129話─破られた約束
次の日。フィルたちが最終決戦に備え、特訓を始めようとしたその時。世界各地で異変が起こった。六つの敵性反応が、バラバラな場所に現れたのだ。
「フィル、大変じゃ! カルゥ=オルセナの各地にカンパニーのエージェントたちが!」
「なんですって!? 決戦は二日後のはず……まさか」
「どうやら、一杯食わされたようじゃ。ヴァルツァイトめ、約束を破って奇襲してきおったな!」
突然の襲撃に、フィルたちは完全に後手に回ってしまった。相手が律儀に約束を守るとは限らない。その可能性を、彼らは失念していたのだ。
「アイツ……どれだけ卑怯な手を使えば気が済むのよ、あったまくるわね! 博士、私はヴェリトン王国の王城エルハイネンに行くわ」
「城の中に反応が……恐らく、メルクレアかカストルのどちらかじゃな」
「どっちでもいい、とにかくぶっ殺す! みんな、先に行ってるわよ!」
エージェントたちは、それぞれ別の地に降り立ち地元の騎士団や自警団と交戦しているようだ。そのうちの一カ所が、アンネローゼにとって因縁の多いエルハイネン城。
かつて彼女がカストルから婚約破棄を言い渡され、運命が変わった場所。そこに今、エージェントの一人がいるのだ。
「分かりました、お気をつけて! 僕は基地の近くに現れた敵を迎撃しに行きます!」
「なら、アタイはキカイ技術研究所に行くっす! ここにも敵が来てるみたいっすから!」
「それがしは孤児院へ。何故ここを狙うのかは知らぬが、シエル殿たちには手出しさせぬ……!」
「俺は解析が終わり次第、仇のいる場所に行く。幸い、人のいる場所に現れている反応は四つ。多少解析に時間がかかっても問題はない」
フィルやアンネローゼにとって縁のある地を選び、エージェントが攻撃を行っているようだ。残る二つの反応のうち、一つは南の海上に留まっている。
残りの一つは、フィルたちを誘い出すかのように各地をテレポートして動き回っている。何にせよ、グズグズしている場合ではない。
「何かあり次第、つよいこころ軍団を使って連絡する! みな、武運を祈るぞ!」
「はい! みんな、これが最後の戦いです! みんなで勝って生き残りますよ!」
「おおーーー!!!」
ヴァルツァイトの卑劣な攻撃により、静寂は破られた。今、最後の戦いが始まる。
◇─────────────────────◇
「早くボルス王を退避させろ! 脱出通路に案内するんだ!」
「急げ、防御を突破されたら終わりだぞ!」
ヴェリトン王国の首都、その中央にそびえる巨大な城エルハイネン。城内は、突然の襲撃によって阿鼻叫喚の地獄が生まれていた。
「ムダよ、お前たちはわたくしの忠実なしもべになるのだから。テンプテーション・アイ!」
「!? な、なんだ? 視界が歪んで──」
「おい、どうした? だいじょ……ぐあっ!」
「敵、コロス……全テハ、テンプテーション様ノタメ」
城の大広間で、エージェントの一人……メルクレアことクイーン・テンプテーションが迎撃に現れた騎士たちと戦っている。
彼女の瞳が妖しく輝き、騎士たちを魅了する。彼女に操られるがままに、無事だった騎士たちへと襲いかかり同士討ちが始まった。
「待て、落ち着け! 敵は向こうだ、俺たちは仲間だぞ!?」
「話しかけても無意味よ、わたくしが魅了を解かない限り正気には戻らない。ここで仲間同士で殺し合いなさい? その間に」
「その間に、何をするのかしら、 久しぶりね、アバズレ雌豚! その首、私が貰うわ!」
同士討ちしている騎士たちを尻目に、ボルスを抹殺するため先に進もうとするメルクレア。その時、大広間の扉が開け放たれる。
「あ、あなたは! ホロウバルキリー……いや、アンネローゼ様!」
「みんな、もう安心よ。このクソビッチは私がぶっ殺すから! さ、みんな正気に戻って!」
大広間の中に飛び込んだアンネローゼは、羽根を撒き散らして魅了された騎士たちの身体にくっつける。羽根の力で、騎士たちは正気に戻った。
「全員、王様のところに行ってあげて。カンパニーの残党が襲ってくるかもしれないから、守ってあげてね」
「あ、ありがとうございます! アンネローゼ様、ご武運を!」
「行かせるとでも思った? ここで全員死になさい、ペイン……」
