194話─攫われたフィル
「──ちん。アンネちん、大丈夫!?」
「う……レ、ジェ? それに、オボロも……」
「一体何があった? フィル殿の姿が見えないのだが……まさか、敵に?」
しばらくして、アンネローゼはレジェの呼び声で目を覚ます。まぶたを開けると、ボロボロになった二人が心配そうに自分を見ていることに気付く。
異変を感じ取っていたオボロに尋ねられ、アンネローゼは何があったのかを答える。己の運命変異体に、フィルを攫われたと。
一部始終を説明する中、アンネローゼの頬を涙が伝う。愛する者を守れなかった己の不甲斐なさに打ちひしがれ、嗚咽が漏れる。
「なるほど、そんなことが……。やはり別働隊が動いたか。助けになれず済まない」
「気にしないで、二人は悪くない。悪いのは私よ。もっと早く治ってれば、フィルくんも博士も無事だったのに……!」
「アンネちん……自分を責めちゃダメだよ。どーしようもない時ってのはさ、あるものだから」
悔しさを滲ませ、拳で床を殴るアンネローゼ。そんな彼女を、レジェが慰める。だが、いつまでも泣いてばかりいられない。
アンネローゼは乱暴に目をこすり、頬をピシャリと叩く。すぐにでもフィルを取り返しに行かなければ、と闘志を燃やす。
「行かなきゃ。フィルくんをあのクソ【ピー】から取り戻さないと」
「無茶だ、病み上がりの身体ではいつも通り戦えないぞ!」
「平気よ、私は……うぐっ!」
「ああ、言わんこっちゃない! ほら、アンネちん横になって!」
だが、気負うばかりで身体がついていかない。立ち上がって歩き出そうとするも、その場に倒れ込んでしまった。
そんなアンネローゼを抱え上げ、メディカルマシンに寝かせるレジェ。そこに、つよいこころが一匹飛んできた。
「ピーピー、オ伝シマス。ギアーズ様ハ軽症デス、ジキニ目ヲ覚マシマス」
「そうか、分かった。博士の方は大丈夫だとして……問題はアンネローゼ殿だな」
「うん、このままほっとくと暴走してヤッバーいことになると思う。……よし、ここはうちに任せて。やみけんのツテでなんとかする!」
「なんとか……と言っても、何をするつもりだ?」
「んっふっふ、それは後でのお楽しみ! ってわけで、いってきゃーす!」
つよいこころ十二号の報告に、ひとまず安堵するオボロ。だが、安心してばかりもいられない。アンネローゼが快癒しなければ、動くに動けないのだ。
そんな状況の中、何かを思い付いたレジェ。秘策を実行するべく、故郷である暗域へと一人、ポータルを用いて帰っていった。
「……今は待つしかない、か。フィル殿……どうかご無事で」
ネクロレーナの自爆特攻を食らい、ボロボロな状態ではまともに戦えない。そのことを痛感しているオボロは、待つことにした。
レジェの帰り、ギアーズとアンネローゼの回復を。メディカルルームの窓へと向かい、外の景色を眺めるオボロ。陽は傾き、空は赤く染まりはじめていた。
◇─────────────────────◇
「ようこそ、アタシの家へ。あ、これからは二人の家ね。ふふ、ヘンピなとこだけど景観の良さは自信あるわよ」
「……」
一方、連れ去られたフィルはアンブロシアが建てたログハウスに監禁されていた。ロープで手足をベッドに繋がれ、身動きが取れない。
そんな彼を横目に、アンブロシアは一緒に連れてきてしまった数匹のつよいこころたちを素手で砕いていく。
「こっちがお風呂で、あっちがトイレ……って、言われなくても分かるわね。あ、そうそう。ウォーカーの力なり転移石なりを使って逃げようとしてもムダよ。この家全体を結界で覆ってるから」
「……そのようですね。でも、これだけは言っておきますよ。僕は必ず、お前の隙を見つけてここから逃げてみせますから」
「ふふ、いいわねその表情。決意に満ちた、キリッとした顔。いつまでその表情を保てるか、今から楽しみだわ」
ダイナモドライバーは無く、つよいこころたちも破壊されてしまった。そんな状況でも、フィルは心だけは折れまいと強く決意する。
そんな彼を見て、アンブロシアは舌舐めずりする。フィルという極上のご馳走を前に、つい先走りそうになってしまう。
