201話─二人のアン、それぞれの敵
クラヴリンとネクロレジアの戦いに決着がつき、アンネローゼがログハウスへ向かっている頃。アンブロシアは針葉樹林の先にある荒野に向かっていた。
「この辺りから殺気がしたはずなんだけど。どこにいるのかしらねー」
「……! …………!」
冷たい風が吹き荒ぶ荒れ地を、アンブロシアは一人歩いていく。現在彼女は黒い布を身体の前面に被っており、腹が妊婦のように膨れている。
その部分が時折モゾモゾ動き、声にならない声をあげている。それを気に留めず、アンブロシアは微弱な殺気を追って歩いていく。
「……やあ、来たね。待っていたよ、アン。君がここに来るのをずっと待っていた」
「ようやく見つけたわよ、ベルティレム。あんたが何を企んでるのか、ここで全部暴いてやるわ」
「ふふ、企むだなんてとんでも……ところで、その腹はなんだい? デキ婚でもしたのかな?」
「ふっ、知りたい? なら見せてあげるわ!」
ゴツゴツした岩ばかりが転がる地帯までやって来たところで、ついにベルティレムが姿を現す。互いに睨み合う中、ベルティレムは問う。
その腹はなんだと。対して、アンブロシアは答える。知りたくば見せてやると。大見得を切り、布を引っ剥がすと……。
「むぐ、うあう……」
「……誰? その子」
「決まってるでしょ? 魔法で幼児化したフィルくんよ」
布の下から現れたのは、二歳児程度に若返らされ、おくるみを着せられたフィルだった。紐で手足を大の字に広げた状態で、魔女の身体に前向きで縛られている。
口には竹製の枷を嵌められ、涙目になりながらあぐあぐ呻き声を漏らしている。はっきり言って、そういう『プレイ』にしか見えない。
「……君は何をしているんだい。そんな趣味があったとは……うん、はっきり言ってドン引きしてるよ」
「っさいわね、オリジナルからフィルくんを守りつつあんたを殺しに行くにはこうするしかないじゃない」
「いやね、だからといってなんで身体の前面に括り付けてるんだ。普通におんぶすればいいだろう?」
「ハッ、分かってないわね。こうしとけば──あんたはアタシに、迂闊に攻撃出来ないでしょ?」
素で引いているベルティレムに対し、アンブロシアは底意地の悪い笑みを向ける。直後、フィルを含め彼女の身体が銀色の魔力で覆われる。
魔力は髑髏の意匠が備えられた鎧へと変わり、主を包む。鳥の頭部を模した、不気味な兜を被りアンブロシアは一歩前に進む。
ちなみに、フィルの顔がある部分には覗き穴と呼吸用の小さな穴があるため窒息することはない。
「へえ、なるほど。そう来たか……趣味と実益を兼ね備えたプレイ、ってわけだ」
「プレイって言い方やめてくれる? 意識するとエキサイトしそうになるから」
「……業が深いね。好きな人が出来たとはいえ、倒錯し過ぎじゃないかい?」
心底呆れ返るベルティレムだが、状況は彼女にとって不利な方に傾いている。今ここで、フィルを死なせてしまうわけにはいかない。
彼女の計画において、フィルやアンネローゼは大きな役割がある。ミカボシをよみがえらせ、カルゥ=イゼルヴィアを滅ぼすには彼らが必要なのだ。
「さあ、狩りの時間よ。カタコンベとのリンクが切れてるから全力は出せないけど……あんたをイモムシみたいにするくらいは簡単なのよ?」
そう口にした後、アンブロシアは長い柄を持つ片刃の大斧を呼び出す。Lの字を上下逆さまにしたような刃が取り付けられた、処刑用の大斧だ。
「ふっ、自信満々というわけか。だが、君は一つ間違いを犯した。──その少年がいたところで、私の攻撃を抑止することは出来ないのだよ」
「そうかしらね? あんたのやり口は知ってるわ、同僚だもの。今あんたが狙ってるのは……アタシの背後からこっそり音符を飛ばして不意打ち、ってところかしら」
ベルティレムとのやり取りの後、アンブロシアは振り返ることもせず背後に向かって斧を振る。直後、何かが斬られる音が響く。
アンブロシアの背後に、上下に両断された『♩』の音符があった。ゆっりと降下した後、岩に触れた瞬間崩れて消滅する。
「ほう。私の音符爆弾に気付くとは。色ボケして周囲の警戒を怠っていると思っていたのに」
「いくらなんでも人をコケにしすぎじゃない? さあて、始めましょうか。あんたがどんな理由で記憶を消して回ってるのか……全部解明させてもらうから」
