218話─リセットされた戦争
気が付くと、イレーナたちはレジスタンスのアジトに戻っていた。ネクロモートたちを振り切り、撤退に成功したのではない。
ヘカテリームが時の固定を解除したことによって、巻き戻されたのだ。決戦開始の直前へと。
「ここは……アジトっすか」
「戻されたようだな、この時間に。……鮮明に覚えているぞ、敵との戦いを。リセットされるというのは、こういう感覚なのか……」
時が巻き戻るという感覚に、戸惑う二人。見ると、エントランスにチラホラいる他の魔女たちも同じように動揺していた。
当たり前の話だが、ほとんどの魔女は時のリセットを経験したことがない。記憶はリセットされていないため、違和感が大きいのだ。
「はあ、ビックリしたぁ……」
「要塞にいたはずなのに、アジトにいる……? これが隊長の言ってた……」
魔女たちがざわめく中、ローグが現れてジェディンとイレーナの元にやって来る。魔女たちとは違い、リラックスした様子で。
「よう。どうだった、時をリセットされた感覚は」
「ようって……随分軽い調子っすね、ローグ」
「まあなぁ。こちとら数回食らってるからな、アレをよ。今更驚くこともねえのさ」
呆れるイレーナにそう返した後、ローグはメイナードが呼んでいると伝える。総裁の執務室に行くと、要塞にいるはずのトゥリとシゼルがいた。
執務室の天井から吊り下げられた、大きな赤色の水晶を見上げて三人で何か相談をしている。ローグたちに気付き、声をかけた。
「いろいろ驚いてるところ、呼んで悪いね。君たちから、ネクロモートについて話を聞きたいと思って来てもらったんだ」
「いいんすか、そんな悠長なことしてて。もう、敵が襲って……」
「来ないさ、今すぐにはね。もう一度戦いに来たところで、結果は初戦とさほど変わらないから」
席に座ってもらいながら、メイナードは二人を呼んだ理由を話す。イレーナに問われ、彼女は真剣な顔でそう答えた。
「向こうもこちらも、現状での手札は見せているからね。今すぐ激突したところで、戦局はそう変わらないよ」
「七栄冠が加勢してくる可能性もあるが、そうは考えないのか?」
「ノンノン、連中が加わってくるのはラストバトルのみだとミーは推測してマース。今バトルしても、手の内晒すだけでメリットナッシン!」
「天井から吊り下げてる水晶の力で、レジスタンスの皆の記憶を保持しているの。そんな状況で手札をさらに見せたら、対策されて役に立たなくなるから。まだ七栄冠は動こうにも出来ないのよ」
ジェディンの疑問に、トゥリとシゼルが答える。仮にネクロモートが最初からリミッターを外して攻めてきても、すでにこちらは敵の性能を知っている。
もちろん、敵もこちら側の戦術や戦力をある程度理解しているため、膠着状態になるだけで戦いが進展しない。というのが今の状況だ。
「なるほど、今互いの切り札を投入しても手の内がバレるだけで損になるというわけだ」
「イエース。今頃、ルナ・ソサエティは次の手をシンキングしてるはずデース」
「だから、こっちも新しい作戦と武装で対抗するの。後二回、時のリセットを誘発させられればこっちのものよ」
「そこまで追い込めれば、勝ちの目は十分ある。ま、油断は禁物だけどね」
メイナードの言う通り、油断は出来ない。ルナ・ソサエティにはネクロモート以外にも手札が多くある。魔女部隊に通常兵器、よりどりみどりだ。
一方のレジスタンス側は、打てる手や戦略が限られている。ソサエティほど潤沢な武器や兵器を所有しているわけでもなく、ネクロモートのような自立機動兵器もない。
「私たちは私たちで、やれることを全力でやるしかない。この大一番を勝てなければ、もうソサエティの暴政を止める手立てがなくなってしまうからね」
「ふむ……なら、俺に一つ考えがある。こちらも、ネクロモートに匹敵する兵器を作らないか?」
「おいおい、いきなり何言い出すんだよジェディン。そんな都合よくいくわけ……おい、まさか」
メイナードの言葉に、ジェディンがそう返す。彼の言葉に、それまで黙っていたローグがツッコミを入れた直後。
