167話─ファーストコンタクト
ジェディンたちが順調に任務をこなしている頃。カルゥ=オルセナに残ったフィルたちは、逃走したテルフェの行方を追っていた。
が、こちらは特段手がかりがなく捜索が難航していた。一旦基地に戻り、どう探したものかと考えるフィルたち。
「どうしましょうか? 相手がそう簡単に尻尾を掴ませるとは思えませんし」
「ふーむ、そうじゃのう。何か、追跡に使えそうなものがあればよいのじゃが……」
「あ、それならいいものがあるわよ。はい、これ」
フィルやギアーズ、オボロが話し合っている中でアンネローゼは懐から引き裂かれた布を取り出す。その正体は、テルフェが穿いていたパンツだ。
「……アンネローゼ殿。一つお聞きしておきたいが、これはなんだ?」
「これ? あのクソガキが穿いてたパンツだったものよ」
「な、なんてもの持ち歩いてるんですか! はしたないですよ!?」
「いやー、捨てて帰ったらまずいかなって思って。博士、これを追跡に使えないかしら」
布きれの正体を告げられ、フィルは顔を真っ赤にしながら手で覆う。あっけらかんとしているアンネローゼは、ギアーズに質問をする。
「うーむ、使えんことはないと思うが……正直、望み薄ではないかのう」
「そっかー、残念。じゃ、これは処分しちゃうわね」
「そうしてください! 出来るだけ早急に!」
流石にパンツでは力不足と判断され、アンネローゼの案はあえなく却下された。また振り出しに戻る中、突如声が響く。
「ふふ、困っているようだね。私が力を貸してあげようか?」
「!? 貴様、何者だ? いつの間にこの基地の中に入り込んだ?」
「私のことを知りたいかい? そうだね……今は『憂いの君』とでも呼んでくれたまえ。ふふふ」
フィルたちがいるリビングの入り口に、謎の人物が立っていた。全身を銀色のマントで覆い、頭には鳥のクチバシのように前面が尖った青い仮面を身に着けている。
憂いの君と名乗った人物は、フィルたちを守らんと立ち上がったオボロの元に歩いていく。一触即発の空気の中、憂いの君が話し出す。
「君たちは魔女……テルフェを探しているのだろう? そのために必要な魔道具を授けようじゃないか」
「いや、そんな怪しい話信じるわけないでしょ。アンタ、何者なわけ? どうしてテルフェのことを知ってるの? 私たちに近付く目的はなに?」
「おやおや、一度にたくさん質問されても答えきれないよ? ま、いいさ。一つずつ答えてあげよう」
殺気を放つアンネローゼにも臆さず、憂いの君は飄々とした態度を崩さない。そんな相手を見ながら、フィルとオボロは小声で話し合う。
(フィル殿、もし奴が不穏な動きを見せた時は……)
(はい、容赦なく斬っちゃっていいですよ。ですが、あの憂いの君……ただ者ではなさそうです。油断は禁物ですね、これは)
「まず、一つ目と二つ目の質問に答えよう。わたしはカルゥ=イゼルヴィアから来たのさ。だから、テルフェのことを知っている」
そんな中、憂いの君がアンネローゼの質問に答え始める。相手の言葉に、フィルたちは驚きをあらわにし固まってしまう。
まさか、新たに双子大地から来訪者が現れるとは思っていなかったのだ。そんな彼らが面白かったのか、憂いの君はクスクス笑った。
「フフ、いいリアクションだ。では、三つ目の質問に答えよう。君たちとコンタクトを取った理由は一つ、ソサエティの魔女……特に七栄冠を始末してほしいからさ」
「七栄冠を? ってことは、アンタ叔母様と同じくレジスタンスの一員ってこと?」
「そうとも言えるし、そうでないとも言える。だが、そんなことは君たちには関係ないだろう? 脅威となる魔女を排除する。その利害さえ一致していればいいのさ」
自身の目的を明かす憂いの君。重ねて質問するアンネローゼだが、今度ははぐらかされてしまった。まだ不信感は拭えないが、少なくとも敵ではないことだけは理解した。
「仮にじゃ、おぬしが本当のことを言っておるとして……どうやってわしらに協力するつもりなのかね?」
「君たちにこれを授けよう。これは『しるべのランタン』と呼ばれる魔道具でね。この中に追跡したい者の身体の一部や、身に着けていたものを入れて燃やすと対象の元へ導いてくれるのさ」
「あ、じゃあこのパンツだったものを使えば!」
