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95話

 校長室に押し掛けたモンスタークレーマーと化した保護者達は、あることない事を大声で校長先生に叩きつける。やれ大けがしただの、やれ教員の指導がなってないなど──己の子供が法に背いた行為をしたことなど完全に棚に上げている。


 なおクレアの名誉のために申し上げておく。彼女は確かに新入生を痛めつけたが、大けがをさせるようなことはしていない。そのあたりの力加減を失敗するような彼女ではない。むしろ、それぐらいで終わらせこの時点では教員に突然魔法を放つという法律に背いた行為に目をつぶったのだから、むしろ慈悲があったとでもいうべきだろう。


 しかし、モンスタークレーマーと化した保護者はそんなことを一切理解していない。ゆえにこうして押しかけて一方的に大声で校長先生に対して身勝手な言葉を吐き出し続けているのだ。


「この一件、そちらはどうするおつもりですか!? はっきりとした返事をいただきたいですね!」


 この言葉に、校長先生は一つ大きなため息をついた。そして──ある映像を流す。そこには講義を行っている教師に対して突如魔法を放っている生徒の姿がしっかりと映っていた。そこからクレアが行動に移るまでの一部始終が収められていた。映像を流し終えた光緒は静かにこう発言した。


「そうですな、そこまではっきりさせたいというのでしたら──先ほどの映像に移っていたようにわが校の教師に突如魔法を放つという行動をした生徒を公式に訴えましょう。更にその彼に追随した生徒達ももちろん訴えましょう。それがこちらの考えです。前途ある生徒の可能性をつぶさないように、一度だけは目をつぶろうと思っていましたが、皆様がお求めになられた以上はお応えさせていただきます」


 校長室の空気が変わった。先ほどまで保護者側の怒気でむせ返る様な暑さだったのに、一気にとても冷たい空気へと変貌した。その空気の中、さらに校長先生は口を開く。


「そして、あなた方のお子様が指導を受けた彼女のフルネームはクレア・フラッティと言います。知らないとは言いませんよね? 指名手配を受けながらもそのあまりの強さに抑え込む事など叶わず、ただ静かに彼女がいなくなることを願うしかできない存在。我が国の総理大臣も、彼女の存在を理解したうえで、穏やかに生きているのだからそっとしておくようにという指示を出しています」


 さらに下がる校長室の空気。クレア・フラッティの名は世界共通認識で超危険人物と認識されている。その彼女を穏やかにしているからこそ、世界は変なちょっかいをクレア周辺にいる人間に対して行わないように徹底する方針を取っている。少し前には拓郎を人質にしてクレアを使おうという動きも存在したが──今はない。何故無くなったのか? 亡くなったからである。


「つまり、あなた達は世界の危機の導火線に火を付けるごとき行動をとったわけですな。いいですよ、皆様のお言葉通り出るところへ出ましょうか? はっきりとした行動に移ることで返答としましょう。早速裁判の準備をさせていただきましょう」


 静かに、しかししっかりとした怒気が籠った校長先生の言葉に保護者達もさすがに理解する。自分たちは虎のしっぽを盛大に踏みつけた上に大騒ぎを起こしていたという事実に。すでに保護者たちの顔は青を超えて白に近くなっていた。校長先生が流した動画が裁判所で流れるだけでアウトなのに、そこに災厄の魔女のクレア・フラッティの名前まで載ったのである。


「そ、それはさすがに……」


 保護者の一人が先ほどまでとはうって変わった怯えた声で校長先生に声をかける。しかし校長先生は首を振る。


「何を言っているのですか。皆様が望んだことではありませんか? 都合が悪くなったから、先ほどまで私やクレア先生に対して吐き出し続けていた暴言や理不尽な人格否定の言葉を無かった事にしようとなさるのですか? そんなこと、通用するわけがないでしょう」


 校長先生からしたら、ここで手打ちにする事など出来はしない。自分に対する暴言ぐらいであるならば飲み込むが、保護者達はクレアに対する暴言まで吐いていた。校長室において行われた今日のやり取りの内容をクレアが気が付いていない事などありえない。だからこそ、校長先生は保護者達に対して強く出るしかないのである。そこに新しい声が降ってくる。


