聖女と魔王と評議会
「魔王が現れ、結界が壊されただと!?」
「神官長は一体何をやっておるのだ……!」
聖グレイズ王国の王城、その一室にて円卓を囲む評議会の神官たちと、王。ここはこの非常事態をどう対処するかを話し合う場であった。
「聖女様の洗脳は解けたのか?」
「いや、解けていないようだ」
「ではどうやって魔王と戦うのだ」
「……やはり神官長の言う通り、聖痕を使うべきだったのではないか」
「そんなものが表沙汰になったら我々の立場はどうなる!!」
着地点の見えない堂々巡りを続けていたそのとき、彼らは衝撃音を聞いた。音の方向に目を向け、部屋の扉が第三者によって破壊されたのだと気づく。
「――ご歓談中にすまねえな。俺も混ぜてくれよ」
完全に役目を失った扉を薙ぎ倒しながら現れた闖入者、魔王は不敵に笑った。
***
神官長に案内された、王と評議会の話し合いの場に、私とヴェルドさんは無理やり乱入を果たした。
入口の扉には第三者が入れないよう魔法がかけてあったらしいのだけど、ヴェルドさんが扉を蹴破り、また魔法ごと壊して入っていってしまった。かっこいいけど挙動が完全に悪役だ。
「で、セイラを誘拐しておいて、どう落とし前つけるのかって話をしてんだよ」
開放された状態になった入口からたくさん野次馬が覗いている中、ヴェルドさんはそう言い放った。
魔力は頑張って抑えているけど滲み出ているし、何より顔が怖い。発言の内容も相俟ってすごく柄の悪い人になっている。
そう、彼はとても怒っている。何故かといえば私のためなので、嬉しいと感じてしまうのは、流石に不謹慎だろうか。
ヴェルドさんの圧に完全にビビって固まっている状態からいち早く復帰したのは王だった。
「……私を殺すか? それともこの国を滅ぼすのか?」
「あ?」
震える唇から発された言葉を聞き、ヴェルドさんが眉間の皺を強めた。すごくかっこいいけれど、やはり絵面はどう見てもこちら側が悪役である。
「何もしねえよ。代わりにセイラにも魔族にも二度と手を出さないと約束しろ」
「できない」
「はあ?」
語気を強めるヴェルドさんに、王と評議会のお爺さんたちの肩がびく、と反応する。
「せ、聖女様は……人類の希望だ。こちら側に聖女様がいることで世界は均衡を保っている。聖女と魔王の婚約など、絶対に許容できない」
「知らねーよ。好き同士で結婚して何が悪いんだよ」
そうだそうだ!
横で全力で頷いて加勢した。なんで知らない人から私たちの恋愛に口を出されなきゃいけないんだ。世界の均衡とか言われても困る。私の意思を尊重してほしい。
私の内心など知る由もない王は、真剣な様子で言葉を続ける。
「聖女様が魔王に与すれば、均衡が崩れる。それどころか、聖女様の力で魔族を守りながら人間を一方的に蹂躙することすら可能だろう」
「!」
「だからあなたは聖女様を手に入れようとしているのではないのか」
私もヴェルドさんも、その言葉に虚をつかれた。
そんなことは全く考えもしていなかったから。けれど言われてみれば、確かにそれは正しい。
ヴェルドさんと私は、いわば世界最強の矛と盾だ。その矛と盾が足並み揃えばどうなるのか。
「……ああ、そうか、そう受け取られるのか。なるほどな」
ヴェルドさんはようやく合点がいった、という顔をして、静かに彼らを見据える。
「俺がセイラを利用して、世界を征服しようとしてると。そうお前たちは思ってるわけだな?」
つまりはそういうことだった。
大きすぎる誤解が生まれてしまっている。早いところ彼らを説得しないと、魔族と人間の確執は埋まらず、私は狙われ続け、もしかしたら本当に争いの火種になってしまうかも。そんなのは絶対に嫌だ。
「ヴェルドさんはそんなことしません! それに私、彼がそんなことしようとしてるなら絶対に協力しませんし!!」
「魔王には貴女の意思など関係ないでしょう?」
「だから、洗脳なんてしないって!」
どうしよう。どうすれば伝わるの。
焦る私を落ち着かせるように、彼の手が背中に触れる。大丈夫だって言い聞かせるみたいに私に目配せをした後、その口が開かれて。
「そもそも、セイラに洗脳魔法は効かねえよ」
特大の爆弾が投げ込まれた。
「えっそうなの!?」
「なんでお前が驚くんだよ。セイラの光魔力は強すぎて精神攻撃系の魔法が全部無効化される。実際戦った俺が言うんだから間違いない」
「ヴェルドさん、もしかしてあの時使ってたんですか」
「ああ、俺を倒した幻影でも見せてやろうと思っていろいろ試したんだけどな、全く効かなかった。もしかして神の加護ってやつか?」
そういうことは早く教えておいてください。私、知らなかったよ。もしかして、私には聖痕による支配も効かないんだろうか。だとしたら神官長の計画、前提からめちゃくちゃ狂ってるけど?