「追跡出来るというわけさ。君たちが追っている魔女をね。とはいえ、相手も伊達に七栄冠の一角じゃあない。あらゆる手を使って、君たちを妨害してくるだろう。気を付けたまえ、敵を侮ればすぐ死神にキスされるよ」
中に緑色の炎が燃えているランタンを呼び出し、机に置く憂いの君。使い方を説明した後、警告の言葉をフィルたちに伝える。
伝えるべきことを全て伝えたようで、リビングから立ち去ろうとする。……が、ふと思い直し右手をフィルたちに向けた。
「? 一体なにを……!?」
「作戦変更だ。やはり、君たちには私のことを忘れてもらおう。その方が、のちのちやりやすいだろうからね。ふふふ……」
「貴様、なにを……ぐっ、まぶしい!」
憂いの君の手からまばゆい閃光がほとばしり、フィルたちの視界を埋め尽くす。そして、彼らの記憶を操作し作り替えていく。
光が消えた後、そこにはもう憂いの君はおらず……机の上に置かれた、しるべのランタンだけが残されていた。
「うーん……すっごい眩しかったわね。博士、ちょっと調整ミスったんじゃないの?」
「そうじゃのう、ちと火力を強くしすぎたか。やれやれ、わしの発明の腕もちと落ちたかの……ん? どうした、フィル」
「いえ、何か大切なことを忘れてしまっているような……何故だか、そんな気分なんですよ」
「奇遇だな、それがしもなのだが……何を忘れてしまったのか、さっぱり思い出せぬ」
フィルたちは記憶操作の魔法を食らい、憂いの君に関することを全て忘れてしまっていた。それどころか、しるべのランタンがギアーズの発明品だという偽の記憶を植え付けられていた。
「ま、思い出せないってことはどうでもいいことなわけでしょ? それより! 早くコレ使ってテルフェを追跡しましょうよ。アイツ、放っておくとまた何かしでかすわよ絶対」
「……そうですね、バテノンの時みたいに犠牲者が出る前に終わらせないと。ではアンネ様、その……ぱ、ぱぱぱ……」
「んー? なぁに、ごにょごにょ言ってたら聞こえないわよー?」
「ぱぱ……パンツを燃やしてください! もう、そんないじわるして! 今日はお夕飯抜きです!」
「ああっ、待って待って! それは許して、謝るから! ね!? ね!?」
小さな違和感など、もうフィルたちの頭からは消えてしまっていた。いつものように乳繰り合うフィルとアンネローゼ、それを見守るギアーズたちはまだ気付いていない。
自分たちが、恐るべき計画の一部に関わり……首謀者の手のひらに乗せられはじめていることを。
◇─────────────────────◇
「やあ、戻ったよ。無事、彼らにしるべのランタンを渡してきた」
「ご苦労さま、我が『魔魂転写体』よ。ふふ、これでもうテルフェに逃げ場はない。もう数日の命さ」
シュヴァルカイザーの基地から遠く離れた、霧深い森の奥地。そこに、憂いの君とその本体……ベルティレムがいた。
言葉を交わした後、憂いの君の身体が溶けるように消えていく。役目を果たし、本体へと還元されたのだ。
「まずはテルフェを消して……次に穏健派の七栄冠を一人消すとしよう。少しずつ、少しずつ。ソサエティの力を削ぎ、封印の御子を守る者を消す。そうして最後は……御子を始末して、ミカボシを呼び覚ます」
分身と融合したベルティレムは、乾いた落ち葉を踏みしめながら森の奥へと向かう。目指すは、自分で建てた丸太小屋だ。
「……思い出すな。千年前のイゼルヴィアも、こんな風に自然に溢れていた。私はミシェルと……ミシェル、と……」
遠い昔の記憶をたぐり寄せながら、ベルティレムは涙を流す。呼び覚まされるのは、共に支え合い生きてきた最愛の弟……ミシェルとの思い出。
『おはようお姉ちゃん、もう朝だよ。さ、今日もお仕事がんばろ!』
『見て、お姉ちゃん! ほら、綺麗な押し花出来たんだよ! これ、お姉ちゃんにあげる! 大切にしてね!』
『わあ……雪が降ってきたよ。綺麗だね、お姉ちゃん』
「……ミシェル。私はお前への誓いを必ず果たすよ。永久の鎮魂のために……カルゥ=イゼルヴィアを滅ぼす。あの大地だけは、誰にも救わせない。腐った世界は、塵に還さなければならないんだ」
涙を流しながら、ベルティレムは一人歩く。深い悲しみと、怒りを胸に。




