133話─よみがえれ、炎と共に!
「ケッ、いいぜ。やれるもんならやってみろ! 今度はぐちゃぐちゃのミンチにしてやるよ! 食らえやぁぁぁ!!」
「……分かる。今のそれがしならば、貴様の攻撃などまるで効かぬと!」
人として復活を遂げたオボロに、カストルが攻撃を仕掛ける。相変わらず隙だらけな、それでいて恐るべき破壊力を持つ拳を振るう。
強靱なキカイの身体でさえ易々と壊してしまう、おぞましい一撃。それをオボロは──なんと、指先一つで受け止めてしまった。
「んなっ!? バカな、オレの拳を……」
「オボロ様が……受け止めた!?」
「今のそれがしには、力が溢れている。猛き炎が全身を巡り、活力の源となっているのだ! 故に……もう、それがしを殺すことなど不可能!」
「うごあっ!」
オボロは軽く相手を押し返した後、即座に拳を握りパンチを放つ。素人感丸出しなカストルのものとは違う、引き締まった隙の無い一撃を。
それほど勢いがあるようには見えないが、秘められた力は凄まじかった。二メートル近いカストルの巨体が浮き上がり、吹き飛ばされていく。
「うごああっ!」
「追撃させてもらう! 九頭流剣技、捌ノ型! 九頭牙爪連斬!」
地面を滑り、無様に転がるカストル。そこへ飛びかかり、オボロは相手の兜に連続で斬撃を叩き込む。その様を、シエルは呆然と眺めていた。
「オボロ様が……よみがえった……それも、人間になって……。わたくし、何が何だか……」
「しすたー、ないてるの?」
「ええ、でも……これだけは分かります。今、わたくしはとても嬉しい。オボロ様が、死なずに済んだことが」
子どもたちと共に戦いの行方を見守る中、カストルが反撃に出る。やられっぱなしではいられないと、腕を振ってオボロを追いやる。
「調子に乗ってんじゃねえぞクソがぁ!」
「フン、遅いな。目を瞑っていてもかわせる」
「イラつくぜ……ふざけんなよ、何で生身のてめぇがぁっ! キカイのオレを上回ってやがるんだ!」
連続パンチを放ち、オボロを仕留めようとするカストル。だが、攻撃は全て紙一重で避けられ、一発も当てられない。
その様子はまるで、宙を舞う木の葉を捕まえようと腕を振り回す子どもだった。イラだち叫ぶ相手に、オボロは答える。
「簡単な話だ。それがしは自分のためだけに戦っているのではない。フィル殿やアンネローゼ殿、ギアーズ博士たち。そして、シエル殿や孤児院の皆。彼らのために、それがしは戦っている!」
「だからどうした! 何の説明にもなってねぇじゃねえか!」
「なっているさ。誰かのためだからこそ、それがしは個の限界を超えた力を発揮出来る。独りよがりで自分勝手な貴様には、届かない場所へ行けるのだ!」
「んだと……」
オボロは自分のため『だけ』に戦っているのではない。愛する者を、信頼する仲間を。守り抜くために戦っているのだ。
だからこそ、どんな敵にも立ち向かっていける。己の限界を超え、遙かに高いスペックを持つ敵と互角に争えるのだ。
「だが、お前はどうだ? カストル、お前は誰かを思いやったことはあるのか? 他者を愛し、敬意を払い……慈しんだ経験はあるのか?」
「そ、れは……」
「ないだろう。そうでなければ、アンネローゼ殿を捨てるような真似などすまい。自分本位で身勝手な者を、拙者はこれまで何十人と見てきた」
「うるせぇ! てめぇにオレの何が分かる!」
オボロの言葉をかき消すように、カストルはショルダータックルを繰り出す。それを避け、オボロは相手の背中を斬り付けた。
「ぐうっ!」
「そうした自分本位な者たちは、例外なくみな惨めな末路を辿った。他者を愛さない者を、誰かが愛するわけがない。誰かを利用しようとする者は、逆に利用され破滅するのだ。お前のように!」
「うるせぇっ、うるせぇっ! オレはまだ破滅してなんかいねぇ! これからだ、ここから巻き返すんだよオレは! 野望を叶えるためにな!」
「野望か。残念だが、どんな内容だろうと叶うことはもうない。ここで死ぬのだから! 九頭流剣技、肆ノ型……瞬閃・青天霹靂!」
カストルの身体を蹴り、一旦距離を取るオボロ。跳躍しながら刀を鞘に戻し、キンと鳴らす。着地した瞬間、稲妻の如き速さで走り……抜刀居合い切りを見舞った。
音速の一撃はカストルの頭部を守る兜を捉え、直撃する。これまでのダメージの蓄積によって、額の部分に亀裂が走った。
「ぐ、う……てめぇ、よくも!」
