127話─命の意味を知った日
フィルたちと別れ、孤児院のある町へと戻っていくオボロとシエル。長距離テレポートを用い、町のすぐ側まで帰ってきた。
「うう、このテレポートの魔法は中々慣れませんね。頭がくらくらします」
「大丈夫か、シエル殿。もし足下が覚束ないようであれば、それがしが……ん? もし、そこのお二方。如何なされた?」
ふらふらしているシエルを抱え上げようとしたオボロは、町のすぐ側にしゃがみ込んでいる男女がいるのを見つけた。
女性の方は苦しそうに顔を歪めており、その場から動けないようだ。お腹が大きく膨れており、恐らく身籠もっているのだろう。
「ああ、あなたはオボロ様! お助けください、散歩をしていたら急に妻が産気付いてしまって。どうかお医者様のところまで、妻を運ぶのを手伝っていただけませんか!?」
「まあ、大変! ここからだと、孤児院の方が近いですわ。オボロ様、この方を運んで差し上げましょう!」
「あい分かった。ご婦人、ゆっくりと抱える。苦しいだろうが、すぐ孤児院に運ぶから安心なされよ」
「あり、がとうございま……ううっ!」
オボロはゆっくりと女性を抱え、シエルや女性の夫と共に孤児院へ走る。十分ほどして、どうにか孤児院へ戻ってこられた。
「院長、院長! 産気づいた女性がいたので運んできました! すぐにお産の準備をお願いします!」
「なに!? 分かった、奥の部屋を使いなさい。君たち、清潔な布とタライ、それからぬるめのお湯を!」
「はいっ!」
「シエルはお医者様のところに行って産婆さんを呼んできなさい。頼みましたよ!」
孤児院に飛び込み、シエルは大声で叫ぶ。廊下の掃除をしていた初老の女性は、即座にシスターたちに指示を出す。
お産の準備が整えられていく中、シエルはオボロと一緒に診療所に向かい産婆を連れてくる。奥の部屋にて、出産が始まった。
「ああっ……うっ、ううう~!!!」
「しっかり、もう頭が見えてきているわ!」
「あと少しよ、頑張って!」
奥の部屋から、女性の苦しそうな声とシスターたちの励ましの声が聞こえてくる。扉一枚挟んだ廊下にて、夫はうろうろ歩き回る。
「神様、どうか妻が無事出産出来ますように……。ああ、もし妻と子どもに何かあったら……」
「大丈夫ですよ、ここで働いているシスターは全員お産を手伝った経験がありますから。ですから、そう焦らないでくださいな」
「左様。こういう時こそ、落ち着いて構えていなければ。貴殿は一子の父になるのだろう?」
妻が心配なあまり、落ち着きなくうろうろする夫をシエルとオボロが宥める。二人の声かけで落ち着きを取り戻し、夫はその場に座った。
「それも……そうですね。なにぶん、初めてのことなので。もうすぐ産まれるとはお医者様に言われていたのですが、こんな急に来るとは」
「お産とはそういうものなのですよ。でも、わたくしたちが見つけられて幸いでした」
「ええ、あなた方にはなんとお礼を──!」
三人が話をしていたその時、扉の向こうから赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。どうやら、無事に出産出来たようだ。
少しして、扉が開かれ産婆が顔を出す。我が子の誕生に、夫は喜色満面だ。
「無事産まれたよ。元気な男の子さね。ほれ、突っ立ってないで奥さんに労いの言葉でもかけておやり」
「ああ……ありがとうございます! ありがとうございます!」
夫はペコペコ頭を下げた後、猛烈な勢いですっ飛んでいく。オボロとシエルも、当事者として部屋の中に入っていった。
「あなた……産まれたわ。私とあなたの、赤ちゃんよ」
「よく頑張ったなぁ……本当に……うっうっ」
「もう、あなたったら。ほら、抱っこしてあげて? 私たちの息子を」
「あーう、ばぶ?」
ベッドに寝ている妻の手を握り、労いの言葉をかける夫。感極まって涙を流す愛しい相手に苦笑いしつつ、妻は声をかける。