「させないわよ! アンタはこっち!」
「! は、離しなさい!」
鞭を呼び出し、騎士たちに攻撃を仕掛けようとするメルクレア。そんな彼女の元に素早く飛翔し、スーツの首根っこを掴んで飛び立つ。
ステンドグラスをブチ破り、城の屋上にあるテラスへ向かう。床にメルクレアを叩き付け、アンネローゼは降り立った。
「ぐ……やってくれたわね。随分な挨拶だこと」
「会いたかったわよ、メルクレア。アンタをボコボコに叩きのめせる日が来て、私は今とっっっっっっっっっても嬉しいわぁ」
「ごふっ!」
よろめきながら立ち上がるメルクレアの元に滑走したアンネローゼは、とてもではないがフィルに見せられない邪悪な笑みを浮かべる。
そのまま相手のみぞおちに渾身のボディブローを叩き込み、出鼻を挫く。さらに、おまけと言わんばかりにメルクレアの頭を掴み、腹に膝蹴りを打ち込む。
「アンタと! バカストルのせいで! 私やお父様がどれだけ苦労したか! 思い知らせてやるわ!」
「ぐっ、ごふっ、がっ! このっ、調子に乗るな!」
いいようになぶられていたメルクレアだが、即座に腕を腹と相手の膝の間に差し込んで攻撃をブロックする。そのまま腕を振り、アンネローゼを振り払う。
「わたくしとしても、いずれお前を殺すべきだと思っていたところよ。いいわ、今日決着をつけてあげる。この城をお前の墓標にしてあげるわ、アンネローゼ!」
「フン、そんなありきたりな台詞聞き飽きてんのよ。そっくりそのままお返ししてやるわ、アンタこそ今日を命日にしてやる!」
「やれるものならやってみなさい。わたくしに勝てるのならね!」
そう叫んだ直後、両者はぶつかり合いロックアップの体勢になる。お互い一歩も引かず、がっぷり四つのまま動かない。
「ふぅん、パワーはあるのね。たかが大地の民のクセに」
「そのたかが大地の民如きに、これまで散々返り討ちにされてきたのは誰かしらね?」
「わたくしはこれまでの雑魚どもとは違うわ。さあ、そのスーツ……使い物にならなくしてあげる」
ロックアップ合戦が続く中、アンネローゼはスーツに違和感を覚える。直感が働き、ロックを解いてメルクレアを蹴り飛ばす。
すると、銀色の液体が飛び散る。床に落ちたしずくはひとりでに動き、メルクレアの元に戻っていく。同時に、相手にも変化が起きた。
「あら、勘も鋭いのね。惜しいわ、あと少しでスーツの内部に入り込めたのに」
「……アンタ、ただのサイボーグじゃないわね。その身体は一体……?」
「知りたい? なら冥土の土産に教えてあげる。わたくしの身体は、液体金属とナノマシンを組み合わせて作られているの。だからほら、こぉんな風に……身体を作り替えられるのよ!」
そう言いながら、メルクレアは右腕を伸ばす。すると、肘から先が銀色に染まり、槍のように鋭く伸びていく。
「串刺しにしてやるわ! 死になさい、アンネローゼ!」
「フン、あの犬っころといいアンタといい、とにかく槍使いに縁があるみたいね。なら、本職の槍捌きを見せ付けてやるわ! 武装展開、聖風槍グングニル!」
槍のように尖った腕が襲い来る中、アンネローゼは獲物たる槍を呼び出し攻撃を弾く。そのまま相手の懐に飛び込み、反撃を放った。
が、メルクレアは左腕を変形させて縦長の盾にし、アンネローゼの反撃を防いでみせる。バックステップで距離を取り、ニヤリと笑う。
「これもまた運命、というやつかしらね。お前とわたくし、どちらが真に強い戦乙女なのか……白黒付けましょうか!」
「翼が……フン、人の丸パクリなんて感心しないわね。でもいいわ、そっちがその気なら! 武装展開、ローズガーディアン!」
メルクレアは背中から禍々しいデザインの翼を生やし、ふわりと宙に浮き上がる。その姿は、闇に堕ちた天使のようだった。
アンネローゼも盾を召喚し、左腕に装備して構える。善と悪の戦乙女の頂上決戦の始まりだ。
「来なさい、この【ピー】野郎! アンタがもう二度と悪事を働けないように、その翼と手足をもぎ取ってやるわ!」
「やれるものならやってみなさい。地に落ち、無様骸を晒すのはお前の方よ、アンネローゼ!」
フィル一行とチェスナイツ。その初戦、アンネローゼとメルクレアの戦いの火蓋が切って落とされた。




