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その9

恋愛ジャンルというには微妙な作品ですが、ジャンルを選ばないとダメらしいので。

 ひと月ほど過ぎ──クレアの魔法教室は、厳しいが実に素晴らしいという評価がじわりじわりと広がり始めていた。指導内容は厳しいし、ちょっとでも不真面目な行為をすれば音によるお仕置きが待っている。その一方で真剣に授業を受ければ、難しい事は教えてもらえるしあらゆる質問にも答えてもらえる。


 成果は明確に表れた。本気の教えを受けた学生は科学魔法のレベルが軒並み2以上になり、拓郎はなんとこの時点で5までの急激なレベル上昇を見せた。レベル5は、この歳では文字通り数える程度しか存在しない希少な存在。更にクレアの指導によって、回復魔法だけでなく──護身術という名の各種属性科学魔法も叩き込まれていた。


 その為、拓郎の戦闘能力はすでに教師を越えてしまっていた。だが、クレアはあくまで護身術として教えただけであり、もしその力を暴力に使うのならば相応のお仕置きをすると拓郎にきちんと伝えた。無論拓郎はそんなクレアのお仕置きを受けたくない……っという理由ではなく、自分の理想に反する力の使い方は言語道断と捉えており、自分を強く戒めていた。


 そんな拓郎の在り方に、クレアとジェシカはにっこり。こうして科学魔法の訓練の時間以外は穏やかに時間が過ぎていたある日……拓郎は学校帰りで、ある男性に前を塞がれていた。


「すまないが、ちょっとだけ付き合ってくれないか? あそこの喫茶店で。もちろん代金は全てこちらが持つから」


 身長は180センチを優に超える金髪の男性。服は安く手に入る一般的な物。だが、その体から出る威圧感というか圧迫感というか……それは間違いなく強者から感じるそれ。クレアほどではないにせよ、そんな相手が目の前に立ったのだから拓郎の背中には冷や汗が止まらない。断ればどうなるか……最悪一瞬で殺されてしまう可能性すらあると判断し、拓郎は従った。


 男性は言葉通りに喫茶店に拓郎を伴って入り、席について店員が水を置いて立ち去った後に科学魔法を発動した。その発動を確認した彼は、拓郎に頭を下げてきた。


「ごめん、驚かせてしまったね。最初に言っておくけど君を傷つけるような真似は絶対にしない。どうしても、君に伝えておきたい事があったからこんなことをしてしまった。それは最初に謝っておくよ」


 ──そう言えば、確かに最初から彼からは威圧感などは感じたが、こちらに何かの害を与えようとしてくる人から感じられる嫌な雰囲気はないなと拓郎は冷静になりながら思っていた。とにかく話を聞くべきであると判断し、拓郎は一つ息を吐いてから話を聞く体勢を整えた。


「そうそう、代金は持つというのも本当の事だから。だから最初に適当な物を注文してくれ。このお店としても、注文せずに長居する客はおかしいと思うだろうし……魔法でこちらに対する認識は薄れさせているけど、不審に思われる要素は減らしておくべきだからね」


 そう言われたなら、と拓郎はミートソーススパゲッティに紅茶を。男性はサンドイッチにコーヒーを注文した。注文されたものが届くまで、男性は重要な話は出来ないと拓郎に伝え、拓郎もそれを了承した。しばし待ち、注文されたものが全て揃った後に、男性は口を開く。


「さて、食べながらで聞いて欲しい。私は君の家に住んでいるクレアと同じ出身国から来た魔人だ」


 いきなりの言葉に、拓郎は一瞬心臓が止まるかと思うほどに驚いた。目の前にいる男性はレベル10の魔人。一般人からしてみれば化け物以外の何物でもない存在だ。それだけでも驚きだが、彼はクレアと同じところから来たのだと口にした。拓郎の目の色が変わるのも無理のない話だろう。


「ああ、先に宣言しておこう。君とクレア、そしてジェシカ嬢の生活に邪魔を入れるつもりは一切ないよ。今回はこういう話をするために割って入ったが、今後はこういう機会もないだろう。だからこそ、君にはいろいろと伝えておきたい事があるんだ。お、このサンドウィッチは良いね、祖国じゃ絶対食えない美味しい一品だ」


