100話─愛に導かれて
ジェディンの当て身を食らい、気を失ったアンネローゼ。彼女は、暗い闇の中で一人泣いていた。戦いに行こうとしたのを邪魔されたからではない。
敵の姿を見た瞬間暴走し、歯止めが効かなくなってしまった自分自身を恥じて泣いていたのだ。一人うずくまり、涙をこぼす。
「やっぱり……私、全然ダメだわ。頑張らなきゃいけないのに……迷惑をかけちゃいけないのに、結局フィルくんの足を引っ張っちゃった……」
『全くだ。呆れてものも言えんぞ、アンネローゼ。そんな調子では、ハプルゼネク家の名が廃るぞ』
「!? この声は……お父様!?」
うじうじ悩んでいるアンネローゼのうしろから、呆れきった声が聞こえてくる。顔を上げ、振り向くと……そこにはオットーとリーナがいた。
「お父様、お母様! どうして、二人は……」
『言ったでしょう? わたしたちは、ずっとあなたの心の中にいると。これまでもずっと、あなたの戦いを見守ってきましたよ』
「お母様……お母様ぁ!」
『ふふ、大きくなっても甘えん坊ですね。いいのです、今は母の腕の中で存分に甘えなさい。あなたの心が、癒えるまで……』
久しぶりに会った母の腕の中に飛び込み、アンネローゼは泣きじゃくる。嗚咽を漏らしながら、思いの丈を両親にぶちまけた。
イレーナやオボロ、ジェディン。大切な友がたくさん出来たこと。敵味方の垣根を超え、レジェと友情を育み……彼女の死を看取ったこと。
カンパニーだけでなく、フィルの命を狙う勢力……アルバラーズ家やベルドールの魔神が現れ、不安に苛まれていることを。
「私、私……怖いの。みんな、みんないなくなっちゃうんじゃないかって。私を残して、死んじゃうんじゃないかって……」
『そう思うのも無理はない。次々に敵が出てくれば不安にもなろう。だがね、アンネローゼ。思い出してごらん、これまでのことを』
「え……?」
『お前は、仲間たちと共に乗り越えてきたじゃあないか。何度倒れても、その度に立ち上がってこれたじゃあないか。違うかい?』
オットーに諭され、アンネローゼは思い出す。これまでの戦いの日々を。幾多もの勝利と敗北を重ね、前に進んできたことを。
『オットーの言う通りですよ、アンネローゼ。あなたとその仲間たちは、あなたが思っているよりもずっと強い。強大な敵をも打ち破り、戦いに勝ってきたではありませんか』
「……うん。分かってる、分かってるの。でも……そう思おうとする度に、心の中にドス黒い感情が渦巻くの。自分が自分じゃなくなるような気がして……私、怖くて……」
イーリンやアルギドゥスとの戦いで、心に芽生えた黒い感情。怒り、憎しみ、殺意。アンネローゼはそれらの存在に戸惑い、恐怖を抱いていた。
この感情が、もし仲間たちに向いてしまったら。そうでなくとも、この負の感情をコントロールすることが出来なくなったら。そう悩んでいた。
『なに、難しく考える必要はないんだ。いいかい、アンネローゼ。誰だって嫌なことがあれば怒るし、嫌いな相手を憎むことだってある』
『一人の例外もなく、みな心に暗黒面を宿しているもの。大切なのは、そこから目を背けるのではなく……向き合うことなのです』
「向き合う……自分の、心と」
『そうだ。自分の中にある負の感情と向き合い、受け入れるんだ。それが出来た時……お前は大きく進歩出来るだろうさ』
両親の言葉が、優しさが……アンネローゼの心に渦巻いていた不安と焦燥感を消していく。少しの間沈黙した後、アンネローゼは問う。
「私に……出来るのかな。自分の中の闇を克服することが」
『出来る! 何故かって? そんなのは決まってるだろう。お前は私たちの血を引く、自慢の娘だからさ!』
『ええ。今はつまずいていても、あなたは必ず立ち上がれる。強い心を持っていることを、わたしたちは知っています。だから、悩むことはないのですよ』
