243話─五日前の出来事
クウィンの手から魔力が放たれ、フィルたちに浴びせられる。二人の意識が少しずつ遠のき、闇の中へと消えた。
フィルとアンネローゼの意識は、五日前へとさかのぼる。二人が飛ばされたのは、ベルティレムがカルゥ=イゼルヴィアに帰還した場面だった。
『ご苦労だったね、我が分身よ。当初思い描いていた形とは多少異なるが……無事、ルナ・ソサエティとレジスタンスを壊滅させられたね』
『んっふっふっ、もっと褒めてくれてもいいよぅ。詳しい戦績を聞きたいかぁい? ネクロモートを数機、自爆させずに監視してたからねぇ』
『ふむ、それじゃあ聞かせてもらおうかな』
カルゥ=イゼルヴィアのどこか。廃墟同然の荒れ果てた地に、ベルティレムと悦楽の君の姿があった。その側には、半壊したネオボーグがいる。
返り討ちにされた彼を回収してから、僻地へと移動してきたようだ。ソサエティ、レジスタンス壊滅からそれなりに時間が経っているようで。
嬉々とした様子で、悦楽の君は監視用のネクロモートを用いて確認した両組織の死亡・負傷者について語り出す。
『まずはレジスタンスからだねぇ。アジトや要塞にいた連中は、六割くらい死んだよぅ。隊長格だと、トリン及びスーマンが死亡。トワイアが片腕両足欠損の重体だねぇ』
「あいつ、あんな嬉しそうに……! これが過去の場面じゃなかったら、ブン殴ってやるところだわ!」
防衛に当たっていた六大隊長のうち、トリンとスーマンは亡くなってしまったようだ。幽霊のように半透明な存在となったアンネローゼとフィルは、過去の世界を見ながら憤る。
『ふむ、肝心の総裁……メイナードは?』
『生死不明だよぅ。部下を一人でも多く逃がそうと、最後までアジトに残ってたみたいだけどねぇ。崩落に巻き込まれたか、生き延びたか……私には分からないねぇ。んふふふふ』
「メイナードさん……生きていればいいんですが……」
「この仮面野郎と、一緒にいる女がみんなの仇……全部見終えたら、居場所を探し出して殺してやる!」
フィルはメイナードの安否を心配、アンネローゼは黒幕であるベルティレムへの怒りをより一層強く燃やす。まだ、報告は終わらないようだ。
『前線にいた魔女たちは、九割がた死んだよぅ。特にぃ、以前ソサエティにスパイとして潜り込んでたシゼルってのが死んだのは清々したねぇ』
『ふっ、そうか。一番目障りだった魔女が死んでくれたようだね。いや、実に喜ばしい報告だよ』
「え……?」
「うそ、でしょ? おば様が……死んだ? そんな、そんなのって……」
思いもしていなかった形で、叔母の死を知ったアンネローゼ。その場に崩れ落ち、大粒の涙を流す。そんな彼女の肩を抱き、フィルは無言で寄り添う。
幼くして母を亡くし、数奇な運命を辿った末に父を喪い。今また、唯一の肉親を亡くしたのだ。その悲しみは、計り知れないほど深い。
『ああ、でもぉ。ソサエティ本部に潜入してた連中はほぼ全員生きてるねぇ、目障りなことにぃ。合流を優先したからぁ、殺し損ねちゃったよぉ』
『いいさ、多少生き残ったところで大いなる滅びの流れは変えられない。……で、ソサエティの方は?』
『こっちは雑魚どもはほぼ一掃出来たよぉ。ただ……七栄冠は殺し損ねちゃったねぇ。マーヤはどこかに消えて、ヘカテリームは愛しの従者くんを連れて逃避行、マルカは潜入してた奴らと組んで逃げたよぉ』
『やれやれ、一番殺したかった連中はみんな生きてるのか。全く、思う通りにはいかないね』
『でもぉ、ヘカテリームから時魔法の力は奪ったよぉ。最低限の仕事は出来たさぁ、ネオボーグが特攻してくれたおかげでねぇ』
一方のソサエティ側は、もれなく下級~上級まで一般魔女がほぼ死滅したようだ。しかし、最高幹部たる七栄冠は全員存命らしい。
「……そっか、だからマルカが鏡の中のイゼルヴィアにいたのね。合点がいったわ」
「ええ、ただ……残りの二人は、マルカと一緒に避難したわけではなさそうですね。生きていればいいんですが……こうなった以上、彼女らにも協力してもらわないといけませんし」
「……そうね。今は元敵だのなんだの言ってられないわ。おば様たちを殺したあいつらを倒すためにも」
自己修復中のネオボーグを蹴って遊びながら、ベルティレムと悦楽の君は話をしている。大粒の涙を流しながら、アンネローゼは誓った。
