193話─略奪者襲来
時は少しさかのぼる。オボロとレジェが出撃していった後、フィルは一人メインルームで待機していた。
いつ敵の別働隊が現れてもいいよう、時折つよいこころ軍団の報告を聞きながらモニターを見つめる。盤石の守りを敷いていると、自負はあったが……。
(なんだろう、凄く嫌な予感がする……。とてつもなく不味いことが起きそうな、胸騒ぎが……)
これまでになく、フィルは落ち着きがなかった。のちに起こることを、彼はこの時点で予感していたのかもしれない。
一方、ギアーズは一人メディカルルームにいた。療養中のアンネローゼの容態が急変しないとも限らないため、彼女の看護をしていたのだ。
「うむ。脈拍、呼吸ともに異常なし。この分なら、明日には快癒出来るじゃろうな」
「へえ、こっちのアタシってそこまで弱ってたんだ。こーんな医療装置に入らなきゃならないなんて、随分ひ弱ね」
「!? な、なんじゃお主は! 一体どこか……ぐふっ!」
アンネローゼの状態をチェックしていたギアーズの背後から、女の声が響く。驚きながら振り向くと、そこにはアンネローゼと瓜二つの顔をした女……アンブロシアがいた。
アンブロシアは即座にギアーズに回し蹴りを叩き込み、彼を吹き飛ばした。メディカルマシンを覗き込み、中で寝ているオリジナルの自分を見下ろす。
「フン、すやすや寝ちゃって。こいつが寝てる間にミッションコンプリートするのもいいけど、それじゃ達成感がないわね……よし、起きなさいあんた」
そう呟き、アンブロシアはマシンの蓋に手をかける。そして、凄まじい剛力を発揮して蓋の留め具を引き千切ってしまった。
金属が破断する音が響く中、アンブロシアは蓋の残骸を放り投げる。中で寝ていたアンネローゼの胸ぐらを掴み、無理矢理意識を呼び戻す。
「ほら、起きなさい! わざわざあんたの運命変異体が来てやったのよ、挨拶ぐらいしなさいよ」
「う、うう……。あ、アンタは……きゃっ!」
「やっと起きた? お寝坊さん。安心して、まだあんたは殺さ」
「侵入者よ、そこまでです! 今すぐアンネ様から離れなさい!」
アンネローゼが目を覚ますと、手を離してマシンの中に落とす。そこに、異変を察知したフィルがつよいこころ軍団を連れて現れた。
すでにシュヴァルカイザースーツに身を包んでおり、いつでも戦えるよう万全の態勢を整えている。そんな彼を見て、アンブロシアは破顔する。
「あーん、勇ましいわ。お姫様のピンチに颯爽と現れるヒーロー……いい絵面じゃない」
「くっ……分かっていたとはいえ、アンネ様の運命変異体を前にすると……複雑な気分になりますね」
「ふふふ、そこまで知ってるんだ? ってことは、あなたウォーカーの一族ね? こっちじゃまだ存続してたんだ、おどろきー」
自分がどういう存在なのかを一発で言い当てたことから、フィルがウォーカーの一族であると看破したアンブロシア。
舌舐めずりをする彼女だが、フィルの視線は別のところにあった。メディカルマシンから離れたところに倒れている、ギアーズ。
彼に視線が注がれていたのだ。
「お前……博士に何をした!」
「んー? 邪魔だから蹴っ飛ばしてやっただけよ。あ、安心して。一応手加減したから、多分死んでないわ。ま、老体だから打ち所が悪くて……なんてこともあるかもね! あはははは!」
「外道め……! 例えアンネ様の運命変異体でも、そんな行いは許さない! つよいこころ軍団、博士とアンネ様を連れて逃げてください! あいつは僕が倒す!」
「了解シマシタ!」
恩人を傷付けられ、怒りを燃やすフィル。まずは仲間の安全が優先と、つよいこころ軍団に指示を出す。
「あら、そっちのじじいはどうでもいいけど……こいつは渡すわけにはいかないわね。見届けてもらわないといけないもの、アタシたちの愛の行方を」
「愛? 一体誰と誰のことを言ってるんです」
「決まってるでしょ? アタシと君以外にいないじゃない」
ギアーズは無事救出し、部屋の外に運び出すことが出来た。が、アンネローゼの方は阻止されてしまう。つよいこころたちを追い払いながら、アンブロシアはそうのたまう。
