111話─いざ、アルバラーズ家の里へ
「ぐ、がふ……負けましたか、私たちが。最後の最後で競り負けるとは、まだ未熟ですね……私も」
「もーアカンわ、身体を再構築する魔力も残っとらへん。全部使い果たしてすっからかんや」
魔力を使い果たし、化身状態を維持出来なくなってきたソロンとアルガ。人の姿に戻るだけの力もないようで、ドロドロのアメーバのようになってしまう。
「うわ、キモ……というか、あれでも死なないって凄いわね。いや、羨ましくはないけど……」
「うー、夢に出そうっす……って、シショー? どうして近付くんすか?」
グロテスクな姿になった二人を遠巻きに見ていたアンネローゼたちとは違い、フィルはソロンたちの元へ近付いていく。
すぐ目の前にやってきたフィルを、ソロンは目玉だけを動かして見上げる。自分たちにトドメを刺しにきたのだろう、と思っていたが……。
「待っていてください、今ダイナモ電池から魔力を分けますから」
「? 何を言っているのです。貴方にとって、我々は不倶戴天の敵。魔力を与えて復活されたら、困るのは貴方自身なのでは?」
「せやで、ワイらが後ろからグサーってせえへん保証なんてないんやぞ。敵に塩を送って、恩を仇で返されてもええんか?」
「だからといって、このままあなたたちを放置してなんていけませんよ。戦いはもう決着しましたし、それに……」
魔力を供給し始めたフィルに対し、ソロンとアルガは辛辣な言葉を返す。実際には、後ろから不意打ちするつもりはない。
二人は敗北を以て、ほぼフィルを認めていた。この問いは、単に完全に信頼するための最後の一押しが欲しいだけなのである。
「それに、なんです」
「あなたたちは敵じゃありません。巡り合わせが悪かっただけなんです。お互い、主義主張は違えど同じ正義の味方じゃないですか。必要以上に争う必要なんて、どこにもありませんよ」
本気で自分を抹殺しに来ているのならともかく、彼らは確かめに来ているだけ。フィルが善なる存在なのか、悪なのかを。
ならば、戦いに打ち勝ち己が善であることを認めさせれば、後はもう争う必要などない。アンネローゼやイレーナはともかく、フィルはそう考えていた。
「……なるほど。私たちが思っていたより、貴方はずっと大人だ。そして、誰よりも優しく正義を愛している」
「せやなぁ、兄はん。……フィルちゅうたか、もう魔力はええで。こんくらいあれば、後は自力で何とか出来るわ」
「そうですか……分かりました。では、僕たちは行きます。アルバラーズ家の里に」
もう、試練は終わった。ソロンとアルガは、フィルを認めた。敵対する種族に生まれながらも、自分たちと同じ正義の味方だと。
「行くのなら、一つ忠告しておきます。里にはすでに父上たちがいます。……彼らは、本気で貴方を消し去ろうとするかもしれない。どうか、お気を付けて」
「ありがとうございます、ソロンさん。……覚悟は出来ていますよ。苦しむのには慣れていますから」
フェイスシールドの奥で、どこか悲しそうな笑みを浮かべるフィル。ソロンたちに背を向け、アンネローゼたちの元へ向かう。
「お待たせしました、二人とも。さあ、里へ入りましょう」
「ええ、分かったわ。……それにしても、フィルくんもお人好しね。あんな奴ら、放っておいてもよかったのに」
「そういうわけにはいきませんよ。……あの人たちも、自分の役目を全うしていただけですから」
「そう……ま、フィルくんが納得してるならいいわ。さあ、出発よ!」
ソロンたちに見送られ、三人は先へ進む。濃い霧が周囲に立ち込める中、フィルは両手を差し出し仲間たちの手を握る。
「絶対に手を離さないでくださいね、二人とも。もしはぐれたら、一生この霧の迷宮を彷徨うことになりますからね?」
「りょーかいっす! おてて繋いでらんらんするっすよ!」
「そうね、一生迷子なんて勘弁だもの」
「道順は覚えています。さ、行きますよ!」
数分ほど霧の中を進み、三人は最短経路で迷宮を突破した。少しずつ霧が晴れていき、視界が明瞭になるのと同時に……。
──ツンと鼻をつく血の匂いが、フィルたちを出迎えた。霧の迷宮を抜け出先に広がっていたのは、目を覆いたくなるほどの地獄だった。
