197話─奪還準備完了
翌日の朝。一晩中牢屋に入れられていたレジェはようやく解放された。そのまま兵士に案内され、城の上階へと連れて行かれる。
四階にある賓客専用の客室に通されると……そこにはすでに、アゼルがいた。眠いのか、肘掛け椅子に身体を預け目をしょぼしょぼさせている。
「ああ、貴女でしたか……えっと、元特務エージェントのレジェさんでしたっけ? ぼくに何の用ですか?」
「おはー。実はねぇ、アゼルちんにお願いがあるんだけどぉ~」
誰に対しても変わらない図々しい態度で、レジェは面会を求めた理由をアゼルに伝える。最初は眠そうにしていたアゼルだったが、すぐにシャキッとした。
「なるほど、敵がネクロマンサーだと……。それでぼくの助言が必要、というわけですね」
「そーそー。ねーねーアゼルちん、なんかいいアイデアない?」
「あ、アゼルちん……? こほん、そうですね。向こうは様々なアンデッドを使役するタイプだと思われますが……なら、『コレ』を使うといいかもしれません」
アンブロシアが放った刺客たちの話を聞き、アゼルは相手がまんべんなくアンデッドを使役するタイプだと看破する。
少し思案した後、アゼルは手のひらを上に向け前方に腕を突き出す。手に魔力を込めると、楕円形のブラックパールが嵌め込まれた指輪が現れた。
「およ? なぁにこれ」
「これは『封魂の指輪』という、対ネクロマンサー用の魔道具です。これを身に着けると、アンデッドの持つ邪悪な魔力を吸い取って浄化することが出来るんですよ」
「ほえー。じゃあ、これを持ってればアンデッドを弱体化出来るってこと?」
「その通り。とはいえ、あくまで弱められるのはアンデッドだけ。術者本人は自力でどうにかする必要がありますが……アンデッドの対策が出来れば、それくらいはやれるでしょう?」
指輪をレジェに渡しながら、アゼルは不敵な笑みを浮かべる。レジェは頷き、にっこりと笑う。それくらい出来ねば、戦士としての価値などない。
「もち! あ、この指輪あと三個くらい欲しいな~。アンネちんたちの分も必要だから」
「仕方ありませんね。じゃあ、これで貸し一つですよ? ぼくたちに何かあったら、その時は協力してくださいね」
「あ~い、マジさんきゅさんきゅ!」
「ああ、そうそう。リオさんから伝言を預かってますよ。コリンくんに血を預けたから、向こうで受け取ってねとのことです」
合計四個の封魂の指輪を貰い、レジェは人懐っこい笑みを浮かべチャラい感謝の言葉を述べる。そんな彼女を見て微笑んだ後、アゼルはあくびをした。
「それじゃあ、ぼくは一眠りします……最近ゴタゴタが続いてて、ロクに寝れてな……むにゃ」
「あり、もう寝ちった。じゃ~ねアゼルちん、指輪ありがと~」
最後まで言い切る前に、アゼルは肘掛け椅子に座ったまま夢の世界に旅立った。もう一度お礼を言ってから、レジェはポータルを開き帰っていく。
これで、フィル奪還のための準備は整った。後は、相手の居場所を突き止め攻撃を仕掛けるのみ。レジェの顔には、好戦的な笑みが広がっていた。
◇─────────────────────◇
一方、北の果ての地に囚われたフィルはというと……朝っぱらからずっと、アンブロシアにウザ絡みされていた。
「どうどう? こっちの服の方がいいかなー? それともこっちのドレスがいいー?」
「どっちでもいいですから、早く服を着てください! そんなかっこでいられると、その……」
「おー、照れてるんだ。かーわいい!」
ブラとパンツだけ身に着けた状態で、アンブロシアは服を取っ替え引っ替えしていた。どれを着てほしいかフィルに尋ねるが、少年は後ろを向いて振り向かない。
何しろ、相手の格好が格好だけにまともに見られないのだ。おまけに、プロポーションはオリジナルよりも上。
幼い少年には、あまりにも刺激が強すぎる光景がある。絶対に見るまいと、固くまぶたを閉じて必死に抵抗する。
「えー、一人じゃ決められないわー。ちゃんと見てほしいなー、フィルくんにー」
「気安く名前を呼ばないでください! 何をされようとも、僕は振り向きませんから!」
「へー、何をされても? 分かった、じゃあ遠慮はしないわ。それっ!」
フィルタをオトすために少し本気を出そうと、アンブロシアは早速悪事を企む。ブラのホックを外し、トップレス状態になる。
