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208話─アンブロシアの記憶

 頭の痛みで気を失ったアンネローゼは、記憶の海を漂っていた。最初に見えたのは、アンブロシアが産まれた場面だった。


 布にくるまれて眠る赤ん坊のアンブロシアを、一人の女性が抱いている。その隣に立つ、夫と思わしき男性ともども、右頬に炎のマークの烙印が押されていた。


『……無事産まれたわね、あなた。この子は……アンブロシアは、幸せな人生を生きられるかしら』


『昔と違って、解放奴隷への風当たりは緩くなったが……。今もまだ、差別は横行してる。それでも、俺たちの手で出来る限りこの子を幸せにしてやろう。それが親の務めだから』


『ええ、そうね。この子には……私たちのような苦しみは味わってほしくない。神よ、どうかアンブロシアに祝福を与えたまえ……』


 アンブロシアは、解放奴隷の子として生を受けた。主人を助けた功績を讃えられて平民の地位を得たり、多額の金で自分を買うことで奴隷は自由を得られる。


 アンブロシアの父と母は、幸運にも前者の方法で奴隷から平民となることが出来た。しかし……そうした解放奴隷は、通常の平民との区別のため烙印を押される。


 決して消えない、隠すことが許されない奴隷だった証を。故に、解放奴隷たちは差別され、形見の狭い思いをして生きねばならない。……魔女にならぬ限りは。


『あ、かいほうどれいのいえのやつがきた!』


『ここにおまえのいばしょなんてないぞ! かいほうどれいのこはごみすてばであそんでろよ』


『そんなこといわないで……おねがい、あたしのおともだちになって?』


『やだよ、おかーちゃんいってたもん。かいほうどれいとつきあっちゃいけませんって。さっさとかえれよ、じゃないといしをなげるぞ!』


 場面が変わり、アンブロシアが七歳の頃の記憶が映し出される。解放奴隷の子であるアンブロシアは、いつもひとりぼっちだった。


 いわれなき悪意に晒され、一人も友を得られず……友達が欲しくて公園に行っては、追い返されて泣きながら家に帰る日々を送っていた。


(アイツ……こんな過去があったのね。私とは、正反対……この頃の私は、友達に囲まれていたっけ……)


