101話─闇夜に紛れて
「みんな、ごめんね。いろいろ迷惑かけちゃって」
「いえ、いいんです。僕たちは気にしていませんから。謝る必要があるとしたら、僕の方ですよ」
目を覚ましたアンネローゼは、破損したスーツの修復をしつつ手当てを受けているフィルの元へ向かう。これまでのことを詫び、頭を下げる。
一方のフィルも、アンネローゼが深い心の傷を負っていることを見抜けず、何のケアもしてあげられなかったことを謝った。
「いいの、悪いのは私だから……。いつまでもウジウジして、挙げ句暴走しかけちゃったんだもの」
「いえ、悪いのは僕の方……う、いたた」
「もう、無理しちゃダメよフィルくん。ほら、後のことは博士に任せて寝ましょ? まずは傷を治さないと」
アンネローゼに支えられ、ラボを出るフィル。スーツの修理はギアーズに任せ、まずは傷の治療に専念することに。
「お、フィルにアンネローゼ。もう修理は終わったのかの?」
「何言ってるのよ、まだ傷が治ってないのに修理させられるわけないじゃない」
「むむ、それもそうか。なら、わしがやっておこう。ついでに、デスペラード・ハウルの変化も調べねばならんのう」
入れ替わりでやって来たギアーズに残りの作業を任せ、二人はラボを去る。その後、ギアーズは修理をしつつ、イレーナから受け取ってきたダイナモドライバーの解析を行う。
「ふーむ、どれどれ……ぬおっ!? なんじゃあこれはっ! 内部コードが完全に変わっておる……魔神の血か……ふむ、実に興味深いわい」
ルテリの血を取り込んだことで、内部構造がこれまでとは完全に変わってしまっていた。唸り声をあげながら、ギアーズは解析を進める。
フィルとイレーナが休養し、ギアーズが作業を行宇中……夜が訪れた。陽が落ちても、オボロが基地に帰ってくることはなかった。
「帰ってきませんね、オボロ。一体、どこで何をやってるんでしょうか」
「もしかしたら、今日は孤児院に泊まってくるのかもしれないわね。最近、あそこのシスターといいフンイキな感じだし」
窓越しに聞こえてくる夜のジャングルのざわめきを傾けつつ、フィルとアンネローゼはそんな話をする。寝耳に水な話に、フィルは驚く。
「えっ、そうなんですか!?」
「そうよ? 前に慰問に行った時、一番若いシスターがオボロのことを熱っぽ~い目で見てたわよ。あれは完全に惚れてるわ、私には分かる」
「そ、そうなんですか……。僕、全然気付きませんでしたよ」
「ふっふふふ、オンナのカンを甘く見ちゃダメよフィルくん。さ、そろそろ寝ましょうか。今日は私が添い寝してあげるわ、なんなら子守歌を歌ってあげるわよ」
フィルの私室でイチャイチャする二人。だが、彼らは知らなかった。オボロは孤児院にいないことを。彼は今……人知れず、第二の刺客と戦っていることを。
◇─────────────────────◇
時は少しさかのぼる。夕陽が傾き、沈もうとしていた頃。オボロは一人、基地への帰路に着いていた。
「すっかり遅くなってしまった……。しかし、シスター殿への返事……さて、どうするべきか」
彼がテレポートを使って直接帰還せず、歩いて帰っているのには理由があった。オボロは今日、告白されたのだ。
かつてフィルがお世話になっていた孤児院で働く、とあるシスターに。そのことについて、一人で考える時間が欲しかったのである。
故に、ある程度の場所まではテレポートで近道し、残りの道程は歩きで帰っているのだ。
「それがしのことが好き、か……。果たして、それがしはどう返事をすればよいのやら。ううむ、やはりこういうことはフィル殿に聞くべきか……」
ようやく『命とは何か』という問いへの答えを見出しはじめたオボロにとって、まだ恋愛はあまりにも早すぎた。
その道の先輩として、フィルに相談しよう……一旦そう結論づけ、早足にジャングルを進む。考え事をしながら歩いていたため、もう陽は落ちている。
「夜行性の獣たちが目覚めはじめたな……今宵も、獣たちの狩りが……むっ!」
「よぉ、待ちな。おめぇ、確かシュヴァルカイザーの仲間のキカイ野郎だな? こんな夜に散歩かぁ?」
ジャングルの中を歩いていた、その時。突如強烈な殺気を感じ、オボロは足を止める。直後、木々を掻き分け屈強な体躯を持つオーガが現れた。