ローグはジェディンの言わんとしていることに気付き、彼を見つめる。一方、イレーナはまるで理解していなかった。
「ジェディン、何か策があるんすか?」
「ああ。先生が持っている、試作品のダイナモドライバーをこちら側に持ち込む。そして、それを複製し……インフィニティ・マキーナの軍団を作るんだ」
イレーナの質問に、ジェディンはとんでもない答えを返す。驚天動地のアイデアに、メイナードやシゼル、トゥリは唖然としてしまう。
「えええ!? そ、そんなこと出来るんすか!? 複製するったって、そんな時間ないっすよ!?」
「いや、複製自体は可能だよ。使い手はあまり多くないが、物質を増殖させる魔法を習得した魔女が兵站部隊にいるんだ」
「以前メイナードやサラと茶を嗜んだ時に、そのことを聞いてな。何か役立てられるかもしれないと、頭の片隅に留めておいたんだ」
レジスタンスが活動する上で、物資の補給は最重要課題となる。おおっぴらに物資の調達をすれば、足がついてしまう危険性がある。
そこで、あらかじめ蓄えてある食料等を魔法で増やすという手法を彼女たちは使っていた。これならば、買い物をするリスクを極力減らせるのだ。
「ほえー。それ、シショーと姐御がこっちでデートしてた時の話っすよね? ジェディン、しっかりしてるっすねぇ」
「だな。しかしよ、ダイナモドライバーを複製しまくったところで使えるのか? あれ、確か身に着けて変身して戦うためのモンだろ?」
「普段はな。だが、装着者が何らかの理由により動けなくなった時のための自立機動システムが組み込んである。それを上手く改造すれば、疑似ネクロモートとして使えるかもしれん」
まだフィルたちが世話になったことはないが、インフィニティ・マキーナには緊急事態が起きた時に備えて様々なセーフティ機能が盛り込まれている。
その一つが、危機に陥った際の自動操縦システムだ。マキーナ装着者が戦闘中に気絶等で動けなくなった際、マキーナが自動で戦線から離脱してくれる機能だ。
「へー、そんな機能あったんすね。デスペラード・ハウルアーマー着てる時に気絶することなんてほぼないから、知らなかったっす」
「いや、キチンと先生から説明があったはずなんだが……お前、聞いていなかったな?」
「ドキッ! な、ななな何のことっすかねぇ? ふひゅーふひゅー」
ジェディンの指摘を受け、咄嗟に顔を逸らすイレーナ。下手くそな口笛で誤魔化そうとする彼女を見て、魔女たちの緊張がほぐれる。
「ふっ、その話が実現出来るとしたら……こちら側の戦力増強になるな。それも、非常に強力なものだ」
「ふーん……オレとしちゃあ自律機動出来るようになるのか不安だが、やれることは全部やっとくのが一番だな。ジェディン、オルセナに送ってやるからその試作ドライバー貰ってこい」
「ああ。事情を話せば、先生もきっと快く譲ってくれるはずさ」
メイナードの一言により、ジェディンの案は承認された。ローグの協力を得て、ジェディンは一度カルゥ=オルセナに戻ることに。
……オルセナ側では、アンブロシアの放ったネクロヒューマンズの襲撃、同調不全によるアンネローゼが倒れる等の事件が起きていたのだが。
この時のジェディンたちは、そんなことを知るよしもなく。
「すぐに出発する。……ソサエティの再襲撃までに、間に合えばいいのだがな」
「大丈夫だろ、攻めてくるにしても早くて明日の朝だろよ。連中にも、準備の時間がいるからな」
そんな会話をしながら、ジェディンとローグは総裁の執務室を出て行く。小規模とはいえ、室内で再構築不全を起こせばただでは済まない。
二人を見送った後、イレーナは執務室の壁際に移動して、窓から外を見上げる。空には、暖かな日差しを降り注がせる太陽が昇っていた。
天頂にあったソレも少しずつ降下し始めている。まだ、時は固定されていないようだ。二度目の激突までは、まだ猶予がある。
「……絶対間に合わせてくださいっすよ、ジェディン。冗談抜きで、アタイら全員の命運がかかってるんすからね」
目を細め、太陽を見ながらイレーナはそう呟く。対ネクロモートの策が成就するか、それとも……。