「お父様……お母様……。ありがとう、おかげでスッキリしたわ。いつまでも、後ろを向いてなんかいられないわよね……うん、こんなんじゃレジェに笑われちゃう」
オットーとリーナの励ましを受け、ようやくアンネローゼは立ち直ることが出来た。今はまだ、心に出来た傷が完全に癒えてはいない。
だか、それを言い訳にいつまでも後ろ向きの姿勢でいることは許されない。アンネローゼは戦わなければならないのだ。
愛する者を、守るために。共に並び立ち、背中を預け合い……立ち塞がる困難を打ち砕き、前へ進んでいかねばならないのである。
『はは、元気になったようでなによりだ。私たちは、これからもお前を見守っているよ。また挫けそうになった時に、再び姿を見せよう。喝を入れるためにね』
『また、しばしのお別れです。愛するアンネローゼ……あなたの行く道の先に、幸福があらんことを祈っていますよ』
「ありがとう、お父様にお母様。私はもう悩まない。カンパニーの奴らも、アルバラーズ家の連中も魔神も。みんな纏めてやっつけちゃうんだから!」
すっかり立ち直った娘に微笑みかけながら、オットーたちは消えていく。同時に、アンネローゼの意識も闇の中に吞まれ薄れはじめる。
(目を覚ましたら、みんなにごめんなさいしなきゃ。いっぱい心配かけちゃったからね。フィルくん、怒ってないといいんだけどな)
そんなことを思いながら、アンネローゼは闇の中に倒れ込む。そして、意識が途切れた。
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「……ったく、なっさけねぇなぁ。勝ってくるぞと飛び出して、結局返り討ちたぁなあ」
「だって、だってぇ……まさか、あんなイレギュラーな事態になるとは思わなかったんだもん。くすん」
その頃、ルテリはシュヴァルカイザーの基地から遠く離れた山の中にいた。洞窟の内部を即席で改造した居住区に、きょうだいと共に。
「ええ、これは由々しき事態ですよ。よもや、連中が我々魔神の力を取り込んでしまうとは」
「これはヤバいんとちゃうかぁ、 パッパに報告したら、何て言われるか分かったもんやないで」
「その心配はありません、アルガ。すでに報告を行い、指示を貰っていますから」
「おお、さっすが長兄! 迅速果断ですなぁ!」
ルテリの敗北そのものは、ソロンたちは誰も責めはしなかった。それ以上に、イレーナが魔神の力を取り込んでしまったことを危険視していた。
ガティスやリリーたちがルテリの治療をしている間に、ソロンはリオに報告をしていた。そして、新たに指示を受けたのだ。それは……。
「試練は続行、ただし……並行してパワーアップした相手の力量を測れとのことでした。暴走する危険があれば、全力を以て滅せよ。父上はそう言いました」
「じゃあ、とりあえず作戦は続行ってことねリリー」
「そうらしいわね、ルルー」
「ほーん。ま、いいや。んじゃ、次は俺だな。早速ぶっ潰しに行ってくるとするか」
今後の方針が決まったところで、次なる刺客……ガティスが動き出す。大きく伸びをし、部屋の隅に立てかけてあった鉄鎚を引き寄せる。
「おー、頑張ってお兄ちゃん! 私の仇を取ってきてー!」
「おうよ、任せときな。不出来な妹のやらかし、バッチリ挽回してくっからよ」
「あー、またいじわるなこと言った! カレンおばさんに言いつけてやるから!」
「おいやめろ、お袋殿のゲンコツはクッソいてぇんだぞ! 頭蓋骨が陥没すんだぞ、冗談抜きで」
すっかり傷が癒えたルテリは、ガティスとわいわい騒ぐ。そんな弟と妹に、ソロンが長兄らしく声をかけ諫めた。
「ほらそこ、じゃれていないで出撃しなさい。今から出れば、夜には襲撃出来るでしょう」
「はいはい、そんじゃー行ってくるわ。さぁて、ひとっ走りするかねぇ! ハッハァー!」
第二の刺客、鎚の魔神ガティス。稲光を伴い、フィルを仕留めに向かった。