「校長先生、もういいわ。私が直接そこに出向くから」


 そして姿を突如現すクレア。中に待機していたわけではない。一種のテレポートで現れたのだ。


「今回の一件、こちらは絶対引けないわよ? 何せ教師に対して突如魔法を放った生徒側に非があるのだから。これでこちらが引けば、生徒達は前日の一件をやってもいい事と考えるでしょう。そうなればその後は転がり落ちるように魔法を平然と犯罪に用いる悪党が生み出されるだけ。私はそんな光景を何度も見てきた」


 クレアの声は淡々としている。だが、保護者達は目の前にクレア・フラッティがいるという事実だけで意識をやや手放し始めていた。しかしそれをクレアは許さない。静かに回復魔法を用いて、失神することを阻止していた。


「私はね、こういった行為を許せないの。こういった行為を積み重ねて、行き着く先は平然と他者を傷つけてせせら笑う人の姿をしたクズになっていった本人も、それらの道筋の途中で止めなかった周囲にも唾を吐くわ。だからこそ私は止めるのよ、まだやり直しがきくうちに。貴方達の考えとは根本的に異なっているんでしょうけどね?」


 静かにクレアは自分の考えを述べる。そこにある保護者が反論をした。


「い、言いたい事は分かるしそれを悪事だとも思わない。だ、だが暴力をもって行動するというのはどうなんだ?」


 この言葉に、クレアはわずかに嘲笑するかの笑みを浮かべてから口を開いた。


「残念だけど、こういった短絡的な行動に平然と出る人ってのは、どんなに言葉を重ねても理解しないのよ。少なくとも私が世界で見てきた人間はみんなそうだった。さらに言うなら、散々悪事を働いたくせに自分で痛い目にあう順番が巡ってきてボロボロにされたクズはこう言ったわ『なんで俺がこんな目に』ってね。今まで自分が苦しめてきた命と魂に何の罪悪感も持っていないの。貴方達の子供もそういう人間に育つ途中にあるのよ」


 クレアの言葉を聞いて行く内に、保護者たちの背中は非常に冷たい汗がとめどなく流れ続けていた。子供たちは自分たちになんて報告した? 訓練をしたいだけなのに暴行を受けたと言ってきた。が、事実はここまで異なっており、そしてクレアの言うような危険性を大きく孕んでいる事を嫌がおうにも理解させられた。


「そんな風に子供を大きくしたいなら別にそれはそれで構わないわ。でもはっきりと宣言しておくわね? もしそうなった場合、貴方達の子供の命は私、クレア・フラッティが潰すと。大勢の嘆きと悲しみを生み出すより、元となる人間一人を密かにつぶした方が被害は少ない。科学魔法と言う大きな力を使うには覚悟と何より責任が伴うのよ。それを理解しない人間なんて、穏やかに日々を過ごす人々の命と魂を脅かす害悪でしかないのよ」


 クレアの言葉には、わずかにではあるがしっかりと殺気が乗っていた。冗談でもブラフでもない、本当にそんな事になったら遠慮も容赦もなく命を刈り取るという宣言そのもの。そして何より──彼女はそういう事を今まで何度もしてきたという事もまた保護者達に伝わった。災厄が、自分の子供たちに狙いを定めた──


「そうならないようにするのが親の仕事でしょう。貴方達の子供が血塗られた刃を受けて早死にするか、真っ当になって長く生きていつか幸せな道を進むか。まさに今が分岐点よ、私に無駄な血を流させないでちょうだい。私だって穏やかに生きていたいのだから」


 そう言い残してクレアの姿は消えた。同時に威圧感も消失したことで保護者達は皆校長室の床へとへたり込んでしまう。少しおいてから、校長先生が口を開く。


「で、どうします? もう一度よく考えますか? それとも裁判を行いますか? 一度だけ考えるチャンスを差し上げましょう。お引き取りください」


 校長先生の言葉に幾人かの保護者は力なくうなずいてから校長室を後にする。一方で這いずるようにしながら出ていく保護者もいた。現実を理解させられた保護者と新入生はどういった道を選ぶのか……

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>現実を理解させられた保護者と新入生はどういった道を選ぶのか…… 賢明な選択を希望する…
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