209話─救済
「ん……頭痛も消えたわね。これでまた戦える」
記憶の海から帰還したアンネローゼは、木から飛び降りる。そこに、彼女を探していたアンブロシアが姿を現す。
「見つけた。もう逃がさないわよ、ここで仕留めてやる……なによ、その哀れむような目は」
「……アンタ、苦労してたのね。あんな過去があったなんて知らなかった」
「同情なんてしないでくれる? 家族に、友人に囲まれて幸せを謳歌していたあんただけには! 絶対に同情なんてされたくないの!」
「そう。でも、これだけは言わせてもらう。私と交渉しない?」
「交渉ですって?」
己の過去を知り、同情してくるアンネローゼに怒りを燃やすアンブロシア。そんな彼女に、とある話が持ちかけられた。それは……。
「アンタ、私と一つになりなさい。魂を融合させて、私の中でアンタは生きるの。そうすれば、お互い一緒にフィルくんの恋人になれるでしょ?」
「ハッ、何を言い出すかと思えば。お断りよ、そんなのは。逆ならともかく、なんでアタシがあんたに取り込まれなきゃいけないわけ? そんな屈辱を受け入れるくらいなら、消滅した方がマシよ!」
「……本当にそれでいいの? これは私からアンタにしてあげられる、最大の温情なんだけど」
「いらないわよそんなもの。そういう態度が一番気に入らないってのが分からない? オリジナルだからって、運命変異体を好きに玩べるなんて傲慢な考えを持たないでもらえるかしら」
アンネローゼとしては、相手を救済してあげたいという親切心からの提案だったのだが……それが逆に、アンブロシアの逆鱗に触れた。
一層敵意を強め、オリジナルからの提案を蹴る。もう話は聞かないとばかりに斧を掲げ、赤熱させて周囲の気温を上げていく。
「その傲慢さの代償、命で支払わせてやるわ! ここで死ね、アンネローゼ! アタシは生きて! 生き抜いて! ほしいものを全て手に入れる!」
「……そう。なら、私はもう容赦しない。アンタを倒して、フィルくんを取り戻す! 青き薔薇よ、輝け! ウォーター・ウォール!」
「ムダよ、そんなものあんたごと蒸発させてやる! ヒートエンド・プローヴァー!」
アンネローゼは盾を呼び出し、分厚い水の壁を作り出して攻撃に備える。それを突破するべく、アンブロシアは斧を地面に叩き付けた。
全てを燃やし尽くす炎が放たれ、水の壁を蒸発させていく。水蒸気によって視界が遮られる中、アンブロシアは前方を注視する。
「ハァァァァァ!!!」
「生きてたわね、やっぱり。この程度で死なれちゃ、肩透かしもいいとこだしね! デッドフェイルドライブ!」
「負けない! ホロウストラッシュ!」
水にぶつかって勢いが弱まった炎を無理矢理突破したアンネローゼは、そのまま敵と激しい白兵戦を繰り広げる。
槍と斧が乱舞し、けたたましい金属音が森の中に響き渡る。強い憎しみを滾らせ、アンブロシアは血走った目を見開く。
「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇ!!! あんたさえ、あんたさえ倒せば! アタシは全てを得て幸せになれるんだ!」
「それは無理よ、アンブロシア。例え私を倒せても、アンタには一つだけ……絶対手に入れられないものがある」
「なによ? 何が手に入らないっていうの? アタシは魔女よ? 欲しいものは何でも手に入る! 一体何が」
「フィルくんの『心』よ。私が死んでも、彼がアンタを愛することはない。だって、フィルくんが愛してるのは私だもの」
激しい攻撃の応酬でお互い傷付いていく中、アンネローゼはそう口にする。歯が砕けてしまうほどに食いしばり、激昂するアンブロシア。
「黙れ! そんなことはないわ、アタシが勝てば! 彼の愛はアタシに向く! だって、アタシはあんたなんだから!」
「う……くあっ!」
「あっはははは!! 無様ね、槍を叩き斬られてもう戦えないでしょ! このままトドメを刺して……ん?」
怒りのままに振るった斧で、アンネローゼが操る槍を両断したアンブロシア。そのまま相手を蹴り飛ばして、木に叩き付ける。
あえて斧の柄で何度も殴り、いたぶって殺そうとしていると……雪を踏み締め、歩いてくる音が近付いてきた。足音の主は……。
「ここに、いた……見つけた! アンネ様!」
「フィルくん!? 嘘、どうやってあの家から脱出したの!? 結界を施してあったのに!」
