156話─オルセナへの帰還
ヴァルツァイト・ローグという強力な仲間を得たフィルとアンネローゼ。無事ダイナモドライバーも回収完了し、後はカルゥ=オルセナに戻るだけだ。
「さて、チーズも食べ終えましたし……アンネ様、一旦カルゥ=オルセナに帰りましょう。ウォーカーの力を使えば、一発で戻れますから」
「え? フィルくん、あなたウォーカーの一族だったの?」
「ええ、そうですけど。こっちの世界にもいますよね、シゼルさん」
「いねぇよ。とっくの昔に、ソサエティの魔女どもが一人残らず殺しちまったのさ。あいつら、ムダにプライドか高いからな。自分たち以外に特別な力を持つ者がいるのが気に食わねえんだよ」
フィルの言葉を聞き、シゼルが驚く。そこにローグが加わり、とんでもない事実を語った。あまりの驚きに、フィルは固まってしまう。
「えええ!? そ、そんなことがあったんですか……」
「この街……メルナリッソスの中にあるピュミレ地区に博物館があってな、そこで数々の血に塗れた歴史を得意気に記録してるぜ。興味があったらみてくるといいぜ、まず胸くそ悪さに反吐吐くからよ」
「……もしかして、フィルくんがウォーカーの一族だってバレなかったの超ラッキーだった?」
「ああ。バレてたら間違いなくここにいられねぇ。即刻駆除されてるよ、あの魔女どもに」
酒をガブ飲みしながら、ローグはアンネローゼにそう答える。あり得たかもしれない末路を想像し、フィルはドッと冷や汗をかく。
最初にマーヤと対面した時点でウォーカーの一族だとバレていたら、彼はその場で殺されていただろう。そうならなかったことに、心底安堵した。
「よ、よかった……。でも、ここまで逃げちゃえばもう安心ですね。さっさとカルゥ=オルセナに帰ってしまいましょう!」
「そうね、一旦みんなと合流してこれまでのことを報告しないと。あ、そうだ。叔母様、良かったらカルゥ=オルセナに来ません? みんなに叔母様を紹介したいんです」
「……ええ、いいわよ。とはいっても、ずっとそっちにいるわけにはいかないけれど。レジスタンスの基地に戻らないといけないから」
フィルが座標の設定を行っている間、アンネローゼはシゼルにそう提案する。少し考えた後、シゼルは頷いた。
しかし、彼女にはまだやらねばならないことが山ほどある。カルゥ=オルセナに定住、とはいかないようだ。
「よかった、無事座標を特定出来ました。さあ、行きますよ二人とも! ……ローグはどうします?」
「行かね。俺が行ったら、いろいろややこしいことになるだろうしな。面倒に巻き込まれるのはゴメンだ」
「なに言ってんの、アンタはもう私たちの仲間なのよ。向こうにいるみんなに紹介するのがスジってもんでしょ、ほらさっさと行く!」
「だああ、引っ張るな! この酒わりと高えんだぞ、こぼしたらもったいな……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
フィルが門を生成する中、一人居残ろうとするローグ。が、アンネローゼに引っ張られて門の中に押し込まれる。
好物の酒を盛大にこぼし、汚い悲鳴をあげながら門の向こう側に消えていった。それに続き、フィルたちも門をくぐり……帰還を果たすのだった。
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「オラッ! オラッ! クソッ、むかつくぜ。このアタシが……七栄冠の一角がまんまと出し抜かれるなんてな!」
その頃、ルナ・ソサエティの本部にてマルカは苛立ちを紛らわせるため、自室にこもりサンドバッグを殴っていた。
フィルたちが脱出した直後に目覚め、仲間から事の顛末を聞かされた彼女は憤っていた。まんまと罠に嵌められ、獲物を逃がしてしまったことを。
「チッ、本当にイライラが収まらねぇ。魔女長には謹慎命令出されるし、レジスタンスは仕留められねえしで……フラストレーション溜まるなぁ、クソ!」
拳に電撃を纏わせ、マルカはサンドバッグを打ち抜く。勢い余って腕が貫通し、中に入っていた砂が床に散らばる。
「フフフ、荒れてるねぇマルカ。せっかく私が特製サンドバッグを作ってあげたのに、使わないのかい?」
「……ベルティレムか。誰がてめぇの作った悪趣味なモン使うかよ。裏切り者たぁいえ、人間入りのサンドバッグなんか殴りたくねぇよ」