「うわ……何これ、あちこち死体まみれじゃない。どうやったら、ここまで人体を破壊出来るのよ」
「ひえぇ……この死体、どろっどろに溶けてるっす……夢に出そう……」
「魔神たちの仕業ですね、間違いなく。まさか、ここまでやるとは」
至るところに、死体の山が築かれていた。綺麗な死体はほとんどなく、ほぼ全てが激しく損壊している。
胴を両断されているもの、頭を砕かれているもの、獣に食い千切られたような痕跡のあるもの……そのどれもが、見せしめであるかのように破壊されている。
「とにかく、魔神たちを探しましょう。里のどこかにいるは……ずっ!?」
「きゃっ!? 何よ、この丸いの」
「わぁ~っ! お、落ちるっす~!」
先へ進もうとした瞬間、三人の足下に円形の盾が現れた。盾の中央に描かれた線が光り、スライドして門のように開く。
突然のことに不意を突かれ、三人は中に落ちてしまった。フィルたちの到着に気付いたリオが、彼らを誘ったのだ。それぞれの相応しい相手の元へ。
「へぶっ! いったたた、一体なんなんすかも~」
「やあ、待ちくたびれたよ。君は……シュヴァルカイザーの仲間だね?」
「! あ、あんた誰っすか!? もしかして、あんたが……」
「そう。私はダンスレイル。木の力を司る斧の魔神であり、君と戦ったルテリの母親さ」
アルバラーズ家の里、南西部……マーケットエリア。崩壊した家屋の上に落とされたイレーナは、ダンスレイルと相対する。
返り血を浴び、緑と赤のグラデーションに染まった姿を見て、心の底から震え上がるイレーナ。本能が告げていた。──逃げろと。
「ひっ、あわわわわ……!!」
「ふふ、恐れているね? でも安心していい、君が娘を倒したことは別に怒ってはいないよ。そこまで狭量じゃあないからね。ただ……」
「ただ、なんすか!?」
「君が新たに得た力には興味がある。是非、それを見せてほしいんだ。私たちにも、得るものがあるか」
「絶対ぜったいぜ~~ったい嫌っす~!! こんなヤバそうなのと戦いたくな~い!!」
血の付いた斧を引きずりながら、ゆっくりと近寄っていくダンスレイル。恐怖が限界を超えたイレーナは、脱兎の如く逃げ出した。
「……ちょっと怖がらせ過ぎちゃったかな? ま、いいさ。私たちの目的は、シュヴァルカイザーから仲間を引き離すこと。むしろ、鬼ごっこして隔離する方が楽だね」
そう呟き、クスクス笑うダンスレイル。イレーナが逃げていった方を見据え、ゆっくりと後を追う。一方その頃、アンネローゼは……。
「……こんな形で再会することになるなんてね。よりによって、アンタと」
「御前試合以来だな、こうやって顔を突き合わせるのは。ちったぁイイオンナになったみたいだな、アンネローゼ」
「そういうアンタは、相変わらずチャラチャラしてるのね──ダンテ」
アルバラーズ家の里、東部……一般階級の住宅エリアにて、アンネローゼは対峙していた。かつて完敗を喫した因縁の相手、槍の魔神ダンテと。
「これも運命ってやつかねぇ? もしくは、リオが『運命のダイヤモンド』使ってるか……いや、んなヤボなことしねえか」
「私からしたら願ったり叶ったりね。あの日からずっと待ってたのよ。アンタにリベンジ出来るのをね!」
「ほー、そりゃ結構なこった。大した自信だが、勝つ算段はあるのか?」
「算段? そんなものいらないわ。今ここで、私は成長するの。フィルくんのために、私自身のために……私を見守ってくれている、お父様とお母様のために!」
炎の海が広がる中、アンネローゼとダンテは向かい合う。ダンテは帽子をかぶり直し、風の槍を呼び出して構える。
「……いいぜ。お前の思いの強さ、バリバリ伝わってくるよ。だが、オレも負けるわけにゃいかないんでね。また返り討ちにしてやるよ、あの時みたいにな!」
「私は負けない! 今日は特別な日になるのよ、ダンテ。殻を破って強くなった私が、アンタを打ち負かす。そんな記念日に!」
「おもしれえ、やってみろ! 人が神を超えられるのか、試してやるよ!」
アンネローゼも槍を構え、二人同時に走り出す。互いに、槍と風を操る者同士。灰色の嵐を従える魔の狼と、聖なる風に愛された戦乙女。
因縁の戦いに打ち勝つのは、果たして──。




