126話─デートが終わる時
夕方。楽しいダブルデートも、終わりの時が近付いてきた。人生初のデートを心ゆくまで満喫出来たようで、シエルはとても幸せそうだ。
「フィル様、アンネローゼ様。今日はわたくしたちにデートの作法を教えてくださり、ありがとうございます。おかげで、今日一日楽しく過ごせました」
「礼なんていりませんよ。むしろ、お礼を言わなければならないのはこちらです」
「え?」
「戦い以外で、オボロがあんなに楽しそうに振る舞っているのを見たのは初めてですから。孤児院での慰問活動の時より、活き活きしていました。それも全部、あなたのおかげです」
たくさんの買い物袋を抱えた一行は、公園で休憩することに。アンネローゼはトイレに行き、オボロは最後の買い物に行っている。
その最中、シエルがフィルたちにお礼の言葉を述べる。そんな彼女に、フィルもお礼を言った。彼女のおかげで、オボロはゆっくりと変わりつつある。
命の尊さと愛を学び、より人へ近く。
「そう、でしょうか。わたくしがオボロ様のお役に立てているのなら……こんなにも嬉しいことはありません」
「ええ、あなたと出会えたことはオボロにとっても幸運なことだと思います。……そういえば、シスターはどうしてあの孤児院で働いているんですか?」
ゆったりとした雰囲気の中、フィルはシエルに問いかける。その問いに、彼女はあかね色に染まっている空を見上げながら答えた。
「……わたくし、戦災孤児なんです。幼い頃、カンパニーの軍団に住んでいた町が襲われて……両親と妹を亡くしたんです」
「! ごめんなさい、そんな過去があるとは……」
「気にしないでください、遠い昔のことですから。それで、孤児になった私をある神父様が引き取ってくださったんです。孤児院に入り、わたくしは愛を注がれて育ちました」
シエルもまた、カンパニーの侵略の被害者だったのだ。そのことを知ったフィルは、カンパニーへの怒りを再燃させる。
「孤児院で暮らすうち、わたくしは知ったのです。この大地には、わたくしのように家族を失った子どもたちが大勢いると。神父様のように、わたくしも彼らを救いたい……いつしか、そう思うようになったのです」
「そうだったんですね。とても、立派なことだと思います」
「ふふ、ありがとうございます。わたくしが十四歳になった時、そのことを神父様にお伝えしたんです。そうしたら、シスターになるための勉強にいい場所があると教えてくれました」
シエルがそこまで話したところで、アンネローゼとオボロが戻ってきた。どうやら、オボロは飲み物を買ってきていたようだ。
「済まない、戻るのが遅れてしまった。少し冷えてきたから、全員分の温かいココアを買ってきた。さ、飲んでくだされ」
「ありがとう、オボロ。実は今、シスターの過去を聞いてまして。オボロも聞きますか?」
「ん、そうだな。シエル殿がどのような半生を送ってきたのか、それがしも知りたい」
「かしこまりました。では、最初から話しますね」
オボロたちも加わり、シエルは改めて己の過去を話す。カンパニーのくだりを聞いたオボロは、罪悪感を覚え視線を落とす。
そんな彼の手を握り、シエルは頭を横に振る。あなたは悪くない、何も気にすることはない……微笑みながらそう伝えた。
「オボロ様は何も悪くありません。ですから、そんなに落ち込まないでください」
「シエル殿がそう言われるなら……うむ、そうだな。しかし、それを聞いてしまったからにはカンパニーをますます許せなくなるな」
「私も同感よ。アイツら、どれだけこの大地に迷惑かけたら気が……っと、話が反れたわね。シエルさん、話を続けて?」
話がやや脱線してきたため、改めて本題であるシエルの過去に話が戻る。シエルは過ぎ去った過去を思い出しながら、話を続ける。
「はい。それで、神父様がわたくしが勉強出来るように援助してくれたんです。神父様にいただいたお金で、わたくしはギール=セレンドラクという大地に渡りました」
「え!? やあねぇ、あなたもジェディンみたいにあそこに行ってたの。というか、どうやって行ったわけ?」
「あの大地は、定期的にシスターや聖女の見習いを募集しているのだと神父様が仰っていました。なんでも、創命教会なる大規模な宗教組織があるとか」
