116話─これにてハッピーエンド……?
「はー、楽しい戦いだった! うん、大満足だよ」
「そうですか……よかった、無事に戦いが終わって」
和解を果たした二人による戦いは、一時間近く続いたがやがてそれも終結した。フィルの辛勝という形で幕が降り、ようやく平穏が訪れる。
……が、フィルはどこか違和感を覚えていた。白昼夢を見ているような、異質な浮遊感を感じていたのだ。
(……なんだろう。全部終わったはずなのに、何かおかしい。この違和感の正体は、一体……?)
「いやー、いい勝負だったよ。次は負けないよ、フィルくん! 必ずリベンジするからね!」
「ええ、いいですよ。何度でも返り討ちに──! 危ない!」
にこやかに笑いながら、手を差し出し握手を求めてくるリオ。それにフィルが応じようとした、次の瞬間。怖気に襲われたフィルは、咄嗟に飛び退く。
気付いたのだ。それまでリオが右腕に装備していたはずの、飛刃の盾がいつの間にか消えていることに。それが、違和感の正体だったのだ。
「リオさん……僕に何かしていますね? 土壇場でようやく気付けましたよ……もし、後ろに下がるのが遅れてたら」
「そうさ。あとちょっとで、君に認識出来ないようにした飛刃の盾で首を落とせたんだけどね。そっかぁ、気付かれちゃったかぁ。……僕が『境界のオニキス』を使っていたことに」
それまでの笑みが消え、リオは真顔になる。左手を握ると、彼の身体から漆黒の波動が放たれた。波動は里全体に広がり、書き換えられていた現実を元に戻していく。
「!? こ、これは……!」
「里は燃やしてないよ? ここには貴重な資料がたくさんあるからね。ウォーカーの一族の研究に必要な……ふふ」
波動が消えた直後、フィルはあまりの寒さに身震いする。里は燃やされたのではなく、氷漬けにされていたのだ。
家屋は形を保ったまま完全に凍っており、静寂が里を支配している。もっとも、無残に破壊された遺体は変わっていないが。
「第二の試練もクリア、だね。ギリギリまで待っててよかったよ、危うく見極めきれなくなるところだった」
「……途中から、ジェムの力を強めていましたね? 僕を罠に嵌めるために」
「うん、ふーちゃんの話うんぬんのところからこっそり使ってたんだ。握手すると見せかけて、飛刃の盾で首をスパッ! てやるつもりだったんだけどね」
小さな子どもが、いたずらがバレた時のような笑みを浮かべるリオ。だが、今のフィルにはそれが悪魔の微笑みに見えた。
「アブソリュート・ジェムを使われたことにも気付けないようなマヌケなウォーカーの一族は、これまでごまんといたからね。君もその一人なら、容赦なく切り捨てる予定だったけど……ま、そこは問題なくてよかったよ」
「リオさん。あなたは僕をどうするつもりなのですか? さっきの話は、あなたの想いは全部嘘だったんですか!?」
「嘘じゃないよ? でも、それとこれとは別の話なのさ。君を試さないといけないんだよ、この基底時間軸世界を含めた……全ての世界の平和のために!」
そう叫ぶと、リオは盾を構え走り出す。その頭上に、輝く黒い宝石が一つ。フィルは改めて武装を展開し、リオを迎え撃つ。
「僕への試練と、世界の平和……そこに何の繋がりがあるんですか!?」
「あるさ。君は考えたことがある? ウォーカーの一族の『起源』について」
「一族の……きげ、ん?」
「……ないか。やっぱりね。君の前に同じ質問を受けたウォーカーの一族も、みんな同じ反応をしてたよ」
互いの得物をぶつけ合いながら、問答が繰り広げられる。そんな中、フィルは直感で悟った。この問いこそが、リオたち魔神が試練を与えてくる理由なのだと。
「大地の民は、最初の創世六神によって創られた。闇の眷属は、混沌たる闇の意思によって生み出された。じゃあ、君たちウォーカーの一族は……誰が創造したんだろうね?」
「それ、は……それは……。僕は、僕たちは……誰に創られたんだ?」
リオの問いかけを受け、フィルは完全に思考が止まってしまう。それまで、疑問に思うことすらなかったのだ。
自分たちのルーツについて、何もかも。そして、彼は気付く。一族の古き歴史を、自分を含め誰も知らないことを。
「う、あ、あ……」
「何でそんな大切なことを知らなかったのか、教えてあげるよ。君たちは、精神の一部を支配されているんだ。ウォーカーの一族を創造した者にね」
