212話─戦争に備えて
無事調査隊から離脱したスパイの女性は、防護服を着たままレジスタンスのアジトに帰還する。アジトにいた仲間たちがギョッとする中、急ぎ報告に向かう。
「……というわけで、月輪七栄冠の一人ヘカテリームが攻撃を仕掛けてくる可能性が非常に高いです。しかも、大量の新兵器まで……」
「そう、分かったわ。すぐに守りを固めないとね……報告数ありがとう、休んでいいわよ」
「はい、失礼します」
メイナードは労いの言葉をかけ、部下を執務室から退出させる。少しして、シゼルを含めた部隊長格の魔女たち、そしてジェディンとイレーナが招集された。
スパイからもたらされた情報を共有し、緊急会議の開催を宣言するメイナード。今回の攻撃を凌げなければ、レジスタンスは終わる。
そんな嫌な予感を覚えていたのだ。緊迫した空気の中、会議が始まる。
「……以上が、スパイからもたらされた情報だ。敵は千八百機にのぼる新兵器を使い、我々を総攻撃してくるだろう。初の全面戦争になる……みな、覚悟は出来ているか?」
「ええ、いつかはこうなるだろうと思っていました。今更、何を恐れることがありましょう」
「シゼルの言う通りです、総裁。我々がここで踏ん張らなければ、ルナ・ソサエティの横暴を止められる者がいなくなってしまいます。それだけは避けねばなりません!」
「私たちも同意見です! 全員で力を合わせれば、必ず勝てるはずです!」
シゼルやトリンをはじめとした、六人の部隊長たちはみなルナ・ソサエティとの全面戦争に乗り気だ。勿論、ジェディンたちも力を貸す気でいる。
「アタイたちも協力するっす! そのネクロモートってのがどんな兵器かは知らないけど、アタイとジェディンがいれば勝てるっすよ! ……たぶん」
「多分、ではない。必ず勝つ、だイレーナ。それくらいの気概を持たなければ、勝てる戦いも勝てなくなるぞ。戦争とはそういうものだ」
「二人とも、協力の表明感謝する。……それにしても、総指揮官はヘカテリームか。アンブロシアやマーヤよりはマシとはいえ、手強い相手だな」
ジェディンとイレーナに感謝の言葉を述べつつ、メイナードはそう呟く。スパイ活動により、アンブロシアが双子大地に渡ったのは確認済み。
もっとも、彼女が己のオリジナルであるアンネローゼから彼氏を寝取るためにカルゥ=オルセナに渡ったことなど知るよしもないが。
「そのヘカテリームやアンブロシアとは、どんな魔女たちなのだ?」
「アンブロシアは『屍纏』の異名を持つネクロマンサー型の魔女だな。奴はメルナリッソスのどこかに隠された、カタコンベという地下墓地を根城にしている厄介な敵だ」
「ち、地下墓地っすかぁ……アゼルさんみたいな人なんすかね、その人」
「そのアゼルって人のことは知らないからなんとも言えないが、アンブロシアはかなり手強いぞ。カタコンベにいる間、奴は正真正銘の不老不死になる。外に引きずりだせない限り、こちらの勝ち目はゼロだ」
「そんな強敵が今イゼルヴィアにいない、というのはかなりのアドバンテージになるわけだ。……で、もう一人の方は?」
アンブロシアについて聞いたジェディンは、彼女がオルセナに渡ってくれたことを心から感謝していた。実際、アンブロシアとヘカテリームの行動が逆であったら、彼らは全滅することになっていた。
……のだが、この時点ではまだ誰もそのことを知らない。運命のいたずらに、彼らは命を救われたのだ。もっとも、ヘカテリームも相応の強敵なのだが。
「ヘカテリームは『太陽』の異名を持つ魔女だ。その名の通り、太陽の如き灼熱の炎を操る、スタンダードなタイプの強敵だ」
「どっちみち、苦戦することに変わりないってことじゃないっすか!」
「それはそうよ、じゃなきゃ今頃ソサエティは滅びてるわ。……まあ、ヘカテリームは『もう一つの魔法』の方が厄介なんだけどね」
「もう一つの魔法? なんだそれは」
「ヘカテリームはね、太陽を通して世界の時を『固定』することが出来るのよ。簡単に言うと、今日という日が永遠に続くように出来るの」
さらっととんでもないことを口走るシゼル。ジェディンとイレーナは驚くが、他の魔女たちは平然としている。
彼女らにとっては、周知の事実を語られただけなのだから特に驚く必要がないのだ。だからこそ、今回の全面戦争に勝てるかを心配しているのだが。
