152話─囚われたフィルたち
「う……うーん。ここは……?」
世界再構築不全に巻き込まれ、双子の大地カルゥ=イゼルヴィアへ飛ばされてしまったフィル。力尽きて気を失ってしまい、それからしばらくして。
彼は一人、殺風景な部屋の中で目覚めた。身体を起こそうとして、違和感に気付く。手足を枷に嵌められており、動けないようベッドに拘束されているのだ。
「!? こ、これは! 一体誰がこんなことを……誰か! 誰かいませんか!?」
唯一動く頭を持ち上げ、フィルは前方に見える扉に向かって叫ぶ。が、誰も入ってくる気配はない。仕方なく、まずは現状の把握に努める。
「……とりあえず、落ち着こう。えっと、僕とアンネ様はヴァルツァイトを倒して……世界再構築不全に巻き込まれたんだ。どこかの通りに落ちて……ダメだ、そこからの記憶がないや」
これまでのことを思い出しつつ、自分の身体を見下ろす。すでにスーツは解除されており、ダイナモドライバーは外されている。
これまで着ていたルームウェアとは違う、白いシャツとズボンに着替えさせられていた。どうやら、何者かが持ち去ったようだ。
「アンネ様……どこ行っちゃったのかな。もしかしたら、僕みたいにどこかに……ん?」
「もう目覚めていたのか。ようこそ、もう一つの大地……カルゥ=オルセナより来る者よ」
アンネローゼの安否を心配していると、扉が開く。現れたのは、真っ黒な三角帽子とローブを身に着けた老婆だった。
後ろには同じ格好をした四人の若い女たちを引き連れており、どこか威厳を感じさせる佇まいをしていた。フィルにそう声をかけた後、パチンと指を鳴らす。
「! 枷が……取れた」
「自己紹介しましょう。私はマーヤ。この大地、カルゥ=イゼルヴィアを治める組織、ルナ・ソサエティを束ねる魔女長です。以後お見知りおきを」
「カルゥ=イゼルヴィア……そうか、ここが並行世界の……双子の大地」
フィルを拘束していた枷が外れ、自由になる。が、そこに老婆……マーヤの後ろに控えていた女たちがやって来る。
「うわっ!? は、離してください!」
「そうはいきません。貴方に暴れられると困るので、拘束台に乗ってもらいます。乗せ終えたら、共に来てもらいますよ」
「行く? 行くってどこに? いや、それより! 僕には仲間がいるんです、こっちに来た時には一緒にいたんですが……どこにいるか知りませんか?」
「質問は一度に一つにしなさい。まあ、いいでしょう。順に答えて差し上げます」
ダイナモドライバーが無い状態では、フィルはただの子どもに過ぎない。下手に抵抗して事態をややこしくするより、大人しく従った方がいいと判断した。
魔女たちは円筒状の装置を召喚し、その中にフィルを押し込む。装置の前面はクリアガラスになっており、そこから外が見えた。
「貴方が行くのは、ルナ・ソサエティの本部。そこで貴方には、魔女裁判を受けてもらいます」
「さ、裁判!? 僕、何も悪いことなんてしてませんよ!」
「別に貴方を裁くためではありません。別の大地からの来訪者に対する入国審査のことを、ここではそう呼ぶだけのこと」
「あ、そうなんですね……」
裁判、という言葉に身構えるフィルだが、単なる入国審査と聞き胸を撫で下ろす。だが、まだ疑問は尽きない。
アンネローゼの行方、そして没収されたダイナモドライバーの所在。そもそも、ルナ・ソサエティとは何なのか。聞きたいことが山積みだ。
「二つ目の質問への答えとしては、貴方の仲間も保護済みです。万一の事態に備え、こことは別の収容施設に移してあるだけです。貴方同様、じきに本部に移送されます」
「……よかったぁ。アンネ様、無事だったんだ……」
マーヤの言葉に、フィルは心から安堵する。そんな彼を、魔女たちはジッと見つめていた。
「あの、えっと……どうしたんですか? こっちをジッと見て」
「何でもありません、お気になさらず。さ、行きますよ。スカイライナーに拘束台を運びなさい」
「はい、グランドマザー」