 だが、そんな彼の表情には恐ろしい物はない。美味しいものを食べて、純粋に喜んでいる顔だ。悪党ではこんな顔は出来ない……と拓郎は思った。


「さて、それでは本題に入ろうか。もしかしたら予想したかもしれないけど、私はクレアと同じ施設にいた魔人だ。といっても、彼女はあまりにも格上すぎて、まともに話をする事すらできなかったがね……そんな彼女が、今穏やかに過ごせている事には驚くと同時に、安心した」


 真剣な表情になった魔人の男性は、最初にそう切り出した。


「この状況を、本国も知るところになった。そのうえでどうするかの話し合いが行われたわけなんだが、このまま放置する。余計な手は出さずに騒ぎにならない以上は静観するべきという結論が出た。むしろ、変な事を企む馬鹿が現れた場合は騒ぎになる前に消せという指示が出ている」


 ──クレアの本国ではどう思っているのだろう、と拓郎の胸の内で膨らんでいた疑問に対するまさに答えが、ここに示された。


「じゃあ、今のままの生活を維持していれば問題はない、と?」「ああ、そう考えてくれていて構わない。ジェシカ嬢の方も非常に穏やかに過ごせているようだからね。あっち側からも君達に余計なちょっかいを出すような馬鹿は、先に消せという指示が出たとの情報は掴んでいるよ」


 物騒な単語は出ているが、とりあえず自分達に対する彼女達の出身国から攻撃されることはないと知って、拓郎は内心でほっと息を吐く。


「むしろ、本当に結婚してくれた方が助かるよ。結婚し、隣に同じ道を歩んでくれる人がいると言うのはどれだけ心に安寧をもたらすものか……今の彼女は、こちらが知りうる範囲で一番穏やかになっているんだ。これはジェシカ嬢の方にも当てはまるそうだ。君という存在は、我々とあちら側にとって、VIP兼安全装置と言っていいぐらい大事な存在となっている」


 男性の声は穏やかだが、表情は真剣そのものだ。


「なので、今後は君達をひそかに護衛する魔人や魔女がいる事には目をつぶってくれ。君達の生活に邪魔をする無粋な護衛方法は絶対に取らない。だから理解して欲しい。君という人間を失った後の、あの2人がどんな行動をするのかが本当に分からないんだ。本国もその可能性に怯えているよ」


 自分が予想していたよりも、はるかに話が大きくなっていると拓郎は改めて認識し、止まっていた背中の冷や汗が再び流れ始めている事に気が付いた。だからと言ってすぐ止めたくても上手く行かないのだが。だが、それを必死に隠して拓郎は口を開く。


「話は分かったよ、つまりコッチが穏やかに生き、そして穏やかに寿命を迎えて欲しいというのがそちらの希望と言う訳でいいんだな?」「まさにそれだ。それこそを本国は望んでいる。もし彼女達が本気で世界を破壊しようとしたら……考えたくないね。考えた最悪の上を行く最悪が待っている事だけは間違いない」


 拓郎の言葉に、魔人の男性は正直にクレアとジェシカの祖国がそう願っていると拓郎に告げた。話を聞いた拓郎の両肩が急激に重くなる──ような気持になった。


「なお、君が目指す夢はそのままでいい。君の夢は望ましいものだからね……医療関係の魔法の使い手は少ないのに、必要とされる場面は非常に多い。私達魔人であっても、医療関係の魔法は苦手という者は結構多くてね……得意な子はあっちこっちといつも走り回っているよ。私も訓練はしているんだが、どうにも習得が上手く行かない」


 魔人でも上手く行かない魔法があるのか、と拓郎は初めて知った。魔人や魔女ならば魔法に関する事は全て完ぺきにこなすものだと思っていただけに……その一方で納得もした。人間である以上得意があるんだから苦手があるのも当たり前じゃないかと。


「教えておくと、私が得意なのは今やっている認識障害の魔法だね。これが得意だからこそ、君に話を伝える役割を振られたって事さ。もっとも、クレアやジェシカ嬢の探知を妨げるのは流石にできないが」


 と、魔人の男性は自分の得意魔法を偽りなく拓郎に伝える。


「話は分かった、こちらとしても荒事に首を突っ込みたいとは思っていないから護って貰えるというならありがたく護ってもらうよ。それに正直、クレアやジェシカさんに悪い意味でのちょっかいをかけてくる奴はそう遠くないうちに現れてくるだろうと思っていたから、こちらとしてもありがたい」