そのままベッドに腰掛けているフィルの目の前に回り込み、一気に飛びかかった。……が、危険な気配を察知したフィルが横に逃げたため攻撃は外れた。
「あぶっ! ちょっと、何で避けられるのよ!? おかしいでしょうが!」
「ふっ、残念でしたね。僕はずっとヒーローとして戦ってきたんですよ? 目を瞑っていても、気配だけで相手の攻撃を避けるなんて朝飯前です」
「ふぅん、やるじゃない……。なら、こっちは数で勝負させてもらうわよ! 出でよ魔魂転写体!」
「!? ふ、増えるのはルール違反じゃないんですかぁっ!?」
何度も何度も襲いかかるが、その度にフィルは気配を察して逃げていく。業を煮やしたアンブロシアは、分身を三人呼び出して形勢逆転を狙う。
突如増えた気配に、フィルは猛抗議する。が、アンブロシアはそんなの知ったこっちゃないとパンツ一丁のまま突撃していく。
「アタシA! アタシB! トリプルストリームアタックを仕掛けるわよ!」
「イエスマム!」
「マム!」
「ま、まずい! このままじゃ逃げ場が……!」
「さあ、覚悟しなさーい!」
「ひっ、わああああ!!」
フィルとアンブロシアが空腹でダウンするまで、三対一の鬼ごっこは続いた。彼らは気付いていなかったが、この時……。
ログハウスの様子を、遙か遠くから窺う者がいた。月輪七栄冠の一人、ベルティレムだ。
「ふふふ、いいねいいね。こちらの思惑通り、食い付いてきたようだ。彼女にだけ分かる形で、わざと痕跡を残してきて正解だったよ」
「あっははは! イゼルヴィアはアンブロシアのホームグラウンド、カタコンベがあるからねぇ! そこに引き籠もられたら、こっちからは打つ手無しになっちゃうからねぇ! こっちに呼んだのは正解だったね!」
千里眼の魔法を使い、森のさらに北にある氷と岩ばかりの荒野から二人の攻防を眺めるベルティレム。その後ろには、彼女の分身が立っていた。
歓喜の君とベルティレムが呼ぶ魔魂転写体は、他の分身のように全身を銀色のマントで覆っている。一つ違うのは、顔に着けている仮面が黄色になっているところだ。
「彼女は前から私を警戒していたからね。かといって、流石にアンブロシアのホームで戦えば勝てる見込みは薄い。オルセナに来るよう誘導してよかった。……あの少年に惚れ込むのは予想外だったけどね」
ぴゃあぴゃあうるさい歓喜の君を無視しながら、ベルティレムはそう呟く。彼女の当面の目標である、七栄冠の排除も大詰め。
アンブロシアを滅ぼしてしまえば、司令塔不足でルナ・ソサエティはレジスタンスとオセルナ勢の二正面作戦を続行出来なくなる。
「ボクもビックリ! まあーでも、あのアンネローゼって娘の運命変異体ならそうなるのも不思議じゃないねぇ! あっはははは!」
「少し黙っていてくれないかな? 今いいところなんだよ。ちょうど、アンブロシアの一人が少年を捕まえたよ」
だが、そのアンブロシアを抹殺するというのが大変に困難なことだった。イゼルヴィアにはカタコンベと呼ばれる、巨大な地下墓地がある。
そこに眠る膨大な死者の魔力がある限り、アンブロシアはイゼルヴィアにて不死身の力を得られる。その状態では、ベルティレムの力を駆使しても相手を倒すのは不可能。
だが、カルゥ=オルセナに渡れば繋がりは断たれ、アンブロシアは大きく弱体化することになる。そのために、ベルティレムはどうにかして彼女を異界へ渡らせる必要があったのだ。
「えー! いいないいな、自分だけオイシイ場面見れるなんて! ボクにも見せてよ、ねぇねぇね……べぼぶっ!!」
「うるさいと言ったはずだよ、全く。ああ、少年が舌を噛み切ろうとしてる……そんなに嫌なのかい、恋人のそっくりさんに迫られるのは」
一向に黙る気配のない分身の顔面に肘打ちを叩き込んで物理的に黙らせつつ、ベルティレムはログハウスの攻防を見物する。
最終的には、逃げられないと悟ったフィルが舌を噛み切ろうとしたのと、空腹が限界を迎えたことにより鬼ごっこは終わりを迎えた。
「暇潰し終わりっと。行くよ、歓喜の君。次の仕込みに入る。アンネローゼたちに接触して、『例の物』を渡してくるんだ。任せたよ」
「あっははは! 全部ボクに任せてよ! 仕事はカンペキにこなしちゃうからさ!」
のたうち回っていた歓喜の君は勢いよく立ち上がり、ケラケラ笑う。魔女とその分身たちの計画が、一歩先へ進もうとしていた。