「さあ、どうぞ。お名前食もう決まっているのですか?」
「ええ、この子はウィルという名前にしようと妻と決めていたんです。シュヴァルカイザー様の本名にあやかって、勇敢で優しい子になってほしいと願いを込めて……」
シスターから布でくるまれた赤ん坊を受け取り、夫はそう答える。妻の元に戻り、仲睦まじく赤ん坊をあやしていた。
少しして、夫はオボロとシエルの方にやって来る。深く頭を下げ、お礼の言葉を口にする。
「お二人には、なんとお礼を言えばいいやら。お二人がいなければ、妻は流産していたかもしれません。本当に、本当にありがとうございます」
「いえ、お気になさらず。困っている人を助けるのが、わたくしの役目ですから……オボロ様? どうされました?」
「ああ、いや。あれが赤子なのか、と思ってな。それがしは、大地の民や闇の眷属の赤子を見たことがなかったのでな」
戦うためのキカイとして造られたオボロが、赤ん坊と接点が無いのは無理もないことだった。彼に見られていることに気付き、赤ん坊は見つめ返す。
「よかったら、抱っこしてあげてください。あなたは妻とこの子の恩人ですから」
「ん、そうか。しかし……緊張するな。まるでガラス細工の品を持つようだ」
男はオボロに近寄り、赤ん坊を渡す。受け取ったオボロは、おっかなびっくりといった様子でぎこちなく抱き上げる。
「わーぅ? あばぅあー」
「ふふ、オボロ様が分かるのですね。嬉しそうに笑っていますよ。はい、いないいないばぁ!」
「きゃっきゃっ!」
横から赤ん坊を覗き込み、あやすシエル。喜んで笑う赤ん坊を見て、オボロの中に新たなプログラムが生成されていく。
(これは……感じる。それがしの中に、何かが作られていくのを。ああ、そうか。それがしは……ようやく、答えを見つけ出せたのかもしれない)
イゴールやメリッサとの問答で、オボロは愛という概念を学び。師であるマッハワンとの戦いで、失われるが故の命の尊さを知った。
そして今、オボロはその目で、耳で、手で触れたのだ。新たに生まれ落ちた、暖かく柔らかな命の素晴らしさに。
「……愛い子だ。とても暖かく、力に満ちている。生きようとする、尊い力に」
「あうー? うぱー!」
オボロは赤ん坊を男に返し、そっと指を差し出す。赤子は小さな手を伸ばし、ぎゅっと握った。冷たくも暖かい感触が楽しいのか、ぺたぺた触っている。
「きゃっきゃっ! くぁーう!」
「愛しいな、この子は。命とは……こんなにも、尊く素晴らしいものなのだな」
「ええ。この子だけではありません。この孤児院で暮らす子どもたちも、院長やシスターたちも……そしてらあなたもです。オボロ様」
赤ん坊を見つめるオボロに、シエルがそう声をかけた。オボロは驚き、彼女の方へ顔を向ける。
「そうなのだろうか。それがしは、シエル殿たちのような血の通った身体は持ち合わせておらぬ」
「そんなのは関係ありません。例えあなたがキカイであっても、あなたが今ここで『生きている』ことには変わりないではありませんか」
「生きて、いる? それがしが……」
「はい。確かに、オボロ様は血の通わないキカイです。でも、わたくしたちと生の在り方が違うというだけのことなのです。私にとって、あなたは人間と何一つ変わらない大切な方なのですよ?」
はにかみながら、シエルはそう口にする。その言葉が、オボロを完全に変えた。もう、彼は心を持たぬキリングマシーンではない。
愛を知り、命の尊さを学んだ……人間に限りなく近い存在になれたのだ。
「ありがとう、シエル殿。それがしは、あなたと出会えて……本当に良かったと思えた」
「ふふ、わたくしもです。これからもずっと、あなただけをお慕いしています。オボロ様」
他のシスターや産婆、夫婦そっちのけで二人は見つめ合う。そんな彼らを、その場にいた全員が微笑みを浮かべて見ていたのだった。