必ず、死んでいった者たちの仇を討つと。シゼルやトリン、未だ会ったこともない魔女たち。全員の魂の安らぎのためにも。
『いい加減、私ヲ蹴るノはやめてモらいたい。エラーが起きタらどうシてくれる!』
『なんだ、起きてたのかい。ま、いいさ。ほら、そろそろ始めるから立ちなよ。自立くらいは出来るだろう?』
『始メる? 一体何を始めルというのダ』
『決まってるだろう? 三千年前、私が継承したウォーカーの力を使い……無理矢理ミカボシを目覚めさせるのさ。この大地を滅ぼすためにね』
へカテリームの火球を食らい、半身が融解したネオボーグは無理矢理立ち上がる。未だ身体は熱を帯びているようで、ところどころ赤くなっていた。
疑問を投げかけるネオボーグに対し、ベルティレムは答える。フィルたちの目の前で、彼女は黄金の門を作り出しゆっくりと開いていく。
「これは! 間違いありません、僕と同じウォーカーの力です! これを継承したって、一体どういう……」
「待って、フィルくん。この門……少しずつ紅くなってきてない?」
門が開いていくにつれ、少しずつ金色がくすんでいき血のような紅に染まっていく。途中までは順調だったが、ある程度開いたところで異変が起きた。
『くっ、まずいね。封印の御子が気付いたようだ。力を強めて妨害しにかかってきてる』
『困ったねぇ、今のところこっちから干渉することは出来ないよぅ?』
『問題は……ない。目的はミカボシそのものじゃあない。今呼び出す必要があるのは……ミカボシの分身たる異形の獣さ』
この段階でクウィンがミカボシの封印を解こうとしている者の存在に気付き、妨害を始めたようだ。ベルティレムは脂汗をかきながら、門を遠隔操作しこじ開けていく。
「な、何が出てくるの……? ミカボシの分身なんて、絶対ロクでもないわよ」
「過去を見る前、マルカが何かを言おうとして倒れそうになってましたが……。彼女は見てしまったのかもしれません。異形の獣を」
過去の出来事を追体験しながら、フィルとアンネローゼはそう呟く。無意識にうちに互いの手を取り、強く握る。
しばらく門を巡る攻防が続いた、その末に……。ついに、ベルティレムがクウィンの力を上回った。
『よし、開いた! さあ、現れるがいい! 大いなる災い、ミカボシの分身よ!』
『グィロ、グィロロロロロロ……』
『な、ナんだ? この醜悪なケモノ……いや、ケモノと呼んデいいノか、これハ』
「ひいっ!? な、なによこれ! こんなキモいのが……ミカボシの分身なの!?」
真紅に染まった門から現れたのは、血のように赤い身体を持つおぞましいナニカだった。鋭い爪を備えた四つ脚のソレは、背中に大量の眼が『生えて』いる。
その数、ざっと十以上。身体の前部、本来首が生えていなければならない部分には細長い触手のような器官があった。
触手の先端には、鋭い牙を備えた口がある。その冒涜的な姿を見たアンネローゼとフィルは、思わず吐きそうになってしまう。
「うぷっ……! な、なんなのよ。アレを……あんなのを呼び出して、何をするつもりなの!?」
『よしよし、無事出てきたね。さあ、ミカボシの分身よ。ここを出て、適当に街の住民を襲うんだ。君の力を浴びせて、仲間を増やそうね』
『グィロ、グィロロロロロロ!!』
「……ああ、そういうことだったんですね。ベルティレムは……本当に、取り返しのつかないことをやってくれたようです」
ベルティレムの言葉を聞き、異形のケモノはドタドタ走り去っていく。何も知らない人々が暮らす、街のある方へと。
一連の場面を見ただけでもう、フィルはこの五日間で何が起きたのかを理解した。してしまった。いや、せざるを得なかった。
『おイ、いいノか? アレを放っタら、大変なことニ
なるノではナいか?』
『んふふ、今更何を言っているんだぁい? その大変なことを起こすために、私たちは活動していたんだよぅ?』
『そうとも。さ、次の作戦を練るために一旦身体を休めようか。最終目標……封印の御子クウィンを殺し、この大地を滅ぼして──復讐を成し遂げるためにね』
困惑するネオボーグに、悦楽の君とベルティレムはそう答える。そして、どこかへとテレポートしていった。