 これは拓郎の嘘偽りない本音だった。すでに学校だけでなく周辺にもクレアとジェシカという特級の美人がいるという話は広まっており、告白やラブレターがひっきりなしに行われる&届けられるようになってしまっていた。なお割合は45%がクレアで残りがジェシカ。クレアは拓郎が好きだと口にしている事もあり、望みが高いと思い込まれたジェシカにアタックする人間が多い。


 更に、性別は関係なしである……男女問わず、好きですと2人が告白されることは数知れず。正直クレアもジェシカもうんざりしており……そのストレスは拓郎に甘えるという形で向かい、発散される。具体的に言えば拓郎に抱き着いて愚痴をひたすら口にすると言う事である。拓郎も2人の置かれている状況は理解している為、いやな顔をせずにそれを受けれていている。


 するとどうなるか? 当然拓郎に向けての感情はうなぎ登りになる。今ではジェシカは積極的に拓郎と添い寝をしたがる。そうなると一線を越えてしまいそうなものだが……拓郎がクレアに頼んで教えてもらった性欲抑制の回復魔法に属する魔法を使う事で、賢者状態を維持しつつジェシカのストレス発散と寂しさを埋める役割を果たしている。


 だが、この状況はずっと続くとは思えなかった。いつかクレアやジェシカに望ましくないちょっかいをかけてくる存在は必ず現れる。その時自分はどうするべきか……それがここ最近の拓郎の悩みの種になっていた。なので、ここに連れてこられた時は戦うしかないか? そう拓郎は思っていた。幸いにして今回はありがたい出会いの方であったが。


「そうか、そう言ってもらえるならこちらとしても助かる。繰り返すが、君がいなくなった場合──後の事が恐ろしすぎるんだ。ハッキリ言って、あそこまで心をあの2人が開いている人物は他にいない。情けない事に私達ですら彼女の力に怯えて仲良くなる事なんてできなかった意気地なしからね……彼女は、争う気などみじんもなかったというのに」


 ここに来て、魔人の男性はそう口にすると悲しげな表情を浮かべた。それが心残りとなっているのは、拓郎にも分かった。むしろ、力が分かるからこそその恐怖が生まれてしまったのだろうとも同時に思ったが。だから拓郎は口を開く。


「責めはしないよ、自分はその、最初の勢いがあったからこそ今こうして居られるが……そうじゃなかったら、たぶんそちらと同じ反応、同じ展開って話になっていたと思う。アンタが意気地なしって事は無いだろう、こっちはたまたまそう言う点を一気に飛び越してしまう展開があったというだけに過ぎない」


 拓郎の言葉に、魔人の男性は驚きの表情を浮かべ──やがて拓郎に頭を下げた。


「そんな事を言ってくれる君だからこそ、彼女は直感的に君を選んだのかもしれない。もっと彼女とお前たちが仲良くしていれば、穏便に済んだんだと責める連中が一定数いてね……そんな連中はなにもしないくせに、責任だけ此方に負わせようと詰まらない事を企んでくる。ああ、他者を慮る言葉なんて聞いたのはいつ以来だろうか?」


 下げた頭を上げた魔人の男性の頬を、一滴の雫が濡らした。拓郎はそれを見なかったふりをしてスパゲッティを食べた。拓郎がスパゲッティを食べ終える頃、魔人の男性も落ち着きを取り戻していた。


「そろそろ私は行くよ。これ以上の接触はまずいからね。後、これを渡しておこう」


 魔人の男性が拓郎に1枚の真っ黒いカードを渡してきた。


「これは?」「見たままで悪いが、ブラックカードだ。金銭でどうしようもない問題が起きた時はそれを使ってくれ。ただ、乱用はしないでくれ。その理由は、君なら分かるはずだ」


 この手の道具は、本当に必要な時のみ使うべきであり、ろくでもない事に使えばその後は大抵──という考えにすぐ至った拓郎は、素直に首を縦に振る。


「じゃあ、あの2人を頼む。私達にできなかった分も、含めてくれるならありがたい」


 最後にそう言い残し、魔人の男性は会計を済ませると立ち去って行った。家に帰った拓郎は、ブラックカードをできうる限りの形で封印し、家の奥底に隠した。出来ればこのカードの出番が来ない事を祈りつつ……

これからはこちらを再更新していきます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 再開していただきありがとうございます。 アルファポリスのとあるおっさん共々、引き続き応援いたします。 \\\\٩( 'ω' )و ////
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