「ど、どういうことっすかそれは!? 時を固定するって、そんなインチキみたいなこと出来るなんてにわかには信じられないっす!」
「まあ、無理もないさ。だが、戦争が始まれば嫌でも理解することになる。天頂に昇ったまま、落ちることのない太陽を見ていればな」
「ううむ……そうは言うが、時を固定する意味が分からん。そんなことをする必要があるのか?」
以前体験したことがあるようで、メイナードはそう語る。そんな彼女に、ジェディンが疑問を呈する。わざわざ時をある時点で固定することに、何の意味があるのかと。
「奴が時を止めると、その時点で世界が『保存』される。時の固定を解除すると、実時間で何日経っていようが……『保存』された時点まで世界が巻き戻されるんだよ」
「なに……!?」
「???????」
メイナードの説明を受け、ジェディンは敵の能力の恐ろしさに気付いたようだ……が、イレーナの方はまるで理解出来なかったらしい。
渋い顔をして首を傾げている彼女に、メイナードはさらに分かりやすく解説を行う。
「つまりだな……例えば、ここ美味しいケーキがあるとする。ケーキがある状態で時を固定し、世界を『保存』したと仮定しよう」
「うんうん」
「その状態でケーキを食べてから、時の固定を解除すると……ケーキを食べる前の世界に巻き戻されるんだよ」
「えっ、てことはケーキ食べ放題ってことじゃないっすか!」
「ああ、そうだ。この例えのシチュエーションを戦争に変えてみよう。味方の軍団が万全な状態で世界を『保存』した後、味方陣営が負けそうになっても……」
「あ! 時の固定を解除すれば、全部なかったことにしてやり直せる……」
「そうだ。自分の望む結果を得られるまで、何度でも世界を『やり直せる』んだよ。それが、ヘカテリームの持つ厄介極まりない固有魔法なのさ」
ようやく敵の恐ろしさを理解したイレーナは、その場で固まってしまう。例え敵の軍団を壊滅させて勝利したとしても、世界を巻き戻されてしまえば勝ち目はゼロ。
絶対無敵の力を前に、勝機は無いと思われたが……付け入る隙はあると、メイナードが語る。
「私たちは長年、スパイを送り込んでルナ・ソサエティが行ってきた魔法実験のデータを盗み出してきた。その結果、ヘカテリームも万能ではないことが判明してね」
「時の固定は、そう何度も連続して使える魔法ではないことが分かったの。連続で使えるのは、三回程度が限度。それ以上は多大な負荷で身体が持たないらしいの」
「それに、時を固定している間はヘカテリーム自身は攻撃に参加出来ないのよ。ま、今回はネクロモートって厄介な連中がいるから、楽観視は出来ないけど」
メイナード、シゼル、トリンの説明を受けてジェディンは考える。今回の全面戦争を乗り切るには、計四回ネクロモート軍団の猛攻を耐え、殲滅せねばならない。
その上で、凄まじい破壊力を持つ灼熱の魔法を用いるヘカテリーム自身を仕留める必要があるのだ。決して不可能ではない、が。
限りなく不可能に近いミッションであることに変わりはなく、冷や汗が流れるのを感じていた。
「……フィルたちを呼びたいところだが、アンブロシアという魔女の相手をするので手一杯だろうな。援軍には期待出来ない、か」
「世界を渡れば、カタコンベとの繋がりが断たれる。それでも、アンブロシアは一筋縄ではいかない相手だ。私たちも、最後に戦う七栄冠だと仮定して討伐準備を進めていたからね」
アンブロシアがいなくなったことだけが、レジスタンスにとって嬉しい誤算だった。彼女がカタコンベに引きこもり、アンデッド軍団を差し向けてきたら。
いとも容易く、レジスタンスは壊滅させられてしまうだろう。それだけの強敵が、自分からイゼルヴィアを去ってくれたのだ。
今こそが全面戦争でルナ・ソサエティを叩くチャンスだと、総裁以下全ての魔女が考えていた。
「天文台に魔女を派遣し、太陽をチェックさせろ。動きが止まったら、もうタイムアウトだ。そうなる前に、早急に準備を済ませる」
「ハッ、かしこまりました!」
ルナ・ソサエティとの決戦に備え、迅速に準備を行うシゼルたち。一抹の不安を抱きながらも、イレーナたちは彼女らを手伝う。
そんなレジスタンスたちを、太陽が見下ろしていた。