 己の運命変異体の過去を知り、アンネローゼは記憶の海をたゆたいながらぼんやりと思考する。侯爵家の令嬢として生まれ、誰からも愛されて育った自分。


 それとは対照的に、両親以外から愛してもらえず、悪意に晒され生きてきたアンブロシア。その生い立ちに、哀れみの感情を抱くアンネローゼ。


 そんな中、またしても場面が変わり……十八歳ほどに成長したアンブロシアが、魔女適性の検査を受けている場面が現れる。


『おめでとう、アンブロシアさん。あなたには魔女の才能があるわ。あなたが望むなら、すぐにでもルナ・ソサエティへの加入手続きが出来るけど。どうする?』


『ありがとうございます! まずは両親に報告してから、明日改めて手続きをします』


『そう、分かったわ。じゃあ、また明日この会場に来てね。その時に登録をするから』


『はい!』


 友を得られず、鬱屈した人生を送ってきたアンブロシア。そんな彼女に、一発逆転のチャンスが巡ってきた。


 ソサエティ所属の魔女になれば、特権を得て差別から解放される。帰宅した彼女は、両親に嬉々としてそのことを伝える。


『そうか、アンが魔女に……。おめでとう、お前は私たちの誇りだよ』


『今日はお祝いをしないとね。アンの好きなものいっぱい作るから、楽しみにしててね』


『うん! ありがとう、お父さん、お母さん!』


 どん底だった人生で得た、幸せな一時。だが……それもすぐ、理不尽に奪われてしまう。翌日、手続きを終えて帰宅したアンブロシアが見たのは……。


 炎に包まれ、燃え盛る我が家だった。十人近い野次馬が集まり騒いでいる中、アンブロシアは呆然としながら炎を見つめている。


『う、そ……。なんで、どうして』


『なんでって? 決まってるじゃない。あんたみたいな解放奴隷の子が、普通の平民である私たちを差し置いて魔女に選ばれたからよ』


 呟きを漏らすアンブロシアの元に、数人の少女が近付く。彼女らも先日、魔女適性の検査を受けていた。適性無しと判断された彼女らは、嫉妬したのだ。


 自分たちを差し置いて魔女に選ばれたアンブロシアを。だから、彼女から奪うことを決めた。帰る場所も、家族も。可能ならば、彼女自身の命も。


『あんたが悪いのよ? 身の程をわきまえずに魔女になるから。だからこうなったの』


『そうそう。解放奴隷の子に相応しく、惨めに日陰で生きてりゃ良かったのよ。アッハハハハ!!』


『あ、逃げようったってムダよ? ここにいるのはみーんな私たちの仲間だから。次はあんたが絶望しながら死ぬ番よ』


 集まっている野次馬は、皆彼女たちの仲間。アンブロシアをなぶり殺しにすることに賛同した、生粋の屑揃い。


 耳障りな笑い声を聞いていたアンブロシアの中で、何かが壊れた。気が付いた時には……家に火を付けた少女たちも、仲間の野次馬も。


 全員がアンデッドに変わり、苦しげな呻き声を漏らしていた。返り血にまみれた手と、身体に満ちる魔力に気付きアンブロシアは悟った。


『ああ……そっか。アタシが、こいつらを殺したんだ。そして、アンデッドに変えた。これが……アタシの力なのね。ふふ、ふふふふふ』


 涙を流しながら、アンブロシアは壊れたように笑い続ける。しばらくそうしているうちに、異変に気付いたソサエティの魔女たちが駆け付ける。


 拘束されたアンブロシアはソサエティ本部に運ばれて、取り調べを受けることに。二時間に及ぶ取り調べの結果、彼女に下された沙汰は……。


『こんにちは、アンブロシアさん。私はマーヤ、このルナ・ソサエティを運営する最高幹部……月輪七栄冠のリーダーです』


『そう……興味ないわ。どうせアタシは死刑になるんでしょ? いいわ、殺してよ。お父さんとお母さんのところに逝けるなら……』


『いいえ。あなたは死刑になりません。あなたの作り出したアンデッドたちの記憶を見た結果、今回の件は不問に処すことにしました』


『え……』


 どうせ死刑になるだろう、自分は解放奴隷の子だから。そう決めつけていたアンブロシアは、取り調べ室に現れた老婆の言葉に驚く。


 続けてマーヤの放った言葉に、彼女はさらに驚愕することになる。マーヤはこう告げたのだ。アンブロシアを月輪七栄冠に迎え入れる、と。


『あなたの持つアンデッド生成の魔法は、これまでに存在したどのネクロマンサーをも凌ぐ強大なもの。生前の記憶と人格を完璧に保持しているアンデッドを生み出せる者など、この大地にはいません』


『……だから、アタシを生かすの? やめてよ、アタシは死にたいの。ひとりぼっちなのよ、アタシは。お父さんもお母さんも死んで、友達はいない。そんな人生を生きるなんて、まっぴらごめんよ!』


『確かに、今のあなたは全てを失いました。ですが、これからは違う。魔女の特権で、あなたは望むもの全てを手に入れられる。富も栄誉も、友も。恋人も欲望のままに』


『……恋人』


 マーヤの言葉に、うつむいていたアンブロシアは顔を上げる。天涯孤独の身となった彼女は、温もりを求めていた。


 大切な家族を失った空虚な心を埋めてくれる、人の温もりを。そんな彼女にとって、マーヤの言葉はとても魅力的に聞こえた。


『……そうね。月輪七栄冠になれば、何でも思うがままに出来る。いいわ、アタシはあんたの仲間になる。この傷を埋めるための愛を手に入れるために!』


『それでいいのです。いつの日か、あなたが真に愛せる者が現れるでしょう。その時、躊躇も容赦もしてはなりません。欲しいものは手に入れなさい。どんな手段を使っても』


『そうするわ。決めたわ、アタシは必ず手に入れてみせる。これまでの空虚な人生を全部帳消しにしてくれるような、素敵な恋人を。そのためなら……どんな汚い手でも使う。それ以外に、アタシに生きる意味なんてないから』


 拳を握り、アンブロシアは誓った。それから三十年の時が流れ……彼女はついに見つけ出した。基底時間軸世界を生きるフィルを。


 彼に寄り添う己のオリジナル個体である……アンネローゼを。そして、今この瞬間に繋がるのだ。


(アイツがこんな過酷な人生を歩んでたなんて……。でも、それでも。私はフィルくんを渡さない。私だって、彼が大好きだから!)


 もう一人の自分の半生を哀れむアンネローゼ。しかし、だからといってフィルを渡すつもりはなかった。むしろ、彼女は別のことを決意していた。それは……。


「……アンブロシア。私は思い付いたわ。アンタと私、二人の望みを叶える方法を。アンタの苦しみも、この争奪戦も。全部終わらせる……これ以上、フィルくんを待たせられないから」


 そう呟き、記憶の海を力強く泳ぎ浮上していく。戦いに決着をつけるために。アンネローゼは意識を覚醒させる。


「待っていなさい、もう一人の私! この不毛な戦いを、ここで終わらせるから!」


 決意を胸に、彼女は現実へと帰還した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 奴隷時代の弊害として無くは無い事件だな(ʘᗩʘ’) 親愛はあったが奪われ、他者からの不変の誓いに基づいた永遠の愛を欲したか(↼_↼) しかしどう決着つける気だ(?・・) ま、まさかアンネお…
[一言] ……気が変わった。アンブロシアをひと思いで仕留めろ
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