151話─一つの終わり、一つの始まり
「やったぁ! シショーたちの勝ちっすよ!」
「俺たちはあまり役に立てなかったが……ようやく討てたのだな。災いの元凶を」
真っ二つにされたヴァルツァイトが、地面に落ちて動かなくなる。吹き飛ばされたイレーナたちは、フィルとアンネローゼの勝利を喜ぶ。
剣が消え、互いの手を握ったまま恋人たちは地上に降りる。ヴァルツァイトの側に立ち、生死を確認し……彼がまだ、生きていることを驚く。
「グ、う……」
「驚いた……アンタまだ生きてるわけ? でも、もう何も出来ないわね。左右真っ二つにしてやったもの」
「苦しいなら、介錯しますよ。それくらいの情けは僕たちにもありますから」
「苦しい、カだと? 苦しみナどない。むしロ、今とてモいい気分だ……」
漆黒の槍を構え、いつでもトドメを刺せるようにするアンネローゼ。フィルが問うと、ヴァルツァイトは笑いながら答えた。
イレーナたちが駆け寄ってくるのを視界の端に捉えつつ、フィルは再度問う。自分たちに負けて、悔しくないのかと。
「悔しいトも。だガ、そんなのはもうどうデもいい。お前たちヲ見て、ようヤく……私の『渇き』の原因ガ解ったのダから」
「そういや、さっきそんなこと言ってたわね。なによ、その渇きってのは。アンタロボのクセして、喉が渇くわけ?」
「そんな単純ナものデはない……まあイい、どうせ死ぬ身ダ。最後に、私の身の上ヲ聞かせテやる」
そう言うと、ヴァルツァイトは集結したフィルとその仲間たちに己の過去を語って聞かせる。愛することも、愛されることも知らず孤児として育ったこと。
いつしか、己の中に耐え難い『渇き』が生まれたこと。その渇きを癒やすために成り上がり、あらゆる欲を叶え……それでも渇きは消えなかったこと。
悩み抜いた果てに、カンパニーに永遠の栄華をもたらせば、渇きが消えるかもしれないと考え……そのためにカルゥ=オルセナを侵略したことを。
「ふぅーん、アンタもアンタで苦労してんのね。でも、だからって許してもらえるなんて思ってないわよね?」
「そーっすよ! お前のせいで、この大地の……いや、他の大地のみんなも苦労したんすから!」
「当然だ。私ハ自分が悪しき行いヲしたとハ思っていナい。全て、自身ノためにしたコとだ」
「それはあの世で反省してもらうとして、です。何故僕たちを見て渇きの原因が分かったんです?」
「……『愛』だヨ。お前たちハ、互いを想い合い支え合っている。その姿を見テ、よくヤく気付いた。私ハ……誰かに、アイシテほしかったのだと」
アンネローゼやイレーナに責められても、ヴァルツァイトは平然としていた。間にフィルが割って入り、核心を突く質問をする。
その答えは、あまりにも単純明快だった。最後の最後、命を落とす間際で……皮肉にも、ヴァルツァイトは宿敵たちから教わったのだ。
自分が、本当に求めていたものを。
「それは無理な話だ。お前は誰も愛さない。誰かを愛さない者に、どうして愛が注がれる? そんな都合のいいことはない。それは……俺たちがよく知っていることだ」
「左様だ。社長……いや、ヴァルツァイト。もっと早くあなたがそれに気付ければ……違った道もあったろう……!?」
「ちょっと、ウソでしょ!? こんな時に……『世界再構築不全』!?」
カンパニーに全てを奪われたが故に、辛辣な言葉を返すジェディン。オボロは逆に、ヴァルツァイトに同情する。
が、その時。おぞましい空間の軋みを、その場にいた全員が感じ取る。周囲の景色が歪み、モザイクがかかりはじめる。
カルゥ=オルセナを蝕むもう一つの災厄、世界再構築不全が再びフィルたちを襲ったのだ。ここにいてはいけない、直感がそう告げる。
「みんな、走って! 幸い、基地にまでは世界再構築不全が及んでいません! 今ならまだ間に合います!」
「ひえ~、逃げろ逃げろ~!」
「フィルくん、私たちも逃げ……!? って、離しなさいよコイツ!」
フィルの言葉に、レジェを筆頭に全員が基地へ避難する。アンネローゼとフィルも続こうとするが、彼らの足首をヴァルツァイトが掴む。
「逃がすモのか……! 王としテの最後の意地ダ。私と共に……あの世ニ逝ってもらウ!」
「くっ、こいつ……ほぼ全壊してるのになんてパワー……振りほどけない!」
ヴァルツァイトはそれぞれの半身の断面からビスを地面に打ち込み、身体を固定する。何がなんでもフィルたちを逃がさない構えだ。