「僕たちが……操られて、いる? そんな、そんなことあるわけが……」
「冷静に考えてごらんよ。どうして、誰も彼もが十二歳になると過激な選民思想に染まる? 君以外、一人の例外もなく。その答えは、君も気付いているんじゃないかな?」
考えてはいけない。絶対に真理にたどり着いてはならない。フィルの中に眠る、ウォーカーの一族としての本能がそう告げる。
脅えながら後退るフィルを真っ直ぐ見つめながら、リオは淡々とした様子で言葉を続ける。一歩ずつ、距離を縮めながら。
「これまで倒した一族の連中の心を、『霊魂のトパーズ』で覗き見るとね。みんな、外部から植え付けられたようなドス黒い淀みがあるんだよ。それが、十二歳を迎えると一気に広がって心を支配するんだ」
「それが……創造主が、僕たちを……ウォーカーの一族を操り人形にするための……」
「ピンポーン、正解だよ。君のお仲間たちは、その淀みの影響を受けて歪んじゃってたわけだ。それに気付けて、本当によかったよ」
「待ってください、なら……どうして僕だけが例外なんですか? あなたの理屈なら、僕だって歪んでしまっているはず!」
驚愕の事実を聞かされ、狼狽するフィル。そんな彼を指差し──いや、正確にはフィルが身に付けているダイナモドライバーを指差しながら、リオは答えた。
「簡単だよ。君が持つ無限の魔力さ。多分、そのイレギュラーな魔力が『淀み』を消し去っているんだよ……たぶん」
「たぶん? たぶんって何ですか!?」
「だって、今からそれを確かめなくちゃいけないんだもん。まだ仮定の段階だよ、君の心を見ていないからね」
カンパニーから手に入れたエージェントのコアの記録、そしてコリンを問い質して得た証言。それらを総合し、導き出された結論。
それが、フィルだけが生まれつき持っていた無限の魔力による保護だ。リオは左手を握り、新たなアブソリュート・ジェムを呼び出す。
「というわけで、君の心を『霊魂のトパーズ』でレッツウォッチング! ……する前に、最後の試練を与えるよ。本気を出した僕の攻撃、五分でいいから凌ぎきってごらん!」
「勝て、とは言わないんですね。リオさんは」
「うん。だって、本気を出した僕に君が勝てる理由がないもん。たったの一つもね」
どこか小バカにした物言いに、フィルはカチンとくる。本能から来る恐怖が薄れ、心の中に怒りが渦巻きはじめた。
「……言ってくれるじゃないですか。僕に勝ち目が一つもない? そこまで言われたら……絶対に勝ちたくなるに決まってるじゃないですか!」
「うんうん、いい面構えだね。もう脅えは消えたようだね。恐怖してたら、満足に戦えないしさ」
「! ……まさか、僕のコンディションを戻すためにわざと?」
「半分はそう。もう半分はほーんーきー。あっはっはっはっ!」
わざと憎まれ役を買って出てくれたことに感謝しようとしたフィルだが、そんな気持ちも吹っ飛んだ。剣と盾を構え、リオを睨み付ける。
「……本当に頭にきました。泣いて謝ったって、もう遅いですからね!」
「わはー、こわいこわい。じゃ、最終ラウンドを始めようか。……ビーストソウル、リリース!」
そう叫び、リオは盾のオブジェが納められた青色のオーブを呼び出す。それを体内に取り込み、絶対零度の冷気に身を包む。
凄まじい吹雪に阻まれ、フィルは数歩後退る。少しして、吹雪が晴れると……そこには、真の力を発揮したリオが立っていた。
「ふー、久しぶりだなぁ。この姿になるの。さあ、最後の試練……始めるよ」
フィルの前に立ちはだかるのは、両腕に細長い六角形の盾を装備したリオ。盾の先端からは、三本の鋭い爪が生えている。
両脚も分厚く頑丈な氷のブーツに覆われ、こちらも爪が生えていた。その姿はまさに……人の形になった、勇猛なる獅子であった。
「望むところです。もう二度と僕に軽口をタタケナイように、ボコボコにしてやりますよ!」
「うんうん、その意気やよし。……ああ、でも一つだけお願いするね。──簡単に壊れちゃダメだよ?」
背筋が凍り付くほどの、絶対零度の視線がフィルに向けられる。だが、もう怯むことも恐怖に脅えることもない。
「勝つ! この戦いを、ここで終わらせてやる!」
フィルとリオ、二人の戦いは最終局面に突入した。最後に立っているのは、果たして──。




