232話─イレーナの挫折
トゥリを喪いながらも、どうにかソサエティの魔女部隊を撃滅し撤退したシゼルたち。だが、決して少なくない犠牲が、魔女たちの心に陰を落とす。
特に、トゥリが直接率いていた魔女たちとイレーナの精神的ダメージが深刻だった。シゼルは彼女たちを癒やすべく、個別にメンタルケアを行う。
「……ありがとうございました、シゼル隊長。おかげで、気分が落ち着きました」
「気にしないで。……ところで、イレーナの様子は?」
「部屋に閉じこもってしまっています……。私たちは気にしていないのに、トゥリ隊長の死に責任を感じているらしくて」
「……そう。ああ見えて、責任感の強い子だから……やっぱり、堪えるようね。分かった、イレーナは私とジェディンで何とかするわ。教えてくれてありがとう」
魔女たちの方は早くも立ち直りはじめていたが、イレーナの方はそうもいかないようだ。自分が死因の一端を担っているという事実が、イレーナに重くのしかかっている。
時がリセットされても、死に関する記憶だけは引き継がれてしまう。このままでは、イレーナは戦えなくなってしまうだろう。
(とは言ったものの、どうしたものかしらね……。何とかして立ち直らせてあげたいけど、方法が思い付かないわ)
イレーナのケアを引き受けたはいいが、どうやって彼女の心を癒やすか考え込むシゼル。一人で悩んでいても仕方ないと、ジェディンを探す。
同じ世界から来た彼ならば、きっとイレーナを立ち直らせることが出来るだろう。そう考え、行動を開始するシゼル。
一方、当のジェディンはというと……。
「イレーナ、邪魔するぞ」
「……なんすか。鍵かけてるのに入らないでほしいっす。デリカシー無いっすよ、ジェディン」
とっくのとうに、イレーナを立ち直らせるために行動を開始していた。が、シゼルが想像しているようなやり方ではない。
イレーナが閉じこもっている物置部屋の扉を腕力でこじ開け、ジェディンが入ってくる。奥の方で体育座りをしているイレーナに、冷たい声がかけられた。
「そのまま腐っていていいと思っているのか? イレーナ。お前も分かっているはずだ、そうしていても意味などないと」
「……気軽に言ってくれるっすね。確かに、アタイだって分かってるっすよ。でも……怖いんすよ。また、アタイがヘマしたせいで誰かが死んじゃうんじゃないかって」
「何を今更。これは戦いなんだ、いつ味方が死んだっておかしくない。それを、毎回誰かが死ぬ度に自分のせいだと自己嫌悪するのか?」
うじうじしているイレーナに、ジェディンはあえて厳しい言葉を叩き付ける。イレーナの性格を熟知している彼は、突き放すことで彼女を奮い立たせる方法を選んだ。
優しく慰めるだけでは立ち直れない。むしろどんどん悪化して戦えなくなってしまう……そう考えたのだ。
「それは……」
「イレーナ、お前は仲間の死というものに慣れていない。……俺やオボロと違ってな。命の重さに鈍感になってはいけないが、その重みをいつまでも引きずっていてはいけない。それが、戦士というものだ」
「じゃあ!」
「戦士でなくて構わない、とでも言うつもりか? そんな戯言をフィルやアンネローゼが聞いたら、失望するだろうよ。お前の英雄としての心意気は、この程度で折れるものだったのかと」
トゥリの死を引きずるイレーナに、ジェディンは冷たく言い放つ。彼もまた、愛する者たちを失い、自分のせいだと己を責めた過去があった。
それを乗り越え、前に進んできたからこそ。イレーナも自分のように、悲しみを乗り越えてほしい。そう思っての愛の鞭を振るう。
「シショー……姐御……」
「イレーナ、お前が自分を責めてしまうのは分かる。俺も、メイラやリディムを殺された時……自分を責めた」
「……」
「だがな、そうやって自己嫌悪に陥っているだけじゃダメなんだ。自分を許せないなら、今度は死に物狂いで仲間を守れ。誰一人として死なせないと、己を奮い立たせろ!」
五年前、妻と娘を失ったばかりの頃の自分を思い出すジェディン。力が無かった自分を責め、自暴自棄に陥り酒浸りになることもあった。
だが、それでは妻と娘が喜ばない。ある時、ふとそう考え……彼は復讐を果たすと決めた。宿敵を追い求める旅の果てにフィルたちと出会い、怨敵を討った。
そんな彼だからこそ、イレーナに自分と同じ道を歩んでほしくなかったのだ。
