィラァァァァァ!!!」
カルゥ=イゼルヴィアのどこか。ベルティレムが新たに呼び出したミカボシの落とし子たちを、人知れず狩る者がいた。
その正体は、カーリーを連れソサエティから姿を消したヘカテリームだ。今日もまた、生き延びている民を率い狩りを行う。
「これで全部ね、このエリアに集まってきた異形は。みんな、今のうちにバリケードを補強しておきましょう。いつまた奴らが来るか分かりませんから」
「は、はい! さあみんな、急いで作業をするぞ!」
現在、ヘカテリーム率いる三十人ほどの集団はショッピングモールに立て籠もっていた。各出入り口は魔法による結界で塞ぎ、ケモノの侵入を防ぐ。
……一カ所を除いて。そこだけバリケードによる物理的な防備に留めているのは、ケモノを駆除するため。周辺地域の異形を潰し、安全地帯を広げるのが狙いだ。
「ヘカテリームさま、バリケードの補強が終わりましたよ!」
「ありがとう、カーリー。みんなもご苦労様、疲れてたでしょう? 今日はもう、見張り班以外は休んでいいわ」
「ありがとうございます、ヘカテリーム様。では、私たちはこれで……」
幸運にも合流出来た治安維持隊と力を合わせ、日々生き残るため戦うヘカテリーム。幸い、ショッピングモールには多くの物資がある。
食料品や日用雑貨、サバイバル用具……。さらに、ストレスを発散出来る娯楽設備まである。それらを有効に使い、魔女は待っていた。
封印の御子である、クウィンの救助を。
「あれから五日……クウィン様からの接触が、そろそろ来てくれればいいのだけれど。こっちから居場所を知らせられないのが困りものね……」
異変が起きたあの日、時魔法を奪われ気を失ったヘカテリームはカーリーによって助けられた。転移魔法によって自室に連れ戻されたのだが……。
窓の外から見える、街での惨劇を目の当たりにして彼女は決めた。一人でも多くの市民を救うために、自分が動かねばならないと。
「……そう思ってあちこち渡り歩いたはいいものの。みんな精神的な限界が近いわね。今はまだ物資が足りてるからいいけど、それが枯渇したら……」
廊下の一角に作った、仮の住居スペースにて一人呟きを漏らすヘカテリーム。日々続くケモノの脅威、待てど暮らせど来ない助け。
それらの要素が、一団の精神をガリガリと削り取っていく。今はまだ物資的な余裕があるが、それが無くなれば待っているのは暴動だ。
そんな事態になれば、バリケードどころか魔法結界の維持すら困難……いや、不可能になる。そうなればもう、結末は一つ。死のみ。
「ヘカテリームさま、お水を持ってきました。疲れているでしょう? 飲んでください」
「ありがとう。……可愛い可愛い、私のカーリー。少しだけ……あなたに甘えさせて。少し……疲れてしまったわ」
「は、はい。ぼくでよければ……どうぞ」
カーテンで仕切られたへカテリームの個人スペースに、水筒を二つ持ったカーリーがやって来る。彼を抱き締め、魔女は深呼吸する。
ショッピングモールに立て篭もり、救助を待つ日々は確実に彼女の心を摩耗させていた。カーリーがいなければ、とっくに心が折れていただろう。
「……ヘカテリームさま。本当に、救援は来るんでしょうか。ぼくたち、助かるんですか?」
「きっと来てくれるわ。そう信じて、今は待つしかない。イゼルヴィアは広大だから……御子様も、私たちがいる場所を見つけるのに苦労していらっしゃるのよ」
実際、クウィンは日夜一人でも多く保護しようとイゼルヴィアじゅうの鏡や反射物を使って生存者を探していた。
しかし、大地の全域をチェックするのには膨大な時間がかかる。彼一人にしか出来ないことであるがゆえに、人海戦術も使えない。
おまけに、クウィン側から外に存在を知らせることは出来るが逆は不可能なのだ。……ただ一人、魔女長マーヤを除いて。
「! モールの外に生き物の気配……。カーリー、ここにいて。見張り班と一緒に様子を見てくるわ」
「は、はい! ……無事に戻ってくださいね、ヘカテリームさま」
「ええ、約束するわ。私はあなたを置いて死んだりしない。必ず帰ってくるからね」
そう言葉を交わし、ヘカテリームはバリケードがある出入り口へ向かう。彼女と同じく気配に気付いた見張り班も合流し、確かめに行くと……。
