74話
すぐさま次の勝負を開始──とはならず、各陣営という表現方法はおかしいかもしれないが次の勝負を行う拓郎と洋一がお互いに呼び出しを受けていったん下がっている。まずは洋一の様子から。
「洋一、彼は強いわ。もっとも見ていればそれは分かったと思うけれど、ハッキリ言っておくわ。外から見た時に感じたイメージの10倍ぐらいきついわよ、受けるダメージも魔法をぶつけ合った時の衝撃も」
治療を受けている明美が、洋一に自分で感じた事からくる正直な感想とイメージを伝える。洋一もこの言葉に頷いた。
「ああ、こちらの想定をはるかに上回る力をあいつは身に着けている事は嫌でも理解させられた。その感じ取った物を10倍しておかなければならない……お前が言うのだから間違いないな。肝に銘じておく」
すでに洋一の背中には冷たい汗が一滴流れている。それでも、戦わないという選択肢は彼にはない。今日という日が来ることを願って、コーチの徹底指導の下でひたすらに体をいじめ続けて鍛え上げてきた。ここで戦わなかったら、今日までの努力を自らが否定する事になる、と洋一は思っている。そんなやり取りをしている2人の所にコーチもやってきた。
「洋一、アイツは正直俺が見てきた奴の中でもとんでもないレベルの存在だ。魔人、魔女ではないと言うが……そう言った存在だと思って戦え。先ほどの戦いを行った明美は一瞬も油断してはいなかったし、全力を出したのも間違いない。いや、むしろ訓練では出せなかった全力以上の力で戦っていた。その明美が全く崩せなかった相手だ。初めから全力で行かなければ、一瞬で負けるぞ」
コーチの言葉にも、洋一は頷いた。明美が不安は使わない強化魔法を使った状態に真っ向から勝負し、そして打ち勝った相手。それをみた洋一は全力で強化魔法を己に使い、短期決戦を挑もうと考えていた。戦いを長引かせても、勝てるイメージが全く見えなかった。ならば出せる全力をすべて最初から出してぶつかっていく他ない、と。
「初めから全力で行きますよ、コーチ。普段なら絶対やらない行為ですが、今回ばかりはそうするしかない。明美のあの状態に対して真っ向勝負をしてくる奴なんて、コーチが時々連れてきてくれるプロの人達相手でも早々はいなかった。全力で行かなかったら、前回の時のように一瞬でやられる」
洋一の言葉に、コーチも頷いて同意した。あの男は全く本気を出していない。それでいてあれだけの力を振るう明美を完封した以上全力でぶつかるほかない。作戦も練りようがない。飛ばせるだけ飛ばして、体が動くうちに全てをの力を相手に叩きつけるしかない。
「初めから全力で飛ばせ、後先考えるな。そう言う戦いをしなければ何もさせてもらえずに終わってしまう相手だ。己の全てをぶつけてこい、お前の意地を刻みつけてくるんだ」
コーチが発した言葉に、洋一は頷いた。そして覚悟を決めつつ、洋一は武舞台へと向かう。強化魔法を試合開始と直後に発動できるように魔力を練り上げながら。
一方の拓郎はというと。
「たっくん、申し訳ないけどレベル2以上の魔法を使っちゃダメという縛りは解除できないわ。さっきの戦いで使った強化魔法もレベル2の範疇に収まる範囲だからOKだけど……困ったわね、ちょっと予定が狂ったかも」
クレアにとっては、この翔峰学園の学生と拓郎をぶつける事で拓郎が次のレベルに到達するためのきっかけを生み出せればいいと思っていた。しかし、蓋を開けてみれば拓郎は余裕をもって次々と勝負を挑んでくる翔峰学園の生徒達を倒してきた。クレアの最初の予想では、連戦続きとなる事も考慮してもう少し苦戦するはずだったのだが、蓋を開けたらこの結果である。
「うーん、たっくんがまじめに訓練したからこそ今の実力に到達したというのは間違いないんだけど。私とジェシカのしごきがたっくんの成長を促し過ぎたのかしら。とはいってもいろんな人と戦いの経験を積む事はいろいろな成長のために必須だし──とにかく、縛りは継続。絶対にレベル3以上の魔法は使っちゃダメよ」