「……そう、っすね。アタイ、もう一回……頑張ってみることにするっす」
「ああ。お前のことを、陰でとやかく言う者もいるかもしれん。だが、そんなのは気にするな。誰かを守り抜くことで、自己嫌悪を吹き飛ばせ。なに、時がリセットされればトゥリの死はなかったことになる。次は死なせないよう、今回の反省を活かせばいいさ」
「ありがとうっす、ジェディン。アタイ、なんとか立ち直れそうっす。……もっかい、みんなに謝ってくるっす。そしたら、シャッキリするっすよ!」
「律儀な奴だな、彼女らは気にしていないと言っているのに。お前が全面的に悪いと思っている者など、一人もいないぞ?」
「いーや、アタイの気が済まないんすよ。それに、次はトゥリさんを死なせないって、ちゃんと伝えないといけないっすから」
「……そうか。悪かったな、突き放すようなことをいろいろ言って。俺なりに発破をかけたつもりだが……不快に感じたか?」
己を責めるのをやめ、イレーナは立ち上がる。時の固定が解除されれば、トゥリの死は無かったことになる。ならば、次こそは。
絶対に彼女を……否、彼女を含めた仲間を死なせないようにしよう。そう決意を固め、イレーナは自己嫌悪の闇から抜け出せた。
「まあ、ちょーっとムカッとしたっすけど。アタイのためにあえてあーいう言い方したんだなってのが分かるから、そんなに怒ってないっすよ」
「そんなに、ということはそこそこは怒っているわけか。なら、何か埋め合わせをしないとな」
「んー、じゃあリセットされたらデザート奢ってほしいっす! 甘いものたくさん食べたい!」
「分かった分かった、それくらいで済むならお安いご用だ」
すっかり立ち直ったイレーナを連れ、カビ臭い物置部屋を去るジェディン。一方、シゼルはというと……。
「ジェディ~ン! どこにいるの~? もう、こんな時に姿が見えないなんて! あ、あなた。ジェディン知らない?」
「いえ、見ていませんよ。多分、総裁の部屋にでもいるんじゃないんですか?」
「さっき行ってみたけど、いなかったのよね……参ったわ、どこにいるのかしら」
早くイレーナを立ち直らせてあげたいシゼルは、必死にジェディンを探す。そんな彼女が、二人仲良く訓練に励んでいるジェディンたちを見つけたのは一時間後。
立ち直るまでの一部始終をイレーナから聞かされ、その場に崩れ落ち動かなくなるのだった。
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「……なるほど、魔女の部隊は全滅。かろうじてネクロモートが十機ちょっと生き残った、というわけね」
「申し訳ございません、ヘカテリーム様。部隊を預かる者として、とんだ醜態を晒してしまいました……」
その頃、ルナ・ソサエティでは敗戦報告が行われていた。頭をカチ割られながらも、執念で帰還したメンダーソンが申し訳なさそうに謝罪する。
報告を受けた四人の七栄冠たちは、さほど怒った様子を見せない。まだ二回、時をリセット出来るがゆえに余裕があるのだ。
「はあ、はあ……う、げほっ!」
「おうおう、苦しそうだなぁメンダーソン。どうするよ、時のリセットが終わるまで持たねえだろ? 一回死んで楽になっとくか?」
「ぐう……誠に申し訳ありませぬ、偉大なる七栄冠に気を遣わせ……あぎゃっ!」
「肯定したって解釈させてもらったぜ。ま、ムダに苦しむよりゃあサクッと介錯してもらった方がいいだろよ」
生き延びたとはいえ、メンダーソンはもう虫の息。敗戦報告が出来たこと事態、奇跡と言えるような有様だった。
頭に巻いた包帯や口から血を流しつつ苦しそうに呻く彼に、マルカが問いかける。返事を聞く前に、雷を落として絶命させた。
「相変わらず強引だねぇ、君は。ま、頭カチ割られて余命も幾ばくもないとくれば、一瞬で死なせてもらえたのは幸福なことかな?」
「せっかちね、全く。今から時をリセットするんだから、待てばよかったのに」
マルカの行動に呆れつつ、ヘカテリームは時の固定を解除する。時間が巻き戻っていく中、次の作戦行動について彼女は考える。
(もうそろそろ、次のステップに進んでもいいわね。今度は、レジスタンスの防衛拠点の情報を暴かせてもらいましょうか。どんな守りを敷いているのか……見させてもらうわよ。ちっぽけな反乱者たち)
二度の戦いを経て、全面戦争は後半戦に突入する。それぞれの思惑を孕みながら、ゆっくりと確実に。




