137話─クラヴリンの末路
クラヴリンが倒れた瞬間、衝撃で鎧の上半身部分と兜が砕け散る。生死を確認するため、イレーナは相手の元に近寄り……目を見開き驚く。
「えっ!? こ、子ども!?」
「見られて……しまったか。我輩の素顔を。だが、それも敗者への罰……か」
兜の下にあったのは、フィルと同じくらいに見える年頃の少年の顔だった。まだあどけなさを残しながらも、芯の強さを感じさせる凛々しさもある。
「え? え? でも、明らかに体格が釣り合ってないっすよ」
「この鎧は特注品でね……隙間を魔力で満たし、外部の衝撃から我輩を守る機能があるのだ。そのおかげで、どれだけ激しい戦いをしても大丈夫なのさ」
鎧に対して、クラヴリン本人の体格は小柄なものであった。不思議がるイレーナに、彼はそう答える。まさかの正体に、イレーナはトドメを刺すのをためらってしまう。
「うう、まさかシショーと同い年くらいの子どもが相手だったなんて。これじゃ、トドメを刺すのにすんごい罪悪感が……」
「気にすることはない。これでも……ゴホッ、我輩は八百年生きている。見た目こそこうだが……君が気に病むことはない」
戸惑うイレーナに向かって、クラヴリンは血を吐きながらそう口にする。だが、イレーナはトドメを刺すことが出来なかった。
いくら敵とはいえ、実年齢が見た目よりも高いとはいえ。子どもを手にかけられる非情さを、彼女はまだ持ち合わせていなかったのだ。
「……どうした、何故トドメを刺さない?」
「無理っすよ。アタイには、子どもを殺すなんて出来ない!」
「優しいのだな、君は。だが……我輩を生かしておくことなど、出来ないだろう? この大地の者からしておけば」
「……」
息の根を止めることを拒否するイレーナだが、相手の正論を受け黙り込んでしまう。真っ当な人格の持ち主とはいえ、彼はカルゥ=オルセナの敵。
仮に生かしておいたとしても、彼の居場所はこの大地には存在しない。殺すべきか、殺さざるべきか。イレーナが葛藤していると……。
「おーおー、無事勝ったようじゃな。うむ、ご苦労なことじゃ」
「!? あ、あんたは! コリンさん!?」
「……コーネリアス王、だと? 何故ここに」
二人のすぐ側に、煌びやかな装飾が施された木製の扉が現れる。扉が開き、中からコリンがひょっこりと顔を覗かせた。
「決まっておろう。ヴァルツァイト亡き後のカンパニーを牽引する者を確保しに来たのじゃよ」
「ど、どういうことっすか?」
「要するに、こやつに時期社長となってもらう予定なのじゃ。わしらにとって都合のいい傀儡として、な」
混乱するイレーナに、コリンは何故ここにやって来たのかを話し出す。他の魔戒王と協議した結果、ヴァルツァイトの後釜にエージェントを据えることで意見が一致したのだと言う。
「赤の他人に任せては、社員どもも言うことを聞かぬ。なれば、特務エージェントを一人確保し、そやつを次の社長にしてしまえばよいと考えたのじゃ」
「だが……何故、我輩のところに?」
「決まっておろう、現在生き残っているエージェントの中で、おぬしが一番人格がマトモだからじゃ。もし死んでおったら、アゼルに頼んで蘇生してもらうつもりじゃったが手間が省けたわい」
何故自分の元に来たのか。クラヴリンの問いに、コリンは身も蓋もない回答をした。確かに、騎士道精神に溢れるクラヴランなら問題は起こさないだろう。
「一番マトモ、か。だが……我輩が反乱を起こすかもしれない、とは考えないのか?」
「フン、徒党を組めるならともかくそうでない状況でコトを起こすほど、おぬしが愚か者だとは思うてはおらん。実力の差も、よく分かっておろう?」
「確かに……そうだ。他のエージェントがいるならともかく、我輩一人では王に勝てん」
カンパニーの所有する資産も兵器も、とうに他の魔戒王が差し押さえ済み。それらの返却は、当分起こりえない。
そんな状況で反乱を起こしたところで、即座に鎮圧されるのが関の山。クラヴリンはため息をつき、完全に降参した。
「というわけでじゃ、おぬしにはカンパニー側の戦後処理を一切合切取り仕切ってもらうぞ。死ぬほど忙しくなる故、覚悟しておけ」
「……よいさ、それでも。ヴァルツァイト様に殉じられぬのは口惜しいが、陛下は我輩を死なせるつもりなど毛頭ないようだからな」
「当たり前じゃ、阿呆。死んでもすぐ生き返らせるぞ、貴様だけはな。マリアベル、こやつを連れていくのじゃ!」
「はい、かしこまりました」
もう一つ扉が現れ、そこからマリアベルが姿を見せる。傷付いたクラヴリンを魔法で癒やし、扉の向こうへ連行していく。
「ああ、そうだ。最後に……彼女に言い残しておきたいことがある。少し時間が欲しい」
