199話─雪中より襲う者
「ううう、よくも騙してくれましたね……!」
「悪いわねぇ、オリジナルがもう来てるのよ。到着される前にオトしとかないと、妨害されちゃうじゃない? さ、ベッドに行きましょうか……」
わきわきと手を動かしながら、アンブロシアはフィルへとにじり寄っていく。食事に混入された薬のせいで思うように身体が動かず、フィルは焦る。
(まずい、口の中が痺れて舌が動かしにくい……。アンネ様、ごめんなさい。僕はここで穢されてしまうようです……)
「さあ、覚悟し……む! チッ、いいところで邪魔が入るか……ベルティレムめ、アタシの排除に乗り出してきたわね」
フィルを抱え上げ、ベッドに運ぼうとしたその時。北の方から、アンブロシアへ向けて叩き付けられるような強烈な殺気が放たれた。
その正体を瞬時に察知したアンブロシアは、フィルをお姫様抱っこしたまま思案する。第二の目的であるベルティレムの排除へ向かうべきか、と。
(この殺気はアタシを釣り出すためのものね、そうなると……あいつの目的は、オリジナルにフィルくんを奪還させることね。フン、そうはいかないわ)
刺客を差し向けたとはいえ、アンネローゼたちを確実に撤退させられる保証はない。フィルを置いていけば、その隙に奪還される可能性がある。
かと言って、ベルティレムを放置していれば何をしてくるか分かったものではない。しばらく悩んだ後、アンブロシアが出した答えは……。
「決ーめた。フィルく~ん? お姉さんとちょ~っとお出かけしましょうか~」
「……」
パン、と手を叩きながらニッコリ微笑むアンブロシア。ベッドに転がされたフィルは、喋れないながらも嫌な予感をビンビンに感じ冷や汗を流す。
「今から君に『特別な』魔法をかけてあげる。これを使えば、アタシと君はず~っと一緒よ。うふふふふふふふ」
(助かっ……てはないですね。僕、どうなっちゃうんでしょうか……)
貞操の危機はひとまず去ったが、今度は別の災難が訪れる。怪しげな呪文を唱えはじめるアンブロシアを見ながら、フィルは一刻も早くアンネローゼが来てくれることを祈っていた。
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基地の守りをレジェとオボロに任せ、フィル奪還に向けて出発したアンネローゼとクラヴリン。短距離テレポートを繰り返し、遙か北へ向かう。
「むむ、テレポートが多すぎて目が回りそうだ。お前たちはよくこんな荒っぽい移動が出来るな」
「しょーがないでしょ、一度行ったことのある場所じゃないと長距離テレポートでひとっ飛び! ってわけにはいかないの」
「難儀なことだな……なら、カンパニーの技術を提供しようか? 行ったことのない場所でも、好きなようにテレポート出来るようになるぞ」
「ふぅん、便利そうね。ま、それはフィルくんを助け出してから決めるわ。さあて、スピード上げていくわよ!」
そんな会話をしながら、二人は遙か北にある針葉樹の森へと向かう。ヴェリトン王国の北にある国、ラストゥール帝国へ空から侵入する。
ようやく国境を越えた……とアンネローゼが息を吐くと、目的地の方から強大な気配が近付いてきているのを察知した。
「おっと、やっぱり足止め用の刺客が来るか……」
「気配はまだ遙か先だな。近付いてくる様子はないようだが……。ふむ、我々への牽制かな」
「どうだっていいわ、敵がいるんなら容赦なくぶっ殺す。それ以外の選択肢なんていらない」
「これはこれは……随分と過激なことだ」
気配を放つ存在は、ラストゥール帝国の北部から動く気配を見せない。単に動くのが面倒なのか、精神的な圧をかける目論見なのか。
相手の狙いを分析しようとするクラヴリンだが、アンネローゼはどうでもいいとばかりに切り捨てる。フィル奪還の邪魔をする者は殺す。
シンプルイズベストな信念の元、呆れているクラヴリンと共に短距離テレポートを繰り返して気配の元へと移動し続ける。
