205話─死闘の後始末
死闘の末、ついにネクロディーンを滅したアンネローゼたち。だが、安堵している暇は彼女たちに存在しない。
ネクロヒューマンズの討伐は、最終目的であるフィルの奪還のついででしかないのだ。少し休憩してから先に進もうと、アンネローゼたちが雪原に降りたその瞬間。
「あ、悪いねぇ。ボクのことは忘れてもらわなくちゃいけないんだ~! 君たちに覚えてられると困るんだよねぇ! あはははは!」
歓喜の君は左手をアンネローゼとクラヴリンに向けて、まばゆい光と共に忘却の魔法を放つ。相手の言葉を聞いた直後、アンネローゼの脳裏にある光景がよみがえる。
『作戦変更だ。やはり、君たちには私のことを忘れてもらおう。その方が、のちのちやりやすいだろうからね。ふふふ……』
(なに、これ。やっぱり、私は知ってる。コイツと似た姿をした女のことを。コイツは……コイツらは、一体何者なの!?)
脳裏をよぎったのは、忘れ去っていたはずの憂いの君とのファーストコンタクト。心の中で、アンネローゼは叫ぶ。
お前たちは何者なのか、と。だが、それを声に出す前に……またしても、アンネローゼはクラヴリンともども記憶を消されてしまう。
光が消えると、そこにはもう歓喜の君はいなかった。役目を終え、本体であるベルティレムの元へと帰っていったのだ。
「う……一体、なんだったのかしら。今の光は」
「大方、陽の光が雪原に反射したのだろう。雪が降ったりやんだり、忙しいものだ」
いつの間にか雪が止み、雲の切れ間から陽光が差し込んでいる。記憶を消された二人は、今しがた発生した謎の閃光について話し合う。
が、フィルの奪還をせねばならないことを思い出して再び宙に浮き上がる。急ぎ北へ向かわねばならないのだが……。
「……なにかしら、この違和感。何か、忘れちゃいけないことを忘れてしまっているような……」
「どうした? アンネローゼ。休憩は終わりだ、急がねば大変な事態になるかもしれんぞ」
「それは困るわ! あんなクソアバズレの【ピー】女にフィルくんの【ピー】は渡さないわよ!」
「……少しは言葉を選べ。淑女のする言葉遣いじゃないぞ」
心の片隅に、小さな違和感が残った。この時は、フィル奪還に意識を切り替えたため、すぐにその違和感を気にしなくなったが……。
のちに、この違和感がきっかけでアンネローゼは打ち破ることになる。ベルティレムとその魔魂転写体たちが用いる、記憶操作の魔法を。
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「いい加減しつっこいわね! とっととくたばりなさい! アクスシェイドブーメラン!」
「おっと、危ない危ない。当たったら痛そうだ、なら……静謐のアダージョ」
その頃、アンブロシアとベルティレムの戦いは激しさを増していた。アンブロシアがブン投げた斧を、ベルティレムは五線譜の盾で受け止める。
タクトを振って五線譜を手へと変形させ、そのまま相手に向かって投げ返す。首を落とせればラッキー、程度に思っていたが普通に受け止められてしまった。
「ったく、しぶとさだけは相変わらず一流なんだから。そろそろ死んでくれないと、オリジナルたちが到着しちゃうじゃない」
「君が愛の巣とのたまっているあの家にかい? 安心しなよ、君があそこに戻った時にはちょうど彼女らがくつろいでいるだろうさ。ベストなタイミングで帰れるようにしてあげるよ」
「あんたにとっちゃベストでもね、こっちからしたらサイアクなのよ! こうなりゃ、少し本気を出さなきゃいけないみたいね……」
軽口を叩くベルティレムに苛立ちながら、アンブロシアは斧を頭上に掲げる。その瞬間から、フィルはある違和感を抱く。
(あれ? なんだろう、急にぽかぽかしてきたような……アンブロシアが動き回って、体温が上がってるのを感じたから? ……いや、違う! これは!)