「構わぬ。ただし、最大でも三分までじゃぞ。ヴァルツァイトに感付かれてはたまらん」
「王よ、感謝する。……イレーナ、今回はいい戦いが出来た。全てが終わり、我輩が責務から解放されたら……また、心ゆくまで戦ってもいいだろうか?」
「もっちろん! 何度でも受けて立ってやるっす。今度は敵としてじゃなく、『友達』として!」
クラヴリンの言葉に、イレーナは満面の笑みを見せながら応える。彼女自身、クラヴリンのことは嫌いではない。
むしろ、他のエージェントとは違う正々堂々とした立ち振る舞いや精神性を好意的に見ていた。少年は笑い、口元の血を拭う。
「……ありがとう。これで生きる気力が湧いたよ。いつか、君と再戦出来る日が来るを願って……さらばだ、イレーナ。我が友よ!」
「別れは済みましたね? それでは行きましょう。旦那様、また後ほど……」
再戦の約束を交わし、二人は別れた。マリアベルたちは扉の奥に消え、去って行く。緊張がほぐれたイレーナは、その場に座り込む。
「ふー、一時はどうなるかと思ったっす。いやー、何とかなってよかったよかった!」
「うむうむ、そうじゃろうそうじゃろう。わしに感謝するがよいぞ、わあっはっはっはっ!」
「はおっ!? ま、まだ帰ってなかったんすか!?」
一息つくイレーナだったが、コリンの声に驚き飛び上がってしまう。てっきり、一緒に帰ったと思い込んでいたのだ。
地面にお尻をぶつけ、涙目になるイレーナに向かってコリンは鼻息を鳴らす。
「まだ一つ、伝えねばならぬことがあるのでな。おぬしらのために、アゼルやリオと協力して助っ人を数人送り込んだ。感謝せいよ」
「おお、それはありがたいっす! 猫の手も借りたいところっしたから!」
「アゼルから先ほど連絡があってな、向こうの担当はすでにエージェントと接敵したそうじゃ。誰が来たかは……会ってからのお楽しみじゃな」
「へー、誰っすかね? で、残りはいつ来るっす?」
「もうじきに来る。きゃつらには、南の海上にいるエージェントの相手をしてもらうことになってのう。実に楽しみじゃよ、何せ……」
そこまで言ったところで、コリンは意味ありげに言葉を句切る。ニヤニヤと楽しそうな笑みを浮かべ、空を見上げた。
「わしとリオが呼んだのは、三百年後の未来から呼んだ助っ人たちなのじゃからな!」
「えっ? ……ええええぇぇぇぇ!?!!?!?」
得意気なコリンの言葉に、イレーナは何度目になるか分からない驚愕の叫びをあげるのだった。
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「見えたぞ、キルト。あれが敵の空中戦艦だ!」
「うん、僕にも見えるよルビィお姉ちゃん。この時代の闇の眷属は、こんな戦艦を使ってたんだね。どんな構造してるんだろ」
同時刻、カルゥ=オルセナ南の海上。チェスナイツのリーダー、キング・ガンドラの乗り込む空中戦艦に近付く二つの影があった。
片方は、オレンジ色のジャケットと青いズボンを履いた幼い少年。あどけなさの中に、知的さを感じさせる顔立ちをしている。
もう片方は、彼を抱いて飛行する乙女。全身を赤い鱗で覆い、三対六枚の翼と腰から伸びた尾を持つ……人に化身した、最も神に近いドラゴンの女だ。
「随分と大きいな! これは撃墜し甲斐があるぞ、なあキルト。我はもう、今からワクワクが止まらん」
「僕もだよ、お姉ちゃん。せっかく過去に来たんだし、じっくり観光したかったけど……それより、あの戦艦を落とす方が楽しそうだね」
「うむ! ところで、エヴァたちはどうした?」
「向こうに着いてから呼ぶ手筈になってる。ルビィお姉ちゃんとフィリールさん以外、飛べないからね」
キルトと呼ばれた少年と、ルビィという名の竜の乙女はそんな会話をしながら空を飛翔する。空中戦艦を見据え、キルトは左腕を顔の前に持ってくる。
肘から先が義手となっており、鈍色の光沢を放っている。魔力を流すと、腕の内側がカシャッと開き一枚のカードが出てきた。
翼を広げた竜の絵と『エンゲージ』の文字が記されたソレを、腕の外側にあるカードスロットにセットするキルト。すると、義手から音声が鳴り響く。
『サモン・エンゲージ』
「さあ、行くよお姉ちゃん!」
「うむ! 見せてやろうぞ。我ら……『サモンマスタードラクル』の力をな!」
「うん! 悪事を働く闇の眷属は絶対に許さない!」
二人の身体が炎に包まれ、融合していく。真っ赤な竜鱗で出来た鎧に身を包んだ姿となったキルトは、翼を羽ばたかせ戦艦に向かう。
新たなる助っ人も、敵の元へ突き進んでいくのだった。




