207話─乙女同士の決戦
二人の戦乙女の戦いが始まった頃、魔法陣によって拉致されたクラヴリンは森の北西部にある隔離空間に飛ばされていた。
そこは屍魔法によって森を開墾して作られた、アンデッドたちを生み出す大規模な畑があるエリア。当然そこには、大量の骸がうごめいている。
「やれやれ、面倒な場所に飛ばされてしまったものだな。下手に動いて体力を消耗するのも面倒だ。アンネローゼが救助に来るまで待っていた方がいいな」
畑のど真ん中に陣取り、クラヴリンは鎧を変形させて高さ四メートルほどの城塞にして篭城していた。彼を含むチェスナイツ全員が持つ、セーフティ機能だ。
屋外で何日も過ごさなければならなくなった時に用いる、快適な野営をするためにヴァルツァイト・ボーグが組み込んだものである。
「この機能を使うのも久しぶりだな。以前使ったのはいつだったか……。プランバン城を攻めたときどき依頼か? あの時は落城させるのに一月も要したな……」
空間拡張の魔法によって鎧の内部に生成された、生活スペースとなるリビングでのんびりしながらクラヴリンは独り言を呟く。
畑からは無限にアンデッドが湧き出しており、戦っても数の差でジリジリ追い詰められて負けてしまうのが目に見えていた。
ムダなことをするくらいなら、のんびりくつろぎつつ救援を待っていた方が心身のコンディション維持に良い。クラヴリンはそう考えたのだ。
「ふう、コーヒーが美味いな。自分で淹れたのは久しぶりだが、意外と腕はにぶ……ん、来たか。復活したネクロヒューマンどもめ、この鎧を破壊するつもりだな」
ソファに座り、コーヒーを飲んでくつろいでいたその時。リビングの壁に、鎧城塞の外側の光景が映し出される。
これまで倒された四人のネクロヒューマンたちが畑から姿を現し、クラヴリンが籠城している鎧へと近付いてきているのだ。
『なんだこれは。この中に敵が隠れているのか? ずいぶんと大がかりなことをするな』
『そーみたいっすねー。中がどうなってるのか知らないけど、これに籠もって仲間が来るのを待ってるみたいっす』
「まさか本当に畑からアンデッドが採れるとはな……。こんな厄介な能力の持ち主、生かしておくのは危険過ぎる。アンネローゼ、上手く滅してくれよ」
鎧のすぐ側でネクロディーンとネクロレーナが会話しているのをモニター越しに見ながら、クラヴリンはそう呟く。
城塞モードになった鎧は強度が増しており、そう簡単に破壊されることはない。が、だからといって一方的に攻撃されるつもりはない。
『これあんまかーいくないし、ぶっ壊しちゃおうよ。そしたら中の奴はもう何も出来なくなるよ?』
『そうだな。では、それがしが……ぐおっ!』
ネクロボロムが大砲を構え、砲撃しようとした瞬間。クラヴリンが指を鳴らすのと同時に、迎撃兵器が起動する。
城壁の一部がスライドし、そこから槍が射出されてネクロボロムを吹き飛ばす。役目を終えた槍は、また内部に格納された。
『ボロム! おい、大丈夫か!?』
『ふえー、なんかすんごいのが飛び出してきたっすねぇ。先走らないでよかったー』
「フン、こちらが指を咥えて見ているだけだとでも思ったか? 外に出なくても、お前たちを制圧するだけの芸当は可能だ」
驚いているネクロヒューマンズを見てほくそ笑みなから、クラヴリンは目の前にある机に手を伸ばす。机の上に置いてある、灰皿に偽装したコンソールを操作する。
『オート迎撃モード、起動』
『オート修復機能、オンライン』
「これでよし、と。後は早急にアンネローゼが助けに来てくれるのを待つだけだ。この城塞が破られるのが先か、アンデッドどもが無力化されるのが先か……願わくば、後者の展開になってほしいものだがな」