「やってみるといい。……遅ればせながら、私のコンサートへようこそ。観客は二人、異端性癖に染まった愚かで救いようのない魔女と、誑かされた哀れな少年。君たちに、最高の一曲を贈ろう」
「……あんた、前から思ってたけどさ。性格さいっっっっっっこうに悪いわね!」
「ありがとう。よく言われるよ」
「褒めてないわぁぁぁ!!!」
「~~~~~!?」
光のタクトを呼び出し、空中に無数の五線譜と音符を浮かべるベルティレム。芝居がかった仕草と口調で口上を述べ、アンブロシアをコケにする。
キレたアンブロシアは、勢いよくベルティレムめがけて飛びかかる。そのせいでフィルが声にならない悲鳴をあげたが、彼女は気付かない。
「まずは利き腕からぶった斬ってやる! この『死纏斧ナーザヘイト』のサビにしてやるわ!」
「おっと、危ない危ない。そんなに動いていいのかな? お腹の子が呻いているよ?」
「大丈夫、適宜回復魔法で癒やすから」
振り下ろされた大斧をタクトで受け止め、弾き返すベルティレム。 たたらを踏んだアンブロシアだが、すぐに体勢を立て直して攻め込む。
二度、三度と攻撃を撃ち込んで相手を後退させていく。そんな中、鎧とアンブロシアの腹に挟まれたフィルは目を回していた。
(ううう、視界がぐわんぐわんする! アンネ様、早く助けて! ……動きすぎて、吐くかも)
アグレッシブに動き回るアンブロシアに振り回されて、フィルは酔ってしまう。幸い、口枷のおかげで吐かずには済んでいるが……。
「さあ、序曲を奏でよう! 飛べ、我が旋律よ! 序曲・蠱惑の律動!」
ベルティレムがタクトを振ると、彼女の側に浮かんでいた五線譜から音符が四つ剥がれ落ちる。それらは赤とオレンジの光を交互に放ちながら、アンブロシアへと飛んでいく。
「ふん、アタシを惑わそうってわけ? お生憎様、こんな搦め手は効かないの! アクスサイクロン!」
「ふふ、果たしてそうかな。まだ攻撃は終わっていないのさ!」
音符はアンブロシアを囲み、彼女の前に虚像のベルティレムを作り出す。斧による回転斬りを放ち、虚像ごと音符を叩き斬る。
その瞬間、ベルティレムが叫ぶ。すると、両断された音符が集まり、融合する。そのままアンブロシアにぶつかり、小さな爆発を起こす。
「あいった! くっ、よくも人の背中を!」
「今日は徹底的に後ろから攻めてあげるよ。彼にはまだ生きていてもらわないと困るからね」
「……ふん、まあいいわ。わざわざ攻撃する方向を宣言してくれたんだもの。全部無力化してやるわ、覚悟しなさい!」
背中に攻撃を食らったアンブロシアは、ベルティレムに対して斧を向ける。二人の魔女の戦いが、始まりの時を迎えた。
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「おんどりゃあああああ!! 邪魔よこのアンデッドどもが! 聖なる力を持つ私に勝てるわけないでしょうがぁぁぁぁぁ!!」
「ケカカー!?」
その頃、アンネローゼはアンデッドの軍団にお出迎えされていた。スケルトンにゾンビ、フレッシュゴーレム……。
多種多様なアンデッドに道を阻まれ、足止めを食らっている。苛立ち爆発アンネちゃん状態になりながらも、槍を振るう。
「オラッ! ローズガーディアンの力で浄化してやる! 一匹残らず塵になりなさい!」
「アアアアァー……!!!」
アゼルから託された封魂の指輪と、自身の武装の一つである盾から放たれる聖なる力。二つの合わせ技により、アンデッドたちは大きく弱体化していた。
盾に描かれた白い薔薇の力で塵になっていく犬型のゾンビの群れを見て、他のアンデッドたちは尻込みしている。
彼らは本能で理解しているのだ。アレに触れたら滅びるということを。ゆえに、アンネローゼから離れ尻込みしていた。
「もう来ないわけ? なら通してくれるかしら、私ここで止まってわけに」
「……待て。お前の相手はおれがする。ここから先には進ませんぞ」
「! こりゃ驚いた、次はジェディンの偽者が出てくるってわけ? まあいいわ、邪魔するなら消すだけだもんね」
アンデッドの群れをかき分け、一人の男が姿を見せる。ジェディンと瓜二つの顔をした、玉虫色の鎧を着た男はアンネローゼの前に立ちはだかる。
「我が名はネクロディーン。お前はここで死ぬことになる。覚悟しろ」
「やだ。その言葉、そっくりそのままお返ししてあげる。仲間の顔した偽者だからって、容赦はしないから」
そう言いながら、アンネローゼは槍を構える。こちらでも、戦いが始まろうとしていた。




