198話─戦乙女と騎士の駒
「ただいま! いいもの貰ってきたよ~」
「おかえり、レジェ。こっちはもう完全復活したわ。いつでもあの【ピー】をブチ転がしに行けるわよ」
レジェが基地のメインルームに戻ると、すでにアンネローゼが快復していた。リオの血を薄めて作った万能の霊薬を飲んだことで、同調不全が完全に治ったのだ。
アンブロシアへの殺意をたぎらせる彼女を見て、いろんな意味でもう大丈夫だなとレジェは安堵の笑みを浮かべる。
「おー、パーペキってわけだ~。よかったよかった、いっけんらくちゃく~」
「そうそう、らくちゃく~……なわけないでしょ! 早くフィルくんをあのゴミクズクソビッチから取り戻しに行かなきゃ!」
のほほんとしているレジェにツッコミを入れていると、隅っこの方から呆れ返った声が聞こえてくる。一足先に来ていた、クラヴリンのものだ。
「やれやれ、随分と口の悪いヴァルキリーがいたものだ。愛する者を奪われて憤っているのは分かるが、少し落ち着いたらどうだ?」
「っさいわね、こちとら怒りで頭がどうにかなりそうなのよ! ようやく逆襲してやれるんだもの、テンション上げるなってのが無理な相談だわ」
「おー、クラちん昨日ぶりぶり~。頼み聞いてくれてマジさんくす~」
「気にするな、かつての同僚の頼みくらいは快く聞くさ。……で、お前はあれから何をしていたんだ?」
「んーとね、実は~」
カンパニービル前で別れてからのことをクラヴリンに尋ねられ、レジェは封魂の指輪を渡しながら一部始終を話して聞かせる。
もっとも、途中からは牢屋に押し込まれたことに対する愚痴にシフトしていたが。余計やかましくなったレジェに、クラヴリンは閉口する。
「それでね、あの兵士……」
「ああ、分かった分かった。で、この指輪があればアンデッドたちを弱体化させられるのだな?」
「そーそー。これ持ってればドラゴンゾンビが出てきてもだいじょーぶ! ……たぶん」
「ありがと、レジェ。悪いんだけど、レジェとオボロは基地に残っててもらえる? またあの【ピー】が基地に部下を寄越してこないとも限らないし、守りを固めておかないと」
つい先日、アンブロシアの襲撃を受けたばかり。別働隊の再襲来を警戒し、アンネローゼは基地の防備を固めることを決めた。
「え、でもだいじょーぶ? アンネちんとクラちんだけで」
「大丈夫よ、今の私には……フィルくんのダイナモドライバーがある。ホロウバルキリーとシュヴァルカイゼリン、二つの力があれば負けないわ」
「安心しろ、レジェ。我輩はナイト、姫を守るのが使命。この命に代えようとも、この御仁とその恋人を守り抜いてみせよう」
二人だけで出撃するのは危険だと心配するレジェ。そんな彼女に、アンネローゼとクラヴリンは自信たっぷりに答える。
戦乙女の腰には、二つのダイナモドライバーが巻かれている。かつて、ヴァルツァイト・ボーグと最後の戦いをした時のように。
フィルのドライバーが、主を救うためもう一度力を貸してくれるかもしれない。そんな予感をアンネローゼは抱いていた。
「……そっか、そこまで言うならうちはアンネちんの言うこと聞くよ。じゃ、これ。渡しとくね」
「ありがとう、レジェ。オボロ共々、留守番よろしくね。オボロは今博士の看護をしてるから、基地の警戒を頼んだわよ」
「あい! うちにお任せ~」
「ええ、期待してるわ。……クラヴリンだっけ? 時間が惜しいわ、そろそろ行きましょ」
「ああ、過去のことは一旦水に流して協力しようではないか。ところで、フィル少年のいる場所は分かっているのか?」
レジェに後を託し、アンネローゼはクラヴリンと共に出撃しようとする。そんな彼女に、クラヴリンは兜を被りながら尋ねた。
「ええ、居場所はもう分かってる。私の運命変異体だからね、敵は。感覚で分かるの、アイツは今遙か北の地にいるってね」
「ふむ、なるほど。ではその感覚を信じるとしよう。フッ、久方ぶりの戦いだ……胸が躍る」
