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82話

 予約されていた席に案内され、拓郎が座って待つこと数分後にクレアとジェシカも姿を見せた。2人とも露出は抑えめのセミフォーマルドレスを着用していた。しかし、美人がドレスを着ているとそれだけで圧倒的な存在感を示す事がある。この状況はまさにそれであり、店内にいた客人は男女問わずクレアとジェシカのドレス姿に見入っていた。


 そして2人が拓郎と同じ席に着くと、あちこちから異様な空気が湧き出した。明確に高校生ぐらいの男性と同じ席に座った美女2人……親戚? それとも──想像を掻き立てられてしまった周囲は小声ではあるが予想する。小声と言ってもそれなりの人数が行えば当然拓郎の耳にもある程度届いてしまう。居心地が悪いと感じる拓郎だが、一方でクレアとジェシカは平然としていた。


「周囲の声なんか気にしなくていいのよ」「そうですよ、私達は何も悪い事などしていないのですから堂々としていてくださいね」


 と2人から言われても、即座にそうなんですね、じゃあ堂々としていますなんて考えに至って実行できるほど拓郎の肝は据わっていない。そもそもこのような高級レストランに足を運んだ事すら初めてなのだから、落ち着けというのが少々酷な話である。こういった物は幼い時から場数をこなすなどして慣れていかなければなかなか難しい。


 やがて食事が運ばれてきた。言うまでもないが出されるのはコース料理なので、一つづつ順番に食べる形となる。拓郎は不慣れ故に少々苦戦したが、クレアやジェシカのお手本に倣って食べ方を学んでいく。その合間にたわいない会話も楽しむ事で、拓郎も徐々に落ち着いてきていた。


 料理の方も十分に美味しく、落ち着いてくればその味を楽しむ余裕が出てきた。普段の食事とは全く異なるその味に、拓郎はゆっくりと味わってから感想を口にする。そんな拓郎をクレアとジェシカは微笑ましく見つめながら楽しい時間を過ごしていた。だと言うのに──つまらぬ横槍はこういう時にこそ入ってしまう物なのかもしれない。


「なんでこの店に、このような奴がいる?」


 店内に入ってきた高身長でたくましい体を持った男性は周囲を見渡し、拓郎の姿を確認するなりそんな言葉を大声で発した。男性は拓郎の座っている席にずかずかと近寄ると、拓郎を値踏みするかのように改めて見た後にふんと鼻で笑った。言うまでもなく、褒められた行為ではない。お店のスタッフが慌てて駆け寄り、他のお客様に対してその様な行為を取る事をやめて頂きたいと男性に向かって強く抗議する。しかし──


「この店は一定の『格』のある人間しか入るべきではない。こちらの貴婦人おふたりはその『格』を十分に身に着けておられるが……貴様のようなひよっこがここにいる資格などない。この場の代金は私が持とう、疾く消え失せるがいい」


 この言葉を聞いて、一番焦ったのは拓郎をひそかに守っている魔人と魔女の皆さんだ。心境はまさしく「なんて事をしてくれてるんじゃお前は!?」と言う状態であり、クレアとジェシカがこの後にどういう行動に出るかが恐ろしかった。二人とも以前に比べれば拓郎の影響を受けで比較的丸くなっているが──尖っているところは山ほどある。それを拓郎や周囲にに見せないだけで。


 だからこそ、突入準備を短時間で整えた。最悪でも拓郎の命を最優先に出来るだけ被害を抑える事を目的として動く。後は状況の成り行きを見守る……荒れずに済むならそれでいいが、荒れる兆候を完治した直後、全員で突入をかける形で身構えた。そんな外の状況など当然知る事もなく──クレアとジェシカは気が付いているが──レストラン内での状況は進む。


「お止め下さい、お客様。それはお客様の一方的な物言いにすぎません。我らは我らの考えを持って受け入れるお客様の選別を行っております。そして、彼はお断りするような人物ではありませんでした。故に追い出すような真似をするような事をする貴方の事を放置する事は出来ません」


 レストランの支配人が場に姿を見せ、そう宣言した。しかし、その言葉を聞いても高身長の男性は引き下がらない。


「支配人、目が曇ったか? このように貧相で、大した事も出来ぬ貧弱な青二才が来るような場所ではないだろう。ここは一流の者が集う場所だ。だが、あのひよっこは三流にすらなれていない。あのような愚物を受け入れてしまっては、ここの価値を落としてしまうぞ? ん?」


 このようなやり取りを目の前でされて、当然ながらクレアとジェシカの機嫌は急降下している。それに気が付いている支配人と気が付いていない高身長の男性のやり取りは終わらない。そしてクレアは一言、拓郎にこう告げる。「たっくん、抑えている魔力を半分ぐらい開放してね」と。拓郎もここまで初対面の見知らぬ男性に貶されていた事で腹を立てていたため、頷いて早速抑えていた力を半分ぐらい開放した。