「シショー、姐御! 今助けに」
「そりゃ無茶だって! 今から戻ったら、巻き込まれて死ぬって!」
無事世界再構築不全の範囲内から抜け出したイレーナは、フィルたちの危機に気付きトンボ返りして助けようとする。
が、レジェが彼女を羽交い締めにして止める。すでにフィルたちは空間の歪みに呑まれはじめており、間に合わないのは火を見るより明らかだった。
「そんな、でも!」
「イレーナ、僕たちなら大丈夫です! イチかバチか……僕の持つウォーカーの力で、世界再構築不全をやり過ごしてみせます!」
「そうよ、だから心配しないで! 大丈夫、すぐに帰ってくるから! だから、みんなで宴の準備を──」
アンネローゼが最後まで言い切る前に、空間の歪みが三人を呑み込む。凄まじいノイズがイレーナたちを襲い、神経を苛む。
思わず目を瞑り、しゃがみ込んでしまう。やがてノイズが消え、静寂が戻る。イレーナたちが目を開けると……フィルたちは消えていた。
「ししょーと姐御……消えちゃった……」
「今は、信じて待つしかない。彼らの帰還を」
イレーナが呆然とする中、オボロが彼女の肩に手を添える。その近くでは、レジェが小さな声で呟きを漏らしていた。
「アンネちん、フィルちん……うち、待ってるから。戻ってきたら、みんなでパーッと騒ごうね」
「……大丈夫。二人は必ず帰ってくるさ。これまで、何度も奇跡を起こしてきたんだ。今回も、きっと……」
そう口にし、ジェディンは空を仰ぎ見る。茜色に染まっていた空は、ゆっくりと暗い夜の闇に包まれようとしている。
あまりにも長すぎた一日が、今……幕を下ろそうとしていた。
◇─────────────────────◇
『週間魔女タイムズ、続いてのニュースです。先日、ポルトラジ地区にて大規模な世界再構築不全が発生しました。ルナ・ソサエティによる事前の予知により、被害は出ず……』
「はー、ヒマ。雨で客は来ないし、ラジオは暗いニュースばっかりだし。そろそろ、この『カルゥ=イゼルヴィア』も終わっちゃうのかな……」
ネオンが煌めく、高層ビルが建ち並ぶ大都会。その片隅にある小さなアパートの一階に、雑貨店が入っている。
店のカウンターに座り、一人の少女が店番をしながら外の景色を眺めていた。外は大降りの雨、出歩く物好きは誰もいない。
「今日はお母さん魔女集会で遅くなるって言ってたし、もうお店閉めちゃおっかな。どうせ客なんて来なおひゃあ!?」
赤毛を三つ編みにした少女は陰鬱なニュースばかり流すラジオを消し、そう呟く。直後、店の目の前の通りで凄まじい破裂音が鳴り響いた。
同時に、曇りガラスの向こうで何かが落ちるのが見えた。少女は慌てて扉を開け、音の正体を確かめる。
「なになに、上の階からなんか落ち……え? う、嘘……人? しかもこの人たち……登録タグが付いてない。もしかして……カルゥ=オルセナから来た……?」
「う、うう……」
「気分、サイアク……」
少女が見たもの、それは……手を繋いだまま、うつ伏せに倒れるフィルとアンネローゼの姿だった。世界の壁を越え、今……二人は新たな運命に翻弄されようとしていた。
◇─────────────────────◇
「御子様、ソサエティの天体観測所より報告がありました。……三つの星が、このカルゥ=イゼルヴィアに落ちたと」
「……そう。来たんだね、もう一つの大地……カルゥ=オルセナから。これはもう、ゆっくりしていられないね」
同時刻、どこかにある部屋にて二人の人物が話をしていた。片方は、顔に深いシワが刻まれた年老いた魔女。もう片方は、神主のような格好をした少年だ。
「双子大地の共鳴が強まっている。早くどちらかを滅ぼさなければ、『ミカボシ』が目覚めてしまう。そうなれば……全て終わりだ」
「そのようなことは、決して起こらせはしません。我ら月輪の魔女たちが、総力を挙げて……カルゥ=オルセナを滅ぼしてみせましょう」
「ごめんね、マーヤ。君たちに辛い役目を押し付けてしまって。……でも、やらなきゃならない。僕は『封印の御子』として、この大地を守る義務があるから」
少年は老魔女にそう語り、立ち上がった。窓を開けて、降りしきる雨を見つめる。カンパニーとの戦いは終わり、新たなる物語が始まる。
カルゥ=オルセナとイゼルヴィア。数奇な運命によって結ばれてしまった、双子の大地を巡るヒーローと魔女たちの戦いが……彼らを待っているのだ。




