176話─魔女の神髄
真の力を解放したテルフェの周囲に、おぞましい気配を宿す魔力が漂う。ウィッチクラフト……月輪七栄冠のみが使うことを許される、魔女の奥義。
基底時間軸世界における、ベルドールの七魔神が用いる『化身』やコリンたちが使う『星魂顕現』のような彼女たちの切り札なのだ。
「ぶっ殺す……プレッサーカノード!」
「っと、そんな攻撃当たりませんよ!」
これまでとは違う真剣な表情で、テルフェはフィルに向けて右手を突き出す。そこから、圧縮された空気の砲弾を放つ。
攻撃を避けた後、フィルはアンネローゼに目配せして散開する。左右から挟み撃ちにするつもりなのだ。だが……。
「ふん、なーに避けた気になってんの? 目に見えないんだからさぁ……もっと気にした方がいいよ!」
「!? この気配……くあっ!」
「フィルく──!? い、いやああああ!!」
テルフェが人差し指を曲げると、通り過ぎていった不可視の砲弾がUターンして戻ってくる。気配を察知したフィルだが、避けるのが遅れてしまう。
左手の手首から先を、持っていかれてしまった。鮮血が吹き出し、千切れた手首が圧縮され消滅する。
「ぐう、う……! 緊急止血システム、作動……! 少し、油断してましたね……」
「あっははは! ざーまぁーみろー。テルフェちゃんを舐めてるからそんな」
「よくもフィルくんを! 死ねぇぇぇぇ!!」
フィルに取り返しの付かない怪我を負わせたテルフェに、アンネローゼが突撃する。怒りを爆発させ、目が血走っていた。
「あっはは! 真っ直ぐ突っ込んでくるなんてさぁ、バカなんじゃないの? 次はお前だよ! ティアーズマシンガン!」
「許さない……よくも! よくも! よくも!」
そう叫びながら、アンネローゼは放たれる圧縮空気弾を避けながらテルフェに肉薄する。怒りに支配されながらも、本能で全ての攻撃を完全に避けていく。
テルフェは舌打ちしながら、嵐の如く突き出される槍を避ける。こちらもこちらで、かすりすらもしていない。
「ふっふーん、テルフェちゃんが本気出せばこれくらい出来るんだよねー。どう? 驚いた?」
「うるさいわね……消えなさい! ホロウストラッシュ!」
「邪魔! コンプレス・ディフェンス!」
圧縮した空気を解放し、テルフェは槍の軌道を大きく逸らしてアンネローゼの体勢を崩す。無防備な腹へ拳を叩き込もうとするも、強引に飛翔してアンネローゼは離脱する。
「あのクソガキ……絶対に許さない! そっちが圧滅ってんなら、こっちも重力で対抗してやる! デュアルアニマ・オーバークロス! ラグナロク……オン・エア!」
「……っく、止血完了! 僕も戦わないと……デュアルアニマ・オーバークロス! エターナル・デイブレイク、オン・エア!」
本気を出さなければテルフェには勝てない。そう判断し、アンネローゼは漆黒の堕天使へと姿を変える。一方のフィルも、止血を終え反撃に転じる。
アーマーの手首から先に、魔力で作った仮初めの手を作り出す。そして、彼もまた姿を変えてアンネローゼの元へと急ぐ。
「前と後ろ……両方からとかめんどくさ。じゃ、こうしてやろっと! パウンドボックス・シュート!」
「ハッ、何よその小さいゴミは。そんなもん投げられたくらいで」
「ほい、圧縮解除!」
前方にいるアンネローゼに向かって、テルフェは小さなゴミの塊を投げ付ける。鼻で笑っていたアンネローゼだが、直後真顔になった。
ゴミの正体は、魔法によって圧縮されていた瓦礫の塊だったのだ。それが目の前で元の大きさに戻ったのだからたまらない。
「チッ、面倒な手品をしてくれるわね!」
「わーははは! どう? 今度はバッチリおどろ」
「ウェザーチェンジ、サンダライト・ブレード!」
「あぎゃぱーーーー!?」
翼で攻撃を受け止め、瓦礫と共に落下していくアンネローゼ。彼女を見て笑っていたテルフェに、文字通り雷が落ちた。
フィルが天候を操り、雷雲を呼び寄せたのだ。左手の仇と、フィルは黄金に輝く剣を構え突進していく。
