閑話:セリウス(2)
「おまえなんて相手にされるわけがないだろう?」
「何を言ってるんですか。僕は国王の息子ですよ? 王の座に一番近い人間です」
まだ成人を迎えていないセリウスは立太子の儀を済ませていないが、王位継承権はアーヴィンより高い。
「知っていますか? 叔父上。王族だけは略奪婚が認められているんです。だから六年後、僕が成人したらポーレット公爵家から彼女を奪おうと思います」
「なんだと?」
アーヴィンの表情を見れば、王族特権の略奪婚について知らなかったというのは一目瞭然だった。
「叔父上、勉強不足では? ちなみにイレーヌ嬢は知っていましたよ。テロス展でそんな話をしていましたから」
ひくひくっとアーヴィンのこめかみが震えた。
「きっと父は、そこまでわかっていたからこそ、イレーヌ嬢の婚約について横槍をいれなかったんです。父だって、叔父上の相手にイレーヌ嬢がふさわしいと思っている。だけど、一度公爵家に嫁いでもらったほうが、こちらとしては都合がいいはずですから」
それが先ほどの財務大臣の件である。ポーレット公爵がロイル侯爵を推薦してくれれば、間違いなく次期財務大臣はロイル侯爵だ。
今の侯爵は、議会における力が弱い。質実剛健といえば聞こえはいいが、ようは真面目すぎるためさまざまな意見を取り入れようとする。だからこれといった突出した動きができず目立たない。場合によっては自滅する。
そんな男に目をつけたのがポーレット公爵なのだろう。自分の後釜にロイル侯爵を据え、手のひらで転がしていいように操る。公爵のことだから、それとなく人を使うのは得意なはず。
そのため、息子シオドアとイレーヌの結婚を提案したにちがいない。さらに、あわよくばロイル侯爵家からの資金援助を狙っている。
「セリウス……その話は本当なのか?」
「その話? どの話ですか?」
「だから王族特権の略奪婚だ」
「えぇ。後で父の許可をとって王室法をお見せしますが……内規として記載されているため、知っている者は少ないのです」
イレーヌは王国の歴史書をかなり読みあさっていたようで、千年以上も前に王族特権が内規として定められたときの背景を知っていた。今となっては知っている者も一部であるし、それだっておとぎ話だと言って信じない者も多い話である。それを行使した者など、記録に残っているかぎり誰もいない。だから彼女も、知っているといった程度のものであった。
とはいえ、アーヴィンが王族特権について知らなかったのは、間違いなく父王の力が働いている。我が父ながら、あの腹黒さはどうなのかと首をひねりたくなるのだ。
「王族特権の略奪婚ですが……」
遙か昔、この国の王子が運命の女性と出会うのが遅く、彼女がすでに結婚していたのが発端だ。
王子はその事実に嘆き悲しみ、自ら死を選んだ。女性のほうは、婚家で冷遇されており酷い生活を送っていたが、それでも離婚できずにいたのは、家の関係によるもの。
また相手の女性も王子の好意には気づいており、いつかはこの酷い生活から救い出してくれるのではないかと期待していた矢先のできごとだったらしい。
さすがに王子は、結婚している女性を奪うことには躊躇いがあったようで、彼女が正式に離婚してときには思いを伝えようとしていたのかもしれない。
とにかくそういった過去もあり、王族は本当に心から愛する女性が既婚者であっても、相思相愛であった場合は特例として略奪が認められている。
ただし条件があって『本当に愛する者と出会ったときに限る』ともされているのだ。
「まるで叔父上のようですよね。自分から動くことのできないへたれ王子」
セリウスが口元に軽く笑みを浮かべれば、アーヴィンはむっと不機嫌になる。
この話は王子が愛する人に気持ちを告げられなかった悲劇が背景にあるように見えるが、王族特権の略奪婚にはもう一つ別の意味が存在する。
そのもう一つの意味を成そうとしているのが父王であり、そのために自分の弟の恋心を利用しようとしている。
「セリウス。俺は、学園卒業後は隣国トリアスに行かなければならない」
「知っています。父からの命令ですよね?」
端から見ればイレーヌに振られたから傷心の旅に出たようにも見えなくはないが。
「あぁ、ポーレット公爵がトリアスの貴族と接触しているからな」
やはりポーレット公爵はくせ者だ。そのような家にイレーヌが嫁ぐという事実に、セリウスも胸が痛んだ。
「叔父上、帰ってきますよね?」
「あぁ……」
「帰ってこないときは……僕がイレーヌ嬢をもらいますからね」
これだけアーヴィンをたきつけておけばいいだろう。
言うべきことを言い切って満足したセリウスは、アーヴィンの部屋を後にした。