単に激しい運動によって体温が上昇しているだけかと、最初はそう思っていた。が、すぐにそれは間違いだと悟ったフィル。
高々と掲げられた斧から、激しい熱気が放出されているのだ。気温が上がるに従って、地面に張っていた氷や、積もっていた雪が溶けていく。
「……解禁したか。数多の命を死へと還し、己の眷属を増やす切り札を」
「燃やし尽くしてやるわ、あんたの命を。強火で一気に焼かれるか、弱火でじっくり炙られるか……選ばせてあげるわ、好きな方をね」
「私はミディアムがいいな。もちろん、焼かれるのは私自身ではなく……脂の乗った高級なステーキだけどね! 先制させてもらう、情動のアッラルガンド!」
斧の周囲に陽炎が揺らめきはじめる中、ベルティレムが攻撃を仕掛ける。胸を掻きむしるような、ダイナミックな動きでタクトを振るう。
すると、アンブロシアの周囲を取り囲むように無数の五線譜が空中に現れる。そこから、途切れることのない大量の音符が放たれた。
「ほんの少しでも触れたらドカン! さ。君が括り付けている少年は爆風が透過するようにしてあるから、安心して一人で死んでくれたまえ」
「ふぅん、そう来るんだ。でもお生憎様、死ぬのはアタシじゃなくてあんたなのよね! 燃えたぎれ、灼炎のイスタナギオ!」
(あ、熱い! どんどん熱が高まって──!?)
掲げられた斧が赤熱し、凄まじい熱波が全方位へ放たれる。熱は五線譜ごと音符を焼き尽くし、魔力の塵へと変えた。
アンブロシアを中心とした半径二十メートル内の雪や氷は全て蒸発し、岩は赤熱して表面が融解しはじめている。無事なのは、彼女とフィルだけだ。
(な、なんて威力だ……あんなにあった音符が、全部消えちゃった……)
「ベルティレムも吹き飛んだみたいね。聞きたいことがいろいろあったけど、蒸発しちゃったなら仕方な……うぐっ!?」
「勝手に人を殺さないでくれるかい? いやぁ、あぶなかったよ。使わざるを得ない状況に追い込まれたのは初めてさ。この『ウォーカーの力』をね」
前方にいたベルティレムが消えているのを見て、熱波によって塵になったと考えたアンブロシア。が、その直後。
彼女の背中にタクトが突き刺さる。そして、背後から聞こえるベルティレムの声。肘を打ち込んで相手を引き剥がし、後ろを向くアンブロシア。
目の前にある光景を見て、フィルは目を見開き驚愕する。ベルティレムの後ろに、まばゆい輝きを放つ黄金の門が開いていたからだ。
「ウォーカーの、力? あり得ない……カルゥ=イゼルヴィアにいたウォーカーの一族は、遙か昔根絶戦争で滅びたはずよ」
「ああ、確かに滅びたさ。だがね、ただ滅びたわけではない。虎は死して毛皮を残す……一族の最後の一人の死を、私は看取った。その時に託されたのさ、この力をね」
「看取った……? ってことは、あんた三千年も生きて……う、ぐっ!」
「悪いけれど、これ以上ムダ話をするつもりはないよ。仕上げの時間が来たからね」
さらに追求しようとするアンブロシアだったが、背中に突き刺さったままのタクトから流れ込む魔力による痛みで膝を折る。
ベルティレムはタクトを通して魔力を送り込み、アンブロシアを浸食していく。彼女の持つ死の力を弱めるために。
「ぐ、ううあぁぁ……!」
「このまま仕留めてあげたいところだが、それは私の役割じゃあない。君のオリジナルの役目さ。……うん、これでよし。ほんの僅かに残っていたカタコンベとの繋がり、完全に絶たせてもらったよ」
「あん、た……よくも……!」
「最後にフィル少年ともども、記憶を消去して任務完了さ。じゃあね、アンブロシア。君との『遊び』はなかなか楽しかったよ」
「待ちなさ──」
(うっ、まぶしい!)
タクトを手元にテレポートさせて回収した後、ベルティレムは手をアンブロシアとフィルに向けて記憶消去の魔法を放つ。
まばゆい光に呑まれ、またしてもフィルはベルティレムに関する記憶を消されてしまう。光が消えた後、アンブロシアはその場にうずくまる。
「……帰りましょうか、フィルくん。オリジナルを排除しなくちゃね」
少しして、そう呟いてからアンブロシアは立ち上がる。その目には、強い闘志の光が燃えていた。