「足引っ張らないでよね、クラヴリン。ま、イレーナと互角にやり合えたんなら問題はないだろうけど」
「心配ご無用、我輩は……む?」
アンネローゼの軽口に答えていたクラヴリンは、何かを感じ部屋の隅へ向かう。大きな窓から外をキョロキョロ眺める彼に、アンネローゼは問う。
「ちょっと、どうしたの?」
「……いや、何か視線を感じたような気がしたのだがね。どうやら気のせいだったようだ」
「そう、ならいいわ。じゃあ、今度こそ行くわよ!」
そんな会話をした後、アンネローゼとクラヴリンは基地を出立した。レジェもギアーズの様子を見に行くため、メインルームを去る。
「……あっははは! わざわざボクが力を貸しに来る必要はなかったみたいだねぇ。封魔の指輪はこっちでも用意してたんだけど……自分たちで揃えちゃったかぁ」
ベルティレムの方も、アンブロシアを葬るために再度アンネローゼたちに接触するつもりでいた。封魔の指輪を渡す予定だったが、彼女らが自力で用意したため無用の長物になってしまう。
自分の出番はないなぁと、本体からお使いを言い渡されていた歓喜の君はその場を後にする。必要なものをすでに手に入れているならば、不用意に接触する必要はないと判断したのだ。
「さあさあ、どうなるかなー? 無事にアンブロシアを倒して奪還出来るか、それとも寝取られちゃうのかなぁ? ふふふ、どっちに転んでも楽しそー!」
ケラケラ笑いながら、歓喜の君は無責任なことをのたまいその場を去っていく。アンネローゼとアンブロシア、二人の乙女の戦いの時が近付く。
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「はー、美味しかったわねー。どう? アタシの朝ご飯。美味しかったでしょ」
「……ええ、味は満足いくものでしたよ」
その頃、フィルとアンブロシアは朝食を食べ終えたところであった。メニューは、カリッカリに焼き上げたベーコンと新鮮な卵を使ったベーコンエッグ。
それに新鮮なパインサラダと、大きなバターロール二つ。デザートに冷えたメロンと、中々に豪勢なラインナップだ。
地獄の鬼ごっこを経て、ようやく白いシャツと赤いホットパンツを着たアンブロシアは食事を終えたフィルを見つめる。
「な、なんですか。そんなに見つめてきて」
「ん~? いや、見れば見るほど可愛いな~って思ってね。うん、やっぱりあんな女には勿体ないわ、アタシが──! フン、どうやら復活したようね。あいつ、こっちに向かってきてるわ……」
愛しい少年を眺めていたアンブロシアだったが、感覚同調によりアンネローゼが接近してきていることに気付いた。
そう呟いた後、椅子から立ち上がって窓際へと向かう。フィルが首を傾げている中、アンブロシアは窓を指で叩き部下を呼ぶ。
「お呼びすか~? ブロブロさま~」
「オリジナルがこっちに来てるわ、ゾンビ軍団を三十体ほど貸してあげるから始末してきなさい。頼んだわよ、ネクロレジア」
「あーいあい、かしこかしこかしこかしこ~」
窓の向こうに現れた、真っ白な飾り気の無い鎧を身に着けたネクロヒューマンの女にそう命令する。女ことネクロレジアは、コクリと頷く。
レジェのまがい物である死の戦士は、ログハウスの周囲を徘徊していたゾンビたちを引き連れて南の方へと向かっていった。
「これでよし、と。さて、次は……」
「……アンネ様が来てるんですね? ここに。見てましたよ、全部。どうやら、お前の作戦は失敗し……うぐっ!?」
「失敗? しないわよ、今回はちゃんと薬を盛ったから。ふふふ」
「う、ぐ……! く、薬は使わないって……」
「一つ教えてあげる。魔女はねぇ、ウソツキなの。欲しいものを手に入れるためなら、いけしゃあしゃあと嘘を言うのよ」
カアッと身体が火照り出すのを感じ、フィルはその場に倒れてしまう。そんな少年を見ながら、アンブロシアは舌舐めずりをする。
「大丈夫、すぐ楽にしてあげるわ。うふふふふ」
フィルの身に、いろんな意味で最大の危機が襲いかかろうとしていた。