ネクロヒューマンズの号令によって集まってくるアンデッドたちをモニター越しに見ながら、クラヴリンはそう呟く。
多種多様な迎撃兵器を内蔵しているとはいえ、数の暴力で攻められれば長時間は保たない。かといってクラヴリン自身が攻め入っても、戦力の差は覆らないだろう。
「待っているぞ、アンネローゼ。お前が勝利する瞬間をな」
モニターを見ながら、クラヴリンは緊迫した声でそう呟いた。
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「っらぁ! 死にさらせこの偽者ォ!」
「っさいわね! 死ぬのはあんたよ! 臓物ブチ撒けて惨めにくたばれっ!」
一方のアンネローゼたちは、激しい戦いを繰り広げていた。槍と斧がぶつかる度に、強い熱を帯びた風が周囲を破壊する。
戦場となった場所の木々は全て炭化し、積もっていた雪は全て溶けて土と混ざり、泥と化していた。当然アンデッドなど、とっくに全滅している。
「チッ、オリジナルだけあってしぶといわね……。その目障りな槍、叩き折ってやる! ヒートシェイブラッシャー!」
「そう簡単にやられないわよ! メテオドリルライナー!」
赤熱する斧と、穂先が高速回転する槍がぶつかり合う。両者ともに一歩も退かず、相手を打ち負かしてやろうと武器を持つ腕に力がこもる。
「ぬうううう……!」
「こんのおおおおおお……!!」
歯を食いしばり、凄まじいオーラを放ちながらつばぜり合う二人。五分以上に渡って行われた押し合いだったが、それも終わる時が来た。
「私は……負けない! 絶対にフィルくんを取り戻してみせる! はあっ!」
「な……きゃあっ!」
押し勝ったのは、アンネローゼの方だった。アンブロシアが吹き飛び、地面に叩き付けられる。相手が起き上がる前に素早く接近し、首筋に穂先を押し当てる。
「どう? 勝ったのは私よ。残念だったわね、このまま動脈をスッパリやらせてもらうわ」
「くっ……。いいわ、やりなさいよ。ほら、勢いよくスパッといきなさい」
アンブロシアは槍の柄を掴み、不敵な笑みを浮かべながらそう口にする。アンネローゼが言われた通りにしようとした、その瞬間。
彼女の頭の中に、何かが流れ込んでくる。それは、アンブロシアの記憶。生まれてからこれまでの、彼女がどう生きたかの軌跡。
「ただし、その前に……あんたにアタシの苦しみを味わわせてやる!」
「ぐう、ああっ! なによ、これ……頭が、割れるように痛い……!」
「ずいぶん苦しそうね。ま、それもそのはずよ。アタシの記憶をダイレクトに叩き込まれてるんだもの、ねぇ!」
アンネローゼが苦しんでいる隙を突き、アンブロシアは槍をはね除ける。彼女が起き上がるのが、アンネローゼの目にはスローモーションで見えた。
「はあっ!」
「くっ、このっ!」
斧による一撃をどうにか防いたが、とても戦える状態ではない。頭の痛みが治まるまで、アンネローゼは一時退却することを決めた。
「ていやあっ!」
「わぷっ! こいつ、泥を……チッ、見失っちゃったわ。まあいいか、すぐに見つけられるわ。どこに行こうともムダ、すぐに探し出してやる」
泥を跳ね上げて視界を奪い、アンブロシアが怯んだ隙を突いて森の奥へと逃げ込むアンネローゼ。木の上に逃れ、荒い息を吐く。
「危なかった……こんな状態じゃ、とてもじゃないけど戦えない。くっ、意識が……アイツの記憶に、呑まれ……」
木から落ちないように翼を使い、身体を枝に固定して横になるアンネローゼ。そんな彼女の頭の中を、アンブロシアの記憶が埋め尽くしていく。
意識が遠のいていく中、アンネローゼは追体験することになる。これまでのアンブロシアの人生を。
彼女がどこで生まれ、いかにして魔女になったのか。その全てを、アンネローゼは知ることになる。