殺しちゃうから、とまでクレアは口にしなかった。が、正直なところ今の拓郎がレベル3以上の魔法を遠慮なく使った場合、対戦を行っている翔峰学園の生徒を殺しかねないというのは事実である。クレアは正直先ほどの戦いで、拓郎が明美に振るった拳を見て一瞬肝を冷やしていた。彼女を殺しちゃったかもしれない、と。
幸い拓郎の力加減は正しく、明美をKOするに留めたがこれでもし強化魔法のレベルを3以上にしていた場合は望ましくない事故が起きていた可能性は非常に高かった。故に今後拓郎に対するこの手の話は今後一切合切受けないようにするように手を回す事をクレアは決心していた。もし万が一、たとえ事故であったとは言ってもこのような場所で相手を殺せば、拓郎の心が壊れるかもしれないという危惧があった。
(私の見積もりも甘かったわね。向こうの生徒は決して弱くはない、むしろ同世代なら間違いなく強い子ばっかりだわ。だってのに、たっくんはこちらの思惑以上の伸びを見せている事を今日証明してきた。正直今のたっくんはレベル9と判断されてもおかしくないレベルの強さを身につけているもの。なのに実際に表示されるレベルは……今後のトレーニングを含めて軌道修正しないといけない所は多いかも)
拓郎が卒業し、望みの部署で働けるようにならないと結婚も出来ないし。そうクレアは考えをまとめた。自分の横にいてもおかしくない、と周囲や世間が認めるだけの力を持っておくのは悪い事ではない。拓郎の身を守る意味でも、堂々と愛を語り合う為にも夫婦のバランスがとれている事は非常に大事だというのがクレアの考え。
(たっくんが気後れしないで済むようにするのは将来結婚する伴侶である私の仕事よねー。たっくんが気兼ねなく私と添い遂げられるようにするのがたっくんレベル10計画の一番大事な所だし。魔人や魔女と結婚したは良いけど、そのあと数年持たずに別れるってのは嫌って程聞いてきたもんねえ)
拓郎に縛り継続を言い渡す裏でクレアはそんな事を考えていたりする。結局全ては将来結婚して幸せな家庭を作る事がクレアの目標なので仕方がないのだが。なお、クレアの言う通り普通の人が過去に魔人、魔女と結婚したは良いが結婚生活が続いた期間は平均で2年4か月。その理由は。
『旦那が強すぎて何も言えなくて精神的に病んだ』『妻の言葉に怯える毎日で、生きていくのが辛い』『下手に機嫌を損ねたら、殺されかねないという恐怖が常について回るようになった』
等の、魔法という力の差が明確にあるが故のストレス、恐怖、悩みが原因で崩壊してしまうのだ。もちろん中には最後まで添い遂げた人もいるし、魔人や魔女だって理由なく暴力を振るう訳でもない。だが、それでも先に上げたような伴侶に対する恐怖心、疑いなどを持ってしまうともうダメだとなってしまうパターンが多い。
だからこそ、拓郎の望みを叶える事と、将来の夫婦生活を問題なくやっていくためにも拓郎が強くなるのはクレア的に必須となっていた。結婚はゴールではない、スタートなのだ。折角の新しいスタートが2年弱で終わってしまうなんて事は、クレアには認められない話であることは言うまでもない。
(そうならない為に、今後の事をジェシカと綿密に話し合わないとね)
拓郎にいくつかの注意をした後に送り出したクレアは頭の中でそう考えていた。翔峰学園の生徒達からはクレアの美貌に男女問わず熱の籠った視線を送られていたが、それらには全く気がつく事などなかった。ついでに拓郎にはあんな綺麗なおねーさんと親しく話せるなんてという恨みがましい視線も送られたが。もちろん拓郎はその視線に気が付くが苦笑いするしかない。
そんな双方の教育者に送り出されて拓郎と洋一はお互いに見合う。そして、試合開始の宣言が行われる。