神官長も同じことを考えていたようで、すごく衝撃を受けたような顔をしていた。周りも驚きにざわついている。
「本当なのか……?」
「いや、確かに歴代の中でも特に力のある聖女様の中にはそういう方もいらっしゃったと……」
「しかし……」
まだ半信半疑といった調子で彼らは話し合いを続けている。なんでそんなに信用してもらえないんだ。そもそもこんな最高にかっこいい人、好きになるなんて当たり前じゃないか。魔法なんて使うまでもないでしょ!?
私はだんだん腹が立ってきた。
「――わかりました。そんなに信じられないなら私、今ここでヴェルドさんの好きなとこ言います」
「えっ」
ザワザワしていた場が一気にしん、と静まり返った。皆戸惑っているし、何より隣のヴェルドさんが一番困惑してるけど知らない。気にしない。とにかく喋る。私は怒っているのだ。
「ヴェルドさんもちゃんと聞いててくださいね!」
「いや、あの、セイラ」
「まず顔」
「顔かよ」
「知ってますか? 顔が好きってすごいことなんですよ、何しててもかっこいいんだから。寝不足で機嫌悪くて眉間に皺寄ってる顔すらかっこいい」
よく考えたら、私はヴェルドさん本人にもどこが好きって具体的に言葉にして伝えていなかった気がする。ちょうどいい機会なので本人にも知ってもらえばいい。
「でも、それだけじゃないんです。私のことすごく大切にしてくれるし、私だけじゃなくて、魔王様として魔族のみんなのためにいろいろ頑張ってて。そういうところがかっこよくて」
「セイラ、ちょっと待てほんとに」
隣でヴェルドさんが全力で止めようとしているけど、私の口は動き続けた。私には鉄壁の防御があるので手で塞ごうとしても無駄である。
「あっあとレドリーさん……側近の人と軽口叩きあってるのが楽しそうで可愛いです。あとぎゅってしてくれるときの包まれてる感じが好きだし、眠いときに口調が幼くなっていつもよりくっつきたがるのとか、可愛くて可愛くて私はもう」
「知らんそんなの覚えてない」
「あとキスのとき」
「あーーー!! もうやめろ!! そこまで言わんでいいだろ!!」
「え、でも」
「でもじゃない俺が羞恥で死ぬ……」
よく見てみれば、耳まで真っ赤になったヴェルドさんが右手で顔を隠して俯き、左手で私の腕を掴んでいた。か、かわいい……。
「照れてるところも可愛い……」
「お前ほんと帰ったら覚えとけよ」
「捨て台詞すら可愛い、これが神の生んだ奇跡ですね!?」
本当はまだまだいっぱい言いたいことはあるんだけど、彼に死なれては困るので、この辺りでやめておくか。
「なんだよこの空気……俺の威厳返してくれ……」
「だって私がどれだけヴェルドさんのこと好きかわかってもらわなきゃと思って」
「ああ、うん……それはよくわかった……」
ぐるっと周りを見回す。人々には戸惑いが見える。けれど、私が洗脳されていないというのは本当なのでは?と結論が出始めているように感じる。
空気は完全に一変した。けれど、彼らはまだどうするのかを決めあぐねているようだった。
「――わかりました。認めましょう」
「!」
まだ迷っているのであろう王や評議会を差し置いて、そう言葉を発したのは神官長だった。