魔女たちはマーヤの言葉に頷き、拘束台を宙に浮かせる。四人は前後左右を囲み、フィルを連れて部屋を去っていく。
「……あれが御子様のおっしゃられていた『星』の一つですか。なるほど……戦うとなれば、かなりの脅威になりそうだ」
部下たちを見送った後、マーヤはそう呟くのだった。
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「ちょっと! いつまでこんな筒に入ってなきゃなんないわけ!? っていうか、ダイナモドライバー返しなさいよ!」
「チッ、っせぇヤツだな。ガタガタ抜かすんじゃねえ! あんま騒ぐと電撃ブチ込むぞ!」
その頃、アンネローゼは一足早くルナ・ソサエティの本部に移送されていた。特殊収容室に拘束台ごと監禁され、ギャーギャー喚いている。
そんな彼女に、見張り役の女が怒声をぶつける。くせっ毛なのか、あちこちが飛び出ている長い白髪が特徴的な女は、猛禽類のような鋭い目でアンネローゼを睨む。
「へん、やれるもんならやってみなさいよ。っていうか、まずアンタ誰なのよ!」
「アタシか? ああ、そういや名乗ってなかったな。アタシはマルカ。ルナ・ソサエティの最高幹部、月輪七栄冠の一角……『雷迅』の魔女だ」
女……マルカはそう口にし、パイプ椅子から立ち上がる。真っ白なダメージジーンズと、タンクトップの上に直接羽織っている蛇皮のノースリーブジャケットがワルな雰囲気を醸し出していた。
「ふーん。ま、別に興味ないわ」
「はっ倒すぞてめぇ! わざわざ名乗らせといて興味無したぁどういう了見だオラ!」
「うるさいわね、そんなことよりフィルくんに会わせてよ! どーせアンタらがどっかに押し込めてるんでしょ? 私みたいにね!」
「フィル? ああ、お前と一緒に倒れてたガキンチョか。……もしかして、お前ら姉弟じゃなくてコレなのか?」
マルカの素性なぞまるで興味のないアンネローゼは、フィルに会わせろと要求する。そんな彼女に、マルカは左手の小指を立てつつ問う。
が、生憎とアンネローゼはそのハンドサインの意味を知らない。首を傾げる彼女に、魔女は直接質問をぶつけた。
「だから、てめぇとそのガキは恋人同士なのかって聞いてんだよ。さっきから、どうもお前の言葉を聞いてるとただの姉弟だとは思えねえからな」
「その通り。私とフィルくんはね、運命で結ばれた恋人同士なのよ!」
「へえ……お前いいシュミしてんな。だよなぁ、付き合うならオトコは年下がいいよな! 素直で可愛いからな、年下は」
「あら、アンタ中々話が分かるじゃない。ただのヤンキーかと思ってたけど、ちょっと見直したわ」
思わぬところから共通項を見つけ出し、アンネローゼとマルカはあっさりと打ち解けた。先ほどまでの険悪な空気はどこへやら、もう意気投合している。
一方、ルナ・ソサエティの地下施設。そこでは、フィルたちの発見と時を同じくして回収された『あるモノ』の解体が行われていた。
「ふぅん、こんな複雑な機巧初めて見るわね。双子大地のキカイ技術は、かなりレベルが高いみたい」
「いや、これは多分暗黒領域製よ。部品に宿ってる魔力が、闇の眷属特有の濁り反応を示してるもの」
地下室にて、作業服を着た二人の魔女が解体作業をしながらおしゃべりをしている。解体されているのは……残骸と成り果てた、ヴァルツァイト・ボーグだった。
すでに瀕死の状態だった彼は世界再構築不全に耐えられず、そのままスクラップとなって機能停止したのだ。否、したはずだった。
「ん? ちょっと、いきなり音が鳴り始めたわよ、これ」
「モノアイから赤い光が点滅してる……何かしら。あ、止まった」
「変なスイッチに触っちゃったんじゃない? ほら、さっさと解体終わらせて解析作業に移るわよ。カルゥ=オルセナ侵攻のための兵器を作れって言われてんだから」
魔女たちは気付かなかったが、この時……ヴァルツァイトは最後の力を使い、自身の意識をある存在へと飛ばしていた。そのことをフィルたちが知るのは……まだ、先の話だ。