「ったく、なんだこのバリケードは? おい、誰かいるんだろ! 開けてくれ、オレも中に入れろ! ……ッテテ、き、傷が……」
「その声……まさか、お前は怪盗ヴァルツァイト・ローグ!?」
「お、そういうあんたはへカテリームか! なら話ははえぇ、早いとこ入れてくれ! またあのキモいバケモンに襲われたらたまらねぇ!」
バリケードの向こうから、ソサエティの魔女たちもよく知る人物の声が聞こえてくる。一部を魔法で透明にし、確認してみると……。
必死にバリケードを叩いているローグの姿がそこにあった。ヘカテリームは転移魔法を使い、彼をモールの中に入れてやる。
「おー、助かったぜ。ジジイたちの監視を掻い潜ってイゼルヴィアに戻ったはいいものよぉ、キモいバケモンに追いかけ回されて傷が開くかと思ったぜ」
「……驚いたわ、魔力の波長的に薄々分かっていたけれど。あなた、魔魂転写体じゃなくて本人ね? 運がいいわね、今は逮捕しないであげるわ」
「おう、そうしてくれると助かるぜ。いやー、オレの運もまだまだ捨てたもんじゃねえな。でけぇ商業施設なら生き残りがいるかも、って考えて移動してきたらドンピシャだったからな」
どうしてもレジスタンスの仲間たち……ひいてはカルゥ=イゼルヴィアの様子が気になって仕方なかったローグは、ギアーズたちを出し抜きこっそり帰ってきていた。
だが、とっくの昔にイゼルヴィアは壊滅状態。病み上がりの身体を押してあちこち探索して回ってみたはいいものの。
ミカボシの落とし子に追いかけ回された結果、物資が豊富で籠城しやすいショッピングモールなら生き残りがいるだろうと目星を付けやって来たのだ。
「これも運命……なのかもね。ローグ、あなたに一つ頼みたいことがあるの」
「いいぜ、聞いてやる。だが、その前にだ。今、何がどうなってるのか教えろ。まずは情報共有が先だ」
「そうね、居住スペースに戻りながら話すわ」
見張り班を残し、ヘカテリームはローグを連れて戻って行く。道中、この五日間で起きたことを全て彼に伝えた。
ローグの方も、自身の身に起きたことを話して聞かせる。全てを知った後、悔しそうに拳を握り締めた。
「そんなことがあったのか。クソッ……オレがあの時ヘマしてなけりゃあ……!」
「自分を責めてはダメよ、ローグ。むしろ、謝るべきは私たちの方。こうなったのは、ソサエティの自業自得。内に潜む敵に気付けなかったのだから」
「……ま、悔やんでても仕方ねえ。起きちまったんなら、悔やむより対処すんのが先だ。まずは、ここに立て籠もってる連中をなんとかしないとな」
居住スペースに戻った後、ローグは生存者たちを集める。強きを挫き弱きを救う怪盗の登場に、生存者たちは喜びをあらわにする。
「わー、怪盗ローグだ! 凄い、初めて生で見た!」
「きっと僕たちを助けに来てくれたんだよ! ね、そうなんでしょ? ローグさん!」
「おうよ、オレに一つ案がある。いいか、よーく聞けよお前ら。今から一人ずつ、双子大地……カルゥ=オルセナに疎開させる。そうすりゃ、安全が保障されるぜ」
「ええっ!? もう一つの大地に!?」
ローグの提案に、生存者たちは驚く。だが、現状それが一番の打開策なのも事実。クウィンがいつこのモールを発見するか分からない以上、悠長に待つ暇は無いのだから。
「で、でも……私たちを受け入れてくれるのかしら。もう一つの大地の人たちは」
「なぁに、心配すんな。向こうにいるオレの仲間に頼んで、しばらく世話してくれるようにしてもらっからよ。三十人くれぇなら余裕だぜ、あっちは」
緊急事態ゆえ、事後報告もやむなし。そう考え、ローグは全員を安心させるためそう告げる。生存者たちも、反対する理由はない。
今はローグを信じ、もう一つの大地……カルゥ=オルセナに逃げるしかない。ヘカテリームも、ローグの考えに賛同する。
「そうね、今はそれがベストな案だと思う。ローグ、向こうの座標を教えて。どこに送ればいい?」
「よしきた、座標はな……」
災いの力が解き放たれ、数多の絶望と悲劇が世界を襲った。だが、そんな状況でも。希望というものは、信じる者の元に降り注がれるのだ。