「よくも僕の左手を……よりによって左手を潰してくれましたね! これじゃもう……婚約指輪も着けられないじゃないですか!」
「うるせー、このマセガキ! んじゃ次はドタマ吹っ飛ばしてやるから覚悟しな! プレッサー……」
「そうはさせませんよ! プチ・ソルブースト!」
「おぐっ!?」
怒り心頭なのは、アンネローゼだけではない。ヴァルツァイト相手ですら見せたことのない、憤怒の表情を浮かべたフィルがテルフェに迫る。
相手が魔法を放つよりも前に、剣を腹に向かって突き刺した。パリパリと静電気がほとばしり、それに呼応するように雷雲がとどろく。
「ちょ、ま、まさか──」
「あ、安心してくださいね。僕のスーツは絶縁体の役割もありますから、黒焦げになるのは【ピー】だけですよ?」
「ひいっ!? こいつも口悪いぃぃぃ!!」
「食らえ! ボルティエンド・バースト!」
ここからはもう、フィルの独壇場だった。剣ごと落雷に打たれ、天から降り注ぐ大量の雹に全身を穿たれ、さらには傷口に酸の雨をぶつけられ……。
「ぐお、おおお……! 回復魔法がなかったら、テルフェちゃん死んでた……」
「チッ、しぶといですね。まあ、わざと死なない程度に威力を落としたので当然ですが」
身も心もズタボロにされたテルフェは、フィルから逃げ回しつつ辛うじて魔法で傷を癒やしていた。しかし、悪足掻きも長くは続かない。
「ちっくしょ、ここは一旦逃げ」
「は? 逃がすわけないでしょ? アンタバカなわけ? オラッ、クラヴィトーラ・ヘイトス!」
「!? うぎゃあああ!!」
後ろから折ってくるフィルに気を取られていたため、テルフェは見逃していた。瓦礫の山から脱出したアンネローゼが、真下から急接近していることに。
結果、彼女は怒れるアンネローゼによって左目、左腕、左足を潰され、斬り落とされることとなった。キッチリと三倍返しされたのだ。
「うぐ、ああ……に、逃げぎぃ!?」
「ムダよ、今の一撃でリングを刻んだ……アンタはもう、地に落ちて死ぬだけなのよ! フィルくん、久しぶりに『アレ』やるわよ!」
「はい! 行きますよ!」
そう叫んだ後、アンネローゼは槍を地面に向かってブン投げる。穂先を上にして、槍は半分ほど地面に埋まった。
それを見たフィルは、アンネローゼが何をするつもりなのかを察知する。二人揃ってテルフェに突撃し、彼女を拘束する。
「ひぎっ! は、離せ! 離してぇ!」
「ダメに決まってんでしょ……? 今度という今度は殺す。息の根が止まるまで、全身を切り刻んで突き刺してやる!」
「それだけ、お前は許されないことをした……覚悟しなさい、テルフェ!」
死刑宣告を下した後、二人はうつ伏せになったテルフェの上に乗り、背中合わせになる。かつてフィルの姉、イーリンを屠った合体技。
ダブルライドインパクトの態勢に入ったのだ。勿論、彼らが落ちる先には──アンネローゼが突き立てた、槍がある。
「ひっ、いっ、いやぁぁぁぁぁ!!」
「これでトドメよ! 奥義──」
「ダブルライドインパクト!」
「う、ぐがはあっ!」
槍によって腹を貫かれ、テルフェは口から大量の血を吐く。先にフィルの剣で貫かれていた部分をやられたため、尋常ではないダメージを受けていた。
もう、立ち上がることも出来ないだろう。彼女の敗因は一つ、フィルたちをいたずらに傷付け、煽り……修羅へと変えてしまったことだ。
「うそ、だぁ……この、テルフェちゃんが……死ぬ? やだ、やだぁ……やりたいこと、まだ……たくさ、ん……」
「……死んだわね。ざまぁみなさい、このクソ外道。地獄で永遠に苦しみなさい」
「これで、やっと終わり……うぐっ!」
「フィルくん!? そうだった、左手を……」
「だい、じょうぶです。これくらい……リオさんに頼めば、なんとかなりますよ……きっと」
止血と応急処置をしたとはいえ、片手を失う大怪我をして無事でいられるわけがない。崩れ落ちるフィルを支え、アンネローゼは彼を抱き締めるのだった。