魔法で砂を片付けていると、音もなく一人の魔女が部屋に現れる。クリーム色の燕尾服を着た、男装の麗人という言葉が似合う顔立ちの女はマルカに語りかける。
一方のマルカは、振り返りすらせずに答える。ベルティレムと呼ばれた女は、特に気にした様子もなくクスクス笑う。
「あら、だからいいんじゃない。サンドバッグを殴る度に、中から悲鳴が聞こえてくるのが最高に心地いいのよ?」
「くだらねー嗜虐講座は後にしろ。何の用も無しに来るわけねぇだろ? 月輪七栄冠の一人……『弾撃』の魔女がよ」
「もちろん。七栄冠の会議で、私が刺客に選ばれたのよ。逃走した来訪者たちと、その協力者を殺すためにね」
ベルティレムはそう答えると、懐から小さな懐中時計型のオルゴールを取り出す。ネジを巻き、もの悲しげな音色を響かせる。
「おい、やめろ。もっと別の曲にしろよ、陰鬱になってしょうがねぇ」
「えー? 私はこれが一番お気に入りなんだけど。……って、そんなこと言ってる場合じゃないわ。逃走した連中の顔、私に共有して。あんただけなのよ、七栄冠で全員の顔見てるのは」
「んだよ、そういう本題は最初に言えよな。お前の悪いクセだぞ、それ。ま、いいや。メモリーリンク!」
くだらない話を延々されて不機嫌になりつつ、マルカは自身の記憶の一部をベルティレムに与える。フィルたちの顔、背格好。
追跡にあたって必要な情報を共有し終えた後、ベルティレムは上機嫌になりながら部屋を去って行く。
「サンキュー、マルカ。それじゃ、早速行ってくるわ。たぶん、この街のどこかに潜んでるだろうし……サクッと殺してくるから」
「ヘッ、あんま舐めてかかるなよ。油断してっと足もと掬われるからな!」
「心配ご無用。私はそう簡単に負けないもの。じゃあね」
マルカの忠告をさらっと聞き流し、ベルティレムは音もなく消えた。が、彼女たちは知らない。すでに、フィルたちがこの大地を去っていることを。
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「とーちゃくっ! はー、まだ一日しか経ってないのに十年ぶりくらいに帰ってきたような気がするわ」
「分かりますよ、その気持ち。もの凄く密度の濃い一日でしたからね、いろいろ疲れました……」
「うわ、すげぇとこに出たな。なに、お前らこんなジャングルの中に住んでるわけ? 物好きな奴らだな」
無事、基地近くのジャングルの中に戻ってきたフィルたち。ローグが辟易する中、フィルを先頭に基地へと戻る。
「叔母様、あのテーブルマウンテンの中に私たちが住んでる基地があるのよ」
「そうなの? 凄いところに住んでいるわね。フフ、思い出すわ。子どもの頃、姉さんと秘密基地を作って遊んでいたっけ」
懐かしきテーブルマウンテンが見えてくる中、アンネローゼはシゼルとお喋りする。その時、基地の中からイレーナが飛び出してきた。
どうやら、フィルたちの接近をレーダーが感知したらしい。満面の笑みを浮かべて、フィルに向かって突撃してくる。
「しーしょー! あーねごー! おかえりなさいっすー!」
「イレーナ! ええ、ただいま! 約束通り、ちゃんと帰ってきましたよ!」
飛び付いてきたイレーナを受け止め、その場でくるくる回るフィル。そこに、基地から続々と仲間たちがやって来た。
「フィル殿、アンネローゼ殿! よかった、ご無事なようで……本当によかった」
「アンネち~ん、生きててよかった~! 彼ぴっぴも元気そうで、うちもはっぴ~!」
オボロとレジェは、安堵の笑みを浮かべている。少し遅れて、ギアーズを背負ったジェディンも合流した。
「フィル、アンネローゼ……待っていたよ、二人の帰りをな」
「いやぁ、こんなに早く帰ってこられるとは! わしゃもう嬉し……ん? 後ろにおるのは誰じゃ?」
「博士、こちらの方はシゼルさん。アンネ様の叔母様で、カルゥ=イゼルヴィア側での僕たちの協力者です」
「なんと、アンネローゼの叔母!? それはそれは、並行世界からはるばる……で、隣にいるのは?」
「俺はヴァルツァイト・ローグ。あんたらが散々手ぇ焼かされたボーグの運命変異体さ。よろしくな」
「へ? ……ええええぇぇぇぇ!?」
夕焼けに染まりつつある、ジャングルの空。そこに、イレーナたちの驚きの叫びが響き渡った。