「それがしも知っている。創世六神の一角、創命神アルトメリクを崇める組織があるのだと。かの英雄、アゼルとも繋がりが深いと聞く」
またしてもアゼルとの奇妙な縁があったことが発覚し、フィルとアンネローゼは驚く。シエル曰く、かの教会は様々な大地に司教を派遣して勧誘を行っているとのことだった。
「病や飢餓、戦災に苦しむ人たちを一人でも多く救うための人員を常に探し求めていると神父様が仰っていました。そこで、わたくしもかの教会でシスターになるための勉強をしたのです」
「ほー、アゼルの奴さような活動も精力的にしておるのじゃな。うむ、わしも負けておられんわい」
シエルが話をしていた、その時。どこからともなくコリンの声が響いてきた。直後、フィルたちのいる広場から少し離れたところに魔法陣が現れる。
ファン集団や道行く人々が驚く中、そこからコリンとマリアベルが出てきた。
「あ、コリンさん! お久しぶりです、お元気でしたか?」
「うむ、わしは絶好調じゃよ。……と言いたいところじゃが、ちとまずいことが起きてな。そなたの耳にも入れねばならぬと馳せ参じたのじゃ」
「まずいこと? ……なんか嫌な予感がするわね」
「単刀直入に言う。わしとの戦争に敗れ、捕らえられていたヴァルツァイト・ボーグが脱獄した」
その言葉を聞き、フィルたちの間に衝撃が走る。詳しく話を聞こうとするも、シエルが小さくくしゃみをした。
ココアを飲んでいるとはいえ、夜が近付くにつれて肌寒さも増している。身体を冷やしてはいけないと、フィルはオボロに声をかけた。
「オボロ、シスターを連れて一足先に戻っていてください。後で情報共有しますから」
「分かった、かたじけない。さ、シエル殿。それがしたちは先に帰るとしよう」
「は、はい。それでは皆様、本日はありがとうございました。皆様に、生命の女神の加護があらんことを」
別れの挨拶を済ませ、シエルはオボロにエスコートされながら広場を去って行った。それを見送りつつ、コリンは呟く。
「ほう、あのシスターはアルトメリクの信奉者かえ。あの女神が、戦いになったらヌンチャクを振り回しながらアチョー! と叫ぶなんて知ったらどう思うかのう」
「旦那様、取り急ぎ本題を彼らに。わたくしたちも多忙ですゆえ」
「うむ、そうじゃな。よいか、一度しか言わぬ。聞き逃すでないぞ」
マリアベルに急かされ、コリンはこれまでの経緯を話して聞かせる。全てを聞いたアンネローゼは、顎を撫でながら呟いた。
「アンタ、アイツと戦争してたの? 言ってくれたら加勢したのに」
「阿呆、その頃おぬしらは魔神たちとドンパチしておったじゃろ。どうやってわしらに加勢するんじゃ」
「あ、そっか。時期が丸かぶりしてたのね」
「しかし、これはまずいですよ。ヴァルツァイトの目的を考えれば、もうすでにカルゥ=オルセナに来ているかもしれません」
フィルの危惧は的中している。すでにヴァルツァイトは大地に潜み、最後の逆襲の時を待っているのだ。
「うむ、あやつがいつまでも敵だらけの暗域に留まるとは思えぬ。恐らくは、もうこの大地に逃げ延びておろう」
「とはいえ、まだそうだと確定したわけではありません。わたくしたちにそう思わせ、実は暗域に潜伏している……とも考えられますから」
「そういうわけで、わしらは暗域の捜索を行う。そなたらには、この大地での捜索を頼みたい。役割分担というわけじゃな」
「ええ、望むところよ。こっちはギアーズ博士がついてんだから。もしカルゥ=オルセナに潜んでるなら、すぐ見つけてやるわ!」
「頼もしい限りじゃ。そうそう、先の戦争でほとんどのエージェントを始末したが五人ほど取り逃がしてしもうてな。そやつらもこの大地に逃げ延びておるかもしれん、気を付けよ」
そう伝えた後、コリンはマリアベルを連れて暗域へと帰っていった。残ったフィルたちは、急ぎ基地へ戻る……前に、ファンたちに向かって声をかける。
「みんなー、来てください! 約束通り、お礼の握手会をしますよー!」
「わーい!」
「待ってましたー!」
どんな大事変の時でも、約束を破るべからず。ファンたちに囲まれ、フィルは一人ひとり握手をしたりサインを書く。
(待っていなさい、ヴァルツァイト。お前がこの大地に潜んでいるのなら、必ず見つけ出して息の根を止めてやる!)
握手をしながら、フィルはそう誓う。決戦の時は、近い。