「この先にもう街はないわ。律儀な奴らね、わざわざ人気の無いところで待っててくれてるなんて」
「連中としても、人目につくのを避けたいのだろう。レジェの話から推察するに、敵はフィル少年と二人きりになりたいようだからな」
「フン、これ以上二人っきりになんてさせな……危ない!」
「アアアアアア!!」
最後の街を過ぎ、雪原の上空を進む二人。そこに、突如地上からゾンビが射出された。アンネローゼたちは左右に別れ、飛んできたゾンビを避ける。
狙いを外したゾンビは、呻き声をあげながら雪原へと落ち……手品のように姿が消えた。直後、あちこちから無数のゾンビが上空へと飛んでくる。
「アアアアア!」
「オオ……オオオオ……」
「ったく、随分とふざけた歓迎してくれるわね。さっさと全滅させてやる! 武装展開、聖風槍グングニルあーんどローズガーディアン!」
「ふむ、敵はネクロマンサーだと聞いていたが……愉快なことをするな。フンッ!」
アンネローゼとクラヴリンは、それぞれの得物を呼び出し飛んでくるゾンビを斬り捨てる。真っ二つに両断し、胴や頭を穿ち貫き……どんどん倒していく。
「ほー、やるじゃーん。でも、ずーっと空中にいられると困るんだよねぇ。……そろそろ降りてもらおっかな」
深い雪の中から、一人の女が双眼鏡を突き出して空を見上げていた。彼女の目に移るは、ゾンビの群れを撃退するアンネローゼたち。
女……ネクロレジアは魔力を雪原全体に張り巡らせ、撃墜されたゾンビたちを雪と混ぜ合わせる。欠損した肉体を固めた雪で補い、魔力でコーティングする。
「てやっ! ……おかしいわね、一向にゾンビ以外の奴らが出てこないわ。そろそろコイツらの親玉が出てきてもいい頃なのに」
「何か考えがあるのだろう。……よし、アンネローゼよ。ここは我輩に任せて先へ進むといい。いつまでも足止めされているわけにいかぬだろう?」
「いいの? じゃあ、ここは任せたわ。イレーナを唸らせた実力を見られないのはちょっと残念だけど……頑張って!」
「案ずるな、イレーナが渡してくれた封魔の指輪もある。このような者どもに遅れは取らん。さ、行け!」
クラヴリンに促され、アンネローゼはゾンビたちの間を縫って先へ進む。その様子を見ていたネクロレジアは、雪の中でニヤリと笑う。
「二手に別れた……今がチャーンス! ジャベリンポッド起動! てー!」
雪原に張り巡らせた魔力を操り、ネクロレジアはアンネローゼの進行方向にある雪原の一角に雪で出来た迫撃砲を作り出す。
槍のように鋭く尖らせた雪の塊を、北上していくアンネローゼ目がけて勢いよく発射した。
「ファイア!」
「ん? 何あれ。なんか飛んで……ってあぶな!?」
「む、避けたなー。ナマイキー、意地でも落としてやるー!」
ゾンビたちにクラヴリンの相手をさせている間、ネクロレジアは迫撃砲を増やし雪の投げ槍をどんどん発射していく。
無数の対空攻撃を受け、またしてもアンネローゼは足止めを食らってしまう。撃ち落とされてしまうのも時間の問題……と思われたが。
「いいぞいいぞー、あと少しで落ち」
「やはり雪の中に隠れていたか。どうにも姿が見えぬと思っていたが、単純なものだな」
「ほえ? あーっ!」
突如真上からクラヴリンの声がしたかと思うと、次の瞬間ネクロレジアは首根っこを掴まれ雪の中から放り出された。
アンネローゼへの攻撃に夢中になりすぎた結果、ゾンビを全滅させて降りてきたクラヴリンに気付かなかったのだ。
「その顔……レジェの偽者か。随分と卑劣な手を使ってくれたな、実に許しがたい」
「べー、知ったことじゃないもーん。うちのやりたいようにやらせてもらいますーだ!」
「そうか。だが、ここからはそうはさせん。我輩の流儀に付き合ってもらおう。さあ、決闘を始めようか」
引きずり出したネクロレジアに向けて、クラヴリンはランスを向ける。高潔な騎士の戦いが、始まろうとしていた。