「窓ガラスの部分が、ほんのちょっとだけ結界が薄くなってましたからね。体当たりを繰り返して、無理矢理突破してきましたよ」
ログハウスを脱出したフィルが、激しい戦闘音を頼りにアンネローゼの元へやって来たのだ。本当に無理矢理窓を破壊してきたようで、左肩は血塗れだった。
ガラス片を抜くのも惜しいと、急いでやって来たのだろう。その健気さと必死さに、アンネローゼは戦闘中であることも忘れフィルに駆け寄る。
「フィルくん! 私のためにこんな、ボロボロになって……ごめんね、私がもっと早く助けに行けてればこんな怪我させずに済んだのに」
「いいんです、アンネ様。肩は怪我しましたけど、それ以外は無事ですから。何故か分かりませんけど、アンデッドたちもいなくなってましたし」
生き残っているアンデッドたちは現在、クラヴリン抹殺に総動員されている。そのため、フィルは襲われることなく恋人の元にたどり着けた。
愛しい少年を抱き締めるアンネローゼと、彼女を片腕で抱き締め返すフィル。彼らを見て、アンブロシアは悟った。
「……あ、ははは。こんなの、こんなの見せ付けられたら……もう、勝ち目なんか無いって……嫌でも、思い知らされちゃうじゃない」
先ほどのアンネローゼの言葉は真実だと。仮に自分が勝ち、アンネローゼに成り代わっても。フィルは自分を愛してはくれない。
一方的に向けられる愛を拒絶して心の殻に引きこもるか、アンネローゼを追って自害するだろう。それを理解し、戦意は完全に消えた。
「……負けよ。アタシの、負け。結局、アタシは……本当に欲しいものは、一つも手に入らないのね」
「アンブロシア……」
斧が手から離れ、地面に落ちる。先ほどまで燃え盛っていた炎は、もう見る影もないほどに消えてしまっていた。
大粒の涙を流す運命変異体を見つめ、口を開こうとするアンネローゼ。直後、アンブロシアは手を前に突き出して制止する。
「やめて。さっきも言ったでしょ、アタシはあんたと融合するつもりなんてない! もう、終わらせるわ。こんな人生、今ここで!」
「待って! 違うわ、今別の案を閃いたの! だから話を聞いて!」
「離して、離してよ! アタシを死なせ……もがっ!」
舌を噛み切って自害しようとするアンブロシアの口に翼を突っ込み、強引に止めるアンネローゼ。その状態のまま、フィルに問う。
「ねえ、フィルくん。並行世界には無限の可能性が存在しているのよね?」
「え? ええ、そうですけど……」
「だったら、さ。アンブロシアを愛してくれるフィルくんがいる世界もあるはずじゃない?」
「!?」
「あ、そうか! 確かに、あり得ますね。そんな僕がいても不思議ではありません」
アンネローゼが新たに閃いた案。それは、別の並行世界にいるかもしれない、可能性を探すこと。オリジナルのフィルは、誰にも渡せない。
だが、かつてフィルに恋をしていたエアリアがそうしたように。アンブロシアも並行世界のフィルと結ばれれば、幸せになれると考えたのだ。
「ほら、エアリアって娘がいたでしょ? 彼女みたいにさ、別の世界のフィルくんを彼女に紹介するのよ。出来る? フィルくん」
「今探してますよ、ところで……そろそろ羽根、抜いてあげません? 窒息しちゃいますよ、あの人」
「あ、ヤバっ!」
「う、ぷはっ! し、死ぬかと思った……」
ウォーカーの力を使って、条件に合う自分を探すフィル。彼に指摘され、アンネローゼは慌ててアンブロシアの口から翼を引っこ抜く。
予想外の提案で頭が冷めたアンブロシアは、おずおずと問う。不倶戴天の敵である自分に、そんな救いを与えていいのかと。
「もし私が、アンタと逆の立場だったら……。きっと私も、同じように行動してたと思う。それに、なんだかんだ言ってアンタはもう一人の私なのよ? 救ってあげられるんならさ、そうしてあげたいじゃない」
「アンネ、ローゼ……。バカね、アタシはあんたから恋人を奪おうとしたのに。とんだお人好しよ、あんた」
「! 条件適合、一件ヒット! しかも、ウォーカーの力を持たない個体のようです。これなら、僕と対面しても対消滅はしません。アンネ様、すぐこちらに呼びますね」
「ホントにいたんだ……よかった、これでいなかったらこっ恥ずかしくて私が舌噛むとこだったわよ」
アンブロシアが涙を流して崩れ落ちる中、フィルが希望に満ちた声をあげる。二人のアンネローゼの戦いは、当初彼女たちが思い描いていたものとは違う決着の仕方をしようとしていた。