(おっと、ダメダメ。このまま襲っても、心はへし折れない……すこーしずつ、アタシ色に染めていかないとね。ふふふふふふふ)
当初の予定通り、フィルを攫えたアンブロシアは上機嫌だった。後は、時間をかけてゆっくりとフィルをオトすのみ。
「もう夕方ね、ご飯の準備をしましょうか。買い出しに行ってくるから、大人しく待っててね?」
「一人にしていいんですか? 逃げますよ、僕は」
「無理よ、ネクロシードから造った死人やスケルトン……ゾンビたちに見張らせておくから。アリの這い出る隙間も無いわよ」
アンブロシアが指を鳴らすと、フィルの拘束が解かれる。窓に近付き外を見ると、大量のスケルトンやゾンビが徘徊していた。
仮に結界を壊して外に出られても、これだけの敵をスーツの力無しで切り抜けることは不可能。フィルが脱走を諦めて後ろを向くと、もうアンブロシアはいなかった。
「……さて、どうやって逃げ出しましょうか。ここさえ出られれば、ウォーカーの力で基地に帰れるんですけどね……」
そう呟き、フィルはベッドに腰掛ける。今の彼には、仲間が助けに来てくれることを祈ることしか出来なかった。
◇─────────────────────◇
シュヴァルカイザーの基地を飛び出したレジェは、ある場所に来ていた。そこは、彼女の古巣……ヴァルツァイト・テック・カンパニー本社。
中に置かれていた機材や家具、調度品は全て運び出されており空っぽだった。誰もいない……と思いきや、二人の人物がビルの前にいた。
「おや、君は……エモー、いやレジェか。久しぶりだね、どうしてここに?」
「ちーっす、クラちん。コーネリアスへーかも、おはこんばんちわー」
ビルの前にいたのは、レジェを除いた特務エージェント唯一の生き残りであるクラヴリン。そして、フィルの友人である魔戒王コリンの二人だ。
「おお、こんなところで会うとは奇遇じゃの。今、このビルの再利用計画について話しておったところじゃよ」
「へー、こんなデカいだけの可愛くないビル……って、それは置いといて。クラちん、実は頼みがあるんだけどぉ~……」
「なんだ、お前が我輩に頼み事をするとは珍しい。……例のヒーロー絡みの案件か?」
「そーそー! 実はね……」
クラヴリンに尋ねられ、レジェはこれまでのことを彼らに話す。アンネローゼが同調不全で倒れたこと、彼女の運命変異体がフィルを攫ったこと。
アンネローゼを完治させ、フィルを奪還するための手助けをしてほしいということを話し、レジェはクラヴリンとコリンに土下座する。
「おなしゃす! うちの友達の一大事なんです! どーか力を貸してください!」
「ふむ……事情は分かった。同調不全か……魔神の血が効く確証はないが、至急リオに掛け合って譲ってもらうとしようかの」
「我輩にも協力させてくれ。そのアンブロシアなる者を打ち倒せばよいのだろう? それくらいならばお安いご用だ」
親友とその彼女の危機とあらば、協力を惜しむ理由はコリンに存在しない。クラヴリンの方も、かつての同僚の頼みならばと快く引き受けた。
「わー、ありゃりゃーす! クラちんが来てくれれば、百人力……いや、一億人力っしょ!」
「過度な期待はしないでくれ、カルゥ=オルセナでの戦い以降現場に出ていないからな。とはいえ、腐っても元チェスナイツだ。必ず役に立ってみせよう」
コリンが姿を消した後、クラヴリンは頼もしい言葉を口にする。レジェが喜ぶ中、彼はあることをかつての同僚に尋ねた。
「……ところで、イレーナは元気にしているか?」
「イレーナちん? うん、元気してるよ。今はオルセナにいないけど」
「そうか、壮健なら何よりだ。再戦の約束があるからな、元気でいてもらわないと困る」
イレーナの安否を確認し、クラヴリンははにかむ。とはいえ、今はまだ再戦の時ではないと彼は考えていた。
まだカンパニーの敗戦処理は完了しておらず、やることは山積み。彼女との戦いは、やるべきことを終わらせてからと決めていたのだ。
「早速カルゥ=オルセナに行こう。今どのような状況なのか、この目で確かめておきたい」
「あーい! んじゃ、しばらくよろしくぅ~」
心強い助っ人を得て、レジェはカルゥ=オルセナに帰還する。アンブロシアへの逆襲が、静かに始まろうとしていた。