「……冗談でしょう? 笑えませんね、そんなのは。僕が愛すると決めたのは、アンネ様ただ一人。例え運命変異体であっても、あなたを愛するつもりはない!」
「ふふ、いいわねその表情。キリッとしてて、でも可愛らしさがあって。その顔を蕩けさせてあげる。あなたは……どんな声で啼くのかしらね?」
「やめ、て……フィルくんに、手を出さないで……」
フィルを見つめ、妖しげな光を瞳に宿したアンブロシアは艶めかしい声で語りかける。言いようのない恐怖を覚え、フィルは一歩後退る。
そんな中、朦朧とする意識を懸命に維持しながらアンネローゼが声を発する。もう一人の自分にそう懇願するも、聞き入れられることはなかった。
「ハッ、だったら自力で止めてみなさいよ。今の弱り切ったあんたに、そんなことが出来るならね」
「くっ……あいつがアンネ様から離れないと、迂闊に攻撃出来ない……。どうにかして、あいつを引き剥がさないと」
フィルに向けるのとは違う、冷め切った声で嘆願を切り捨てるアンブロシア。彼女がいつアンネローゼを襲うか、フィルは気が気ではない。
だが、迂闊に攻撃を仕掛ければアンネローゼを盾にされてしまう恐れがあった。状況を打開しようと思考を働かせるフィルは、気付いていなかった。
すでに、アンブロシアが攻撃の布石を打っていたことを。
「安心してよ、こいつには手を出さないから。むしろ、手を出すのは君の方なのよね」
「なにを……? うわっ!?」
「フィルくん……!」
「屍魔法、骨樹林。どう? 全身を絡め取られて動けないでしょ」
アンブロシアが指を鳴らした直後、フィルの足下から無数の枝を持つ骨の樹が生えてきた。全身を縛られ、動けなくなってしまう。
周囲にいたつよいこころたちもみな枝に貫かれ、機能を封じられてしまった。
「さて、まずはその邪魔なベルトを取っちゃいましょっか。はい、パチーン」
「ダイナモドライバーが……!」
「ふふふ、これで君はもう丸裸。アタシになーんの抵抗も出来ない……うふふふふ」
メディカルマシンから離れ、アンブロシアはダイナモドライバーのバックル部分に触れる。魔力を流し込んで誤作動を引き起こし、強制的に変身を解除させる。
キッと睨み付けてくるフィルの顎に指を添え、少しだけ上を向かせる。何をしようとしているのかに気付き、アンネローゼはマシンから身を乗り出す。
「やめて……やめて! それだけはダメ! 絶対……う、ゴホッゴホッ!」
「アンネさ……ん、むうっ!?」
「ん、ふふふ……」
アンネローゼの見ている前で、アンブロシアはフィルの唇を奪った。強引に舌をねじ込み、口内を蹂躙していく。
「あ、あ……」
「んむ……んっ!? ……やぁねぇ、舌を噛んでくるなんて。中々悪いことするわね」
「はあ、はあ……! こんな、こんなことをしてタダで済むと思ったら……大間違いですよ。お前に必ず、地獄を見せてやる!」
愛する者の前で陵辱されたフィルは、目に涙を溜めながら怒りの叫びをあげる。が、アンブロシアはむしろその光景を見て心を昂らせていた。
口から垂れる血を舐め取り、魔法で舌の傷を癒やすとアンネローゼの方へ振り返る。暗い劣情を燃やしながら、歪んだ笑みを浮かべる。
「ま、というわけで。あんたの男を、これからアタシ好みに変えちゃうから。あんたはここで、指を咥えてなさい。あーっはっはっはっはっ!」
「待って……行かせ、ないわよ……フィルくんは、私が守る……。何があっても、絶対に……!」
高らかに宣言するアンブロシアを睨み付け、アンネローゼはよろめきながらマシンを降りる。フラフラと近寄っていくも、腕を振っただけで倒されてしまう。
「うぐっ!」
「アンネ様……!」
「無様ねぇ、そんなんで恋人を守れるわけないじゃない。さ、帰りましょうかフィルくん。アタシと君の愛の巣にね」
「フィルくん……! 待ってて、必ず……必ず、助けに行くから!」
「アンネさ──」
アンネローゼは手を伸ばし、フィルに向かって必死に叫ぶ。そんなオリジナルの自分を見下ろしながら、魔女はテレポートの魔法を発動させた。
二人が消えた後、アンネローゼは限界を迎え倒れてしまう。意識が消えていく中、戦乙女の頬を涙が伝って落ちていった。