「このような青二才が同席者では貴婦人のお二人があまりにも哀れだ。だからこの場は私が変わってや──え、な……!?」


 男性の声の勢いが一気にしぼんでいく。無理もない、拓郎が力を解放したことによって発生した圧をもろに浴びせされたのだから。そして周囲のレストランに来ていた客達も空気が更に剣呑な方向に変わった事を嫌でも理解させられ、冷や汗を背中に浮かべ始めている。


「私の事を随分と好き放題言ってくれたが、ここはゆっくりと食事を楽しむ場ではないのか? それを突如現れたかと思えば大声で罵声をこちらに浴びせて、スタッフの皆さんにも迷惑をかける。このレストランにふさわしい『格』の持ち主とは到底思えないな」


 拓郎の静かながらも怒りの籠った言葉に、周囲からも小さく「然り、然り」「せっかくの楽しい食事の時間が台無しだ」「あの方こそ、退店するべきでしょうに」と拓郎の発言に同意する声が上がる。


「何だ、貴様は……先ほどの青二才とは別人ではないか!?」「むやみやたらと他者に圧を掛けて、それを『格』等という見方をするお前さんのような考えは好きじゃないんだよ」


 拓郎に言われて、高身長の男性は一歩たじろいた。先ほどまでは何もない弱者だったはずの小僧が、実は自分よりはるかに強い強者であると感じ取ってしまったからだ。そんな恐怖を感じ始めた男性の後ろから支配人の声が聞こえる。


「今後貴方様は一切の立ち入りを禁じさせていただきます。貴方様風に言うのであれば、食事を楽しみ歓談を楽しむ方々の掛け替えのない時間を奪う貴方様にこのレストランに入る『格』がございません。それでは、早々にお帰り下さいませ。もちろん本日の予約代金は全額返金させていただきます」


 支配人の判断は至極真っ当だろう。周囲に迷惑をかけ、大事な楽しい時間を過ごす人達の邪魔をする人物など客ではない。ただの営業妨害者である。故に追い出す判断を下して、食事を楽しむために来ている真っ当なお客様を守る義務が支配人にはあるのだから。そして警備員が退店を促すと──高身長の男性の顔が真っ赤に染まる。


「ふざけ──」「はいはい、ふざけているのは貴方の方よ。もう黙ってて頂戴ね。聞くに堪えない汚い声を近くで、しかも大きなボリュームで聴かせられ続けるのは不愉快極まりないわ」


 男性の叫び声を魔法で無理やり封じ、絶対零度の冷たさが込められた言葉でクレアが動いた。高身長の男性の怒りは一瞬で消え去り、ガタガタと震えだした。無理もない、魔女の中でも最強のクレアが放つ殺意をもろに受けて失神しないだけでも立派である。


「貴方を虚空の世界に飛ばして消し去るのは容易いけれど、その様な事をするために今日はここに居るわけじゃないの。全てを諦めて破壊するか旅をするかしかできない愚者ではなく、温かな一人の人間でいさせてくれる彼と楽しい時間を過ごすためにここに来たのよ。まさかこんなことをされるなんて思っていなかったけれど──支配人も災難ね、こんな『格』の低い人間が来店してしまうなんて」


 震えて動けなくなった男性の顎を冷気を纏った手で冷たくなぞりながらクレアは淡々と話す。クレアの言葉を聞いて、支配人も「今日は私にとって最悪の厄日となってしまいました」と口にした。


「一度だけ見逃してあげるわ、さっさとここから消えなさい。次はないわよ? 私の言葉の意味──分からないとは言わないわよね?」


 クレアは言葉を発し終えると、殺気を解く。高身長の男性は大慌てでレストランを出て行った。それを見届けると、拓郎は解放していた力を再び抑え、クレアも剣呑な空気を収めた。それにより、ようやく周囲の人達はまともに息をできる空気が戻ってきたことに安堵した。


「支配人、申し訳なかったわね」「とんでもございません、こちらこそ大変なご迷惑をおかけいたしました。繰り返しますがあの男性は今後我がレストランの敷居を跨がせるような事は致しませんので、これからもごひいきにしてくださると助かります──魔女、クレア様」


 クレアの言葉に、支配人が深々と頭を下げながら謝罪した。最後のクレアの名前の部分だけはかなり小声であったが。そして、拓郎もここで支配人はクレアの事を認識している人だったのかと理解した。」


「じゃあ、食事を再開しましょう。折角来たんですもの、楽しまないと損よ?」「そうですね、姉さん」


 先ほどまでの空気はどこへやら、明るくなったクレアとジェシカの姿を見て拓郎は内心でほっとしながら料理を楽しむ。お呼びでないトラブルこそあったが、この日の食事は非常に楽しい物となった。一方で余計な事をしてくれた男性だが──複数の魔人と魔女に囲まれていた。

クレアの本音がちらっと出ました。

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― 新着の感想 ―
[一言] やらかした人、魔人/魔女の皆さんからお説教を受けてくださいね♪ 大人しくしてくれているクレアとジェシカをキレさせかけるという、恐ろしいコトをやらかしたのだから。
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