「貴様……何者だ? 何故それがしとシュヴァルカイザーを知っている」
「ああん? 仲間から聞いてねえのか。まあいいさ、なら自己紹介してやっから感謝しろ。俺はガティス、ベルドールの魔神が一人! 親父殿に命じられて、てめぇの仲間……シュヴァルカイザーを抹殺しに来たのさ!」
男──ガティスの言葉を聞き、オボロも強烈な殺気を放つ。腰から下げた妖刀の柄に手を伸ばし、ジリジリと距離を詰める。
「……ああ、そのような輩がいることは知っている。そうか、ついに動き出したのか」
「おうよ。昼間に俺の妹がカチコミしんだけどよぉ、返り討ちにされて泣いて帰ってきたんだわ。可愛い妹の仇、アニキとして討たなきゃならねえだろ?」
「なるほど、それで基地を襲撃しようというわけだ。夜の闇に乗じて」
少しずつ間合いを詰めてくるオボロに対し、ガティスはその場から全く動かない。殺気を叩き付けられても、涼しい顔だ。
どうやら、よほど余裕と自信があるらしい。飄々とした態度を崩さず、オボロが近付いてくるのを仁王立ちで待つ。
「まあな。ルテリとの戦いで多少は消耗してるだろうからな。よく言うだろ? 鉄は熱いうちに打てってな。潰すんなら今がチャンスってわけだ」
「なるほど、なら残念なことだな。その策は今宵潰えることになる。それがしが貴様を滅するのだからな!」
「やれるもんならやってみろ! 神殺しの力もねぇキカイ風情が、どこまで食らい付けるのか見せてみやがれ!」
夜のジャングルにて、人知れずオボロとガティスの戦いが始まる。先に仕掛けたのは、相手を射程圏内に捉えたオボロだ。
「受けてみよ! 九頭流剣技、壱ノ型! 菊一文字斬り!」
「ハッ、んな生っちょろい太刀筋なんざ目ぇ瞑ってても見切れるぜ! すっトロくてあくびがでらぁ!」
一瞬の踏み込みで相手の眼前に飛び込み、居合抜きを放つオボロ。だが、巨体を感じさせない軽やかな動きでガティスは攻撃を避ける。
バックステップで後退したガティスは、今度は自分の番だとばかりにサソリのハサミを模したハンマーを呼び出した。
「次は俺の番だ! てめぇのボディの耐久チェックをしてやるよ! 食らいな! 黒ハサミの鎚!」
「重い剛の一撃……なれば、受け流すのみ! 九頭流剣技、漆ノ型……流々鱗滑り!」
「んなっ!?」
相手の攻撃に対し、オボロはカウンターを試みる。妖刀の刀身に魔力を纏わせ、摩擦を限りなくゼロに近付けた。
その状態で守りを固め、刃の腹でガティスの攻撃を受け止める。すると、ハンマーがつるりと、斜めに構えられた刃を滑り落ちていく。
「チッ、小癪なことをしやがる!」
「小癪だろうが、防ぎ切れれば問題などない! 今度は外さん、九頭流剣技、壱ノ型……菊一文字斬り!」
攻撃を受け流され、バランスを崩すガティス。その致命的な隙を見逃さず、オボロは再度刀を振るう。今度こそ、相手の首を獲ったと思われたが……。
「しゃらくせぇ! こんなんで狩られるほど、俺は弱くねえんだよ!」
「!? バカな、たった二本の指で!?」
なんと、ガティスは身体を捻り、左手の人差し指と中指で振り下ろされた刀を挟んで受け止めてみせた。常人であれば、到底不可能な芸当。
桁外れの筋力と体幹バランスを持つ、カレン直系の血筋であるガティスだからこそ出来ることであった。
「そぉら、刀ごとブン投げてやらぁ!」
「ぬ、おおぉぉぉ!?」
さらに、ガティスはそこから反撃に出る。軽く地面を蹴って小さく飛び上がり、全身を回転させつつ刀ごとオボロを投げ飛ばしたのだ。
あまりにもダイナミックかつ意表を突いた反撃を受け、オボロは珍しく驚愕の声をあげ吹っ飛ばされる。とはいえ、キッチリと受け身は取ったが。
「これは驚いた……! まさか、これだけの剛力を持っていようとは!」
「へっ、褒めたってゲンコツしか出ねえぜ。俺の使命は、ウォーカーの一族を根絶させること。てめぇのお仲間にも、死んでもらわなきゃならねえ。ここでいつまでも遊んでる時間はねえんだ、サクッとケリ付けさせてもらうぜ」
「ふむ、そうか。だが、そうはいかぬ。貴様に一つ、問いたいこともあるのでな……今宵は、それがしの相手をしてもらおうぞ」
ハンマーを肩に担ぐガティスを睨み、オボロは刀を構える。月夜の下、二人の戦いが始まった。