「そろそろ、その兜も役目を終えそうだ。お前よりも一足先に、な」
「ほざけ! 役目を終えて死ぬのはてめぇだあっ!」
「まだ立ち向かうか。いいだろう、ならそろそろ終わらせてやる! 九頭流剣技、伍ノ型! 瞬閃・破穿突!」
今度はカストルが後ろに下がり、タックルを放とうとする。それよりも速く、オボロは刀を構え突きを放った。
寸分の狂いなく、放たれた突きは兜を捉え……今度こそ、粉々に破壊した。カストルの素顔があらわになるが、まだ余裕そうだ。
「よくもやりやがったな……! だが、まだボディには傷一つ付いてねえ。まだまだ、ここから逆転の目も」
「何を言っている? それがしが何故兜の破壊に固執していたか、貴様には理解出来ないのか」
「あ? なんだと?」
そんなカストルに、オボロが呆れたように声をかける。同時に、シエルに目配せを行いゆっくりと首を縦に振る。
オボロの意図に気付いたシエルは、子どもたちを連れて窓から離れ、カーテンを閉めた。これから行われる『処刑』を、子どもたちに見せないために。
「兜を狙ったのは、分厚く頑強なボディより破壊し易かったからだ。それに、何より……」
「何より、なんなんだよ!」
「──お前の頭は『生身』だ」
「──!」
そう答えたオボロの顔には、かつて鬼武者と恐れられていた頃の残忍な笑みが浮かんでいた。それを見て、ようやくカストルはオボロの狙いに気付く。
もっとも、気付いたところでもうどうにも出来ないのだが。今の彼に出来るのは精々、頭を守りながら逃げ惑うことだけだ。
「あ、あ……てめぇ、まさか最初っからそれを」
「そうだ。わざわざ斬れぬ胴体を狙う必要などまるでない。それよりは、確実に貴様の息の根を止められる頭を狙った方が合理的だ。違うか?」
「ひいっ! く、来るな! 来るんじゃねえ!」
これまでの威勢の良さはどこへやら、カストルはみっともなく縮こまりながら後退りしはじめる。ようやく彼は自覚したのだ。
自分は無敵の存在になったわけではないということを。だが、気付いたところでもう、唯一にして最大の急所を守るすべは無い。
「やめろ、やめてくれ! オレが悪かった、な? な? もうヴァルツァイトに味方するのはやめる、お前らにも手は出さねぇ。だから見逃してくれ!」
「呆れ果てたものだな。散々調子に乗っておいて、いざ命の危機が来たらそれか? ……本当に、貴様はどこまでも自分本位な男だ」
これまでと一変し、カストルは土下座して平謝りする。今なら、オボロの足の裏を舐めしゃぶってでも媚を売って生き延びようとするだろう。
そんな浅ましく、醜さの頂点を極めたカストルを見てオボロはため息をつく。もちろん、興が殺がれた等と言って見逃す気は毛頭無い。
「やはり、アンネローゼ殿はフィル殿と結ばれて正解だった。貴様のようなクズと添い遂げれば、確実に不幸になっていただろうな」
「頼む、許して……アンネローゼにも謝る、何だったら靴の裏を舐める! オレはまだ、死にたくない!」
「そうか、分かった。では、ここで無様に……惨めに一人死ぬがいい。フンッ!」
ペコペコ頭を下げ、見苦しさ全開で命乞いをするカストル。そんな彼に向かって、オボロは刀を振るう。四肢を根元から切り落とし、ダルマにしてしまった。
「ひ、ひぃぃぃ! 腕が、脚がぁ!」
「今のそれがしに斬れぬものはない。が……これ以上貴様をいびってもシエル殿を幻滅させるだけだ。そろそろトドメを刺してやる、ありがたく思え」
「嫌だ、いやだ……オレは、生きて……王になるんだ」
「王だと? フン、誰も愛さぬ貴様を、誰が慕う? 王として認める? 貴様は永遠に一人だ。誰からも愛されず、顧みられず……全てから忘れ去られるのが似合いなのだよ」
ここぞとばかりに、オボロはカストルの心をへし折りにかかる。一度殺されたからこその、彼なりの仕返しだった。
「オレは、一人……永遠に……」
「恨むなら、そこまで歪んだ自分を呪え。では、さらばだ」
「いやだ、助けて……ちちう、がはっ!」
オボロの振り下ろした刀に額を貫かれ、カストルはその敗北と屈辱に満ちた生涯を終えた。皮肉にも、彼が最期に助けを求めたのはかつて自ら殺した父だった。
「地獄に落ちるがいい、カストル。冥府の女神は苛烈な性格の持ち主と聞く。彼女に、一から性根を鍛え直してもらうのだな」
そう呟き、オボロは刀を引き抜き血を振り払う。孤児院からシエルが走ってくるのを見ながら、刀を鞘に納めるのだった